双星の記憶(そうせいのきおく)

naomikoryo

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第1章:「異世界の空、初めての戦場」

第3話「初陣の刻、剛は戦場へ」

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その朝、剛は悪い夢を見ていた。
 霧の中で叫ぶ声、振り下ろされる剣、濁った赤い瞳が自分を見つめている。
 誰かの名前を呼ぼうとしたが、声は出なかった。

 そして、目が覚めた。

 天井の石材がぼやけて見えるほどに、汗が額ににじんでいた。心臓がまだ速く打っている。
 窓の外では、すでに朝の鐘が鳴り終わっていた。

「――また、か」

 異世界に来て以来、夢の中で何かに追われることが増えた。
 今思えば、地球で見ていた“何者でもない夢”のほうが、まだ優しかったかもしれない。
 

 その日、剛に告げられたのは“視察任務”だった。
 北辺境の村に、魔王軍の残党と思われる魔族が出没しているという。

「勇者タケルが現地を訪れることで、兵たちの士気は何倍にも高まるでしょう」

 王国軍の指令官は誇らしげにそう言った。
 そして誰一人、「彼が本当に“タケル”であるかどうか」など疑いすらしていなかった。

 剛は、曖昧な笑みを浮かべてその言葉を受け取るしかなかった。

(“勇者タケル”って名前が勝手に動いてる……。俺自身じゃなくて)
 

「剛、大丈夫?」

 控室での準備中、リアが小声で訊ねてくる。
 剛は首をゆっくり横に振った。

「……怖い。でも、逃げたくない」

「そっか。じゃあ、私も行く」

「え?」

「私がいれば、少しは安心でしょ? 君が無理しすぎないように見てる」
 

 こうして、視察団の一員として剛とリアは北の村“ルサリナ”へ向かうこととなった。

 剛の同行は公には“勇者の巡察”として発表され、実際には小規模の魔族斥候に備えた警戒任務を兼ねていた。
 剛には、戦闘の主力としてではなく、「勇者として存在していること」が求められていた。
 

 道中、彼は警護兵たちの好意と期待に晒され続けた。

「勇者殿が自ら前線にお立ちになるとは……!」

「かつてのタケル様が魔王の本拠地に進軍した時と、空気が似ているな」

 剛はそのたびに、愛想笑いを浮かべ、頷き、必要最低限の言葉で返すことしかできなかった。

 本物のタケルなら、きっと堂々と仲間たちを鼓舞しただろう。
 剛には、そんな勇気も、言葉もなかった。

(バレるんじゃないか……いつか、誰かに)

 だが、誰も気づかない。皆が“勇者タケル”を信じている。
 剛の中にあるのは、絶え間ない罪悪感と、それを隠し通すプレッシャーだけだった。
 

 二日後、ルサリナ村に到着。
 木造の家が点在し、田畑が広がる穏やかな村だったが、村人たちの顔はどこか緊張に覆われていた。

「夜な夜な獣の遠吠えが森から聞こえます。子どもたちが怖がって……」

 村長の言葉に、リアがすぐさま頷いた。

「斥候を出しましょう。今夜はこちらで警戒に当たります」

 村人たちは剛の顔を見て、安堵と感激を隠せない表情を浮かべていた。

「勇者様が来てくださるなんて……!」

「もう、何も怖くありません!」
 

 剛はその視線をまともに受け止められず、思わず目をそらした。
 心の奥底で、強烈な“申し訳なさ”が燃え続けていた。

(……俺なんかが、“勇者”だなんて)
 

 そして夜――。

 斥候隊とともに森の境界線へと赴いた剛は、現実の“戦場”に初めて足を踏み入れた。

 虫の声も、風の音も、やけに大きく聞こえる。
 剣の柄を握る手は汗で滑っていた。呼吸が浅い。頭がうまく働かない。

(落ち着け、落ち着け……! 俺は、タケルじゃない。だけど……剛として、立ってるんだ)
 

 突如、茂みが激しく揺れた。

「接近音! 三、いや四体!」

 警護兵のひとりが叫ぶ。

 木の陰から現れたのは、灰色の毛に覆われた二足歩行の魔族だった。
 体躯は人間の一回り上。腕には棍棒、口からは低く唸る声。

 そして、それを見た剛の全身が硬直した。

「う……あ……」

 頭が真っ白になる。足が動かない。手のひらから剣が滑り落ちそうになる。

 だが――。

「勇者様、下がってください!」

 若い兵士――エリオが前に出た。彼は剛と同じ年頃の少年兵で、この旅の間、剛によく話しかけてくれていた。

 魔族の一体が吠え、エリオに向かって突進した。

「エリオ!!」

 剛は反射的に叫び、前に飛び出していた。

 
 次の瞬間。
 剛の中から、光が噴き出した。

 薄く青白い結界が剛の前方に展開され、魔族の棍棒がそれに当たって弾かれる。
 見たこともない、けれど確かに“防御魔法”と呼べるような何かだった。

 
「い、今の……魔法!?」

「タケル様が魔法を……!」

 兵たちが驚きに目を見張る。
 剛自身も、自分の手がまだ震えていることに気づいた。

「い、いや……違、これは……」

 何かを言いかけたが、リアが間に入って遮る。

「落ち着いて! 今は魔族を退けるのが先!」

 
 戦闘は短時間で終わった。魔族たちは数で劣ると見るや森へ逃げていき、戦死者は出なかった。
 だが、剛はその場に立ち尽くしたまま動けなかった。

 手の中に残る魔力の感触と、あの瞬間の“無意識の発動”――
 それが現実だったという事実が、今も実感として重くのしかかっていた。

 
「勇者様……ありがとうございました」

 エリオが血のにじんだ腕を押さえながら、笑った。

「俺、本当に、助けられたんです。勇者様のおかげで……!」

 剛は、すぐに言葉を返せなかった。

(俺は……助けた、のか? 本当に?)

 そんな自問がぐるぐると渦巻いていた。
 

 村に戻った後、剛はリアとふたり、静かな川辺にいた。
 夜風が森の匂いを運んでくる。

「……君の魔力、ようやく反応を見せ始めたわね」

「……リア」

「言わないで。“俺はタケルじゃない”って。分かってるから」

 剛は俯いたまま、そっと呟く。

「それでも……俺で、良かったのかな……」

 リアは何も言わず、隣に立って剛の肩を軽く叩いた。

「今日は、よく踏ん張ったわ。“君として”」

 
 その言葉に、剛の中の何かが静かに、確かに、揺れた。
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