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神宮寺麻友と佐々木優也⑤

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年末が近づくにつれ、秘書課では通常業務に加え、お得意様へのお歳暮や年賀状の手配で、いつにも増して忙しい日々が続いていた。
麻友も、担当企業への年賀状リストを何度も確認し、ようやく一段落ついたと思っていたが、先輩秘書たちは念押しの確認を怠らなかった。
「本当に抜けはない?」
先輩たちの視線が鋭い。
麻友は慌てて手帳を再度確認しながら答える。
「大丈夫だと思います。」
「思うだけじゃダメよ。ちゃんと社長に確認してもらいなさい。」

そう言われ、麻友は手帳を抱えながら社長を探すことにした。
忙しい時期なので社内を探し回るのは骨が折れるが、ようやく談話室の方から社長の声が聞こえてきた。
麻友は近づき、ガラス越しに中の様子をそっと覗いた。
中にいたのは社長と、スラっとした長身で落ち着いた雰囲気を持つスーツ姿の女性だった。
麻友はその女性を見て目を疑った。
「あれは…小南先生!」

高校時代の教頭先生、小南静香の姿がそこにあった。
なぜここにいるのか、どうして社長と親しげに話しているのか、麻友の中で疑問が膨らむ一方だった。
二人は何か込み入った話をしている様子だったが、完全には聞き取れない。
ただ、麻友はどうしても気になり、思わずドアに耳をつけて話を盗み聞きすることにした。

やや大きめの声で話している社長の一部がかすかに聞こえた。
「どう?あの子は何か思い出した?」
「いえ、全く。」
「それでいいの?」
「…そうしたのは僕ですし…」
「そろそろ元のルートに戻してあげようかと思ってるんです。」

麻友は頭の中で反芻し、その言葉が意味するところを考えようとするが、全く分からない。
ただ、自分に関係があるのではないかという嫌な予感がしていた。

さらに会話が続く。
「太一さんと貴子さんはどうですか?」
麻友はその言葉に心臓が大きく跳ねた。
「えっ?今、貴子お姉さまのことを…?」
小さくつぶやいてしまいそうになる口を手で塞ぎ、必死に声を殺した。
小南先生の声が冷静に続く。
「どうやら、もう全く記憶に無いようだわ。」
「そうですか?」
「おそらく、彼らもまた、宇宙を彷徨い始めたのかもしれない。」
「…あの時の打ち上げの件ですね。」
「えぇ。」

会話の内容はますます謎めいており、麻友には理解できない言葉が飛び交っていた。
ただ、自分がこの場にいてはいけないと本能的に感じた。
麻友は音を立てないよう、恐る恐るドアから這うように離れ、慎重にその場を後にした。
そして談話室の影から姿が見えなくなると、早足で廊下を歩きだした。

心臓の鼓動がうるさく響き、汗が背中を伝う。
「一体、あの話は何なの…?」
麻友の頭の中は疑念と不安でいっぱいになり、胸のざわめきはしばらく収まらなかった。


秘書課に戻った麻友は、心の中で考えを巡らせていた。
「あの時、貴子お姉さまと会ったとき、社長の顔が分からなかったのは、そのせいかもしれない…」
そう思い立つと、秘書室の片隅に置かれた「社長のスクラップ写真集」に目を向けた。
それは、社長が新聞や雑誌に掲載された写真や記事を切り抜いてまとめたもので、参考資料として置かれているものだった。
麻友はさりげなくそのアルバムを開き、スマホで数枚の写真を撮影した。
目立たないように注意を払いながら、急いでロッカールームへ向かう途中、課長に声を掛けた。

「先輩、ちょっと用事を思い出したので今日は早退してもよろしいでしょうか?」
課長は少し驚いた表情を見せたが、すぐにうなずいた。
「え、えぇ、今日は社長のスケジュールももう残っていないでしょうし…」
「はい、明日も11時からの会議からになります。」
「分かったわ。
でも、あなたは社長直轄なんだから、一応連絡はしておいてね。」

麻友の胸が少しざわつく。
「大丈夫かしら…
悟られたりしないかしら…」
それでも、自分を落ち着かせようと努めながら、社長へメッセージを送った。
「急用のため本日早退させていただきます。
ご迷惑をおかけして申し訳ありません。」
すぐに返信が返ってきた。
いつも通りの優しい口調だった。
「大丈夫ですよ、気を付けて。
明日も用事が済まなければ休んでも大丈夫ですからね。」
社長の優しさに少し罪悪感を覚えたものの、このまま気になったままでは仕事に集中できない。
「やっぱり、何か行動しなきゃ。」
麻友は心の中で自分を奮い立たせた。

ロッカールームへ向かう途中、ふと聞こえてきた談笑の声が耳に入る。
「何なのかしら、あの神宮寺って女。
いつも社長とべったり行動して。」
「本当ね。
孤高の王子様だったのに。」
麻友は一瞬立ち止まり、その声の主たちに注意を向けた。
ロッカールームの見えない列の向こうから話が続く。
「社長専属なんて、まぁ、きっと奴隷扱いなんでしょうけど。」
「夜の相手もしてるんでしょうね、売女のように。」
「でも、まぁ、今まで見れなかった社長の笑顔も時々見れていいけど。」
「それね~。」

胸がざわめいた。
「私の前の専属の方が辞めたから、って言われたけど…?」
着替えが終わった麻友は、列の向こうの二人組に向かって小走りで近づいた。
「あの?」
驚いた表情で振り向く二人。
「な、なによ!」
「私が来る前、社長の専属秘書の方はいなかったんですか?」
麻友は鼻息を荒くしながら尋ねた。

片方の女性が少し間を置いて答える。
「は?
あ~、そ、そうよ!
あんたが来る前は社長は単独で行動していたわ。」
「そうなんですか…」
もう片方の女性が、皮肉っぽい口調で付け加える。
「あんたも上手く取り入ったものね。」
麻友は微笑みながら、意外な言葉を返した。
「ありがとうございます。
私、頑張ります。」

そして、深くお辞儀をして一礼し、
「これからもよろしくお願いします。」
と礼儀正しく挨拶して、その場を立ち去った。

驚いた二人は顔を見合わせ、呆れたように会話を再開した。
「な、何あれ?」
「う~ん、私たちじゃ手に負えそうもないわね。」
「そうね…
まぁ、お手並み拝見ってとこね。」
麻友はそんな二人のやりとりには気付かず、ロッカールームから出ていく。
「何かおかしい。
でも、今はとにかくこの疑念を晴らさなきゃ。」

心の中に浮かぶ不安を抱えたまま、麻友は会社を後にした。
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