上 下
12 / 18
第2章―人間と契約

8

しおりを挟む
――昼休み。空き教室。
頭を抱える俺を、他の四人が呆れた顔して囲んでいた。

「本当……なにやってるのかしら……」
「た、頼みに行った側が断るなんて前代未聞だよ……ぷくく」
「笑っている場合か……結城」
「にったさんの言うとおりっすよゆーきさん!このままだととーまさんが契約できなくて、おれたちも力が使えないままっす!!」

本当に俺は何をしているんだろうか。

「すまん……ついカッとなって……」
「毎度毎度、カッとなりすぎでしょ」

結城に呆れられ、俺は肩を落とした。俺は本当にいつもここぞというときに感情が抑えられないんだ……。

結局三上はあの後、教室に姿を現さなかった。
期限は一週間だが、学校があるのは今日までだ。このままでは、俺は本当に自然消滅だ。
一体どうすれば……

――その時、天満のポケットの中に居た御神体が叫んだ。

『【邪魔】の気配が強くなった!その近くに三上君の気配がする……!もしかしたら三上君が【邪魔】にとりつかれるかも……!』
「……あっ、藤間!?待ちなさい!!」

その言葉を聞いた俺は天満から御神体を奪ってすぐさま教室を飛び出した。
走りながら、神に訊いた。

「【邪魔】の気配はどこだ!」
『仮にも御神体だからもっと優しく……』
「いいから言え!」
『屋上からだよ』
「屋上だな!」

俺は屋上へ続く階段へ向かう。

「……もし、三上が【邪魔】にとりつかれたとしたら、その原因は……俺のせいか?」
『……いや、そうとは限らないけど……君の言葉が、三上君の負の感情を増幅させたのは間違いないね』
「く……」

俺はいつもそうだ――ついカッとなって、口を滑らせてしまう。
だって、あんなことを言わなければ――同胞たちを死なせることはなかったかもしれないのに。

『それよりも、どうするの?今の君じゃ、【邪魔】に対抗できる力はないよ?』
「……だが、三上が【邪魔】にとりつかれたとすれば、それは俺が原因だ……。だから、どんな手を使っても……三上は救う」

今度こそ彼奴を――俺は救う。
あのとき果たせなかったことを……俺は果たす!


バン!と勢いよく屋上の扉を開けた。
するとそこには、あの三上をいじめていた男子三人と――その三人のうちの一人に、首を絞められている三上の姿があった。

「貴様……なにをしている!!」

叫んで、首を絞めている奴を突き飛ばした後、倒れている三上を揺り起こした。

「三上!おい!起きろ!」
「う……」

三上はとりあえず身体的には無事なようだ。だが……

「神!三上は……」
『大丈夫、まだ【邪魔】には取りつかれていないようだ』

その言葉を聞き、ほっと胸を撫で下ろした。

「タクミ!」
「大丈夫か!?」

視線の先では、俺の体当たりで吹っ飛んだ男子を助け起こしている二人の男子がいた。
助け起こされている男子の体の周りには――何か黒い靄のようなものが視えた。

「まさか、あの黒い靄が……」
『あれが【邪魔】の気配だ。彼は【邪魔】にとりつかれている』

やはりか……
咄嗟にタクミとやらを突き飛ばしたが何も警告が鳴らなかったのは、奴が【邪魔】にとりつかれていたからか。

『……』

ゆらり、と【邪魔】にとりつかれたタクミが立ち上がる。

「た、タクミ!どうしたんだよ!」
「首まで絞めるなんてどうかしてる……!」

いつもと明らかに雰囲気が違う友人を見て、残りの二人は戸惑っていた。

「貴様らにはいろいろと聞きたいことがあるが……今はここに居られると邪魔だ……とっとと失せろ」
「ッ!」
「い、行くぞ!」

殺気を込めて言えば、二人は慌てて屋上から去っていった。
俺と、【邪魔】にとりつかれたタクミ、そして三上だけになった屋上に強い風が吹き荒んだ。

「……藤間、君?」
「三上……!気が付いたか」
「……どうして、ここに?」
「貴様が、【邪魔】にとりつかれそうになっていると聞いて」
「……!あれが……【邪魔】なの?」

三上が黒い靄を纏う男子をみて、目を見張った。俺は、そんな三上の前に庇うように立ち塞がった。

「貴様はすぐに逃げろ」
「え、でも、藤間君は……!?」
「俺は……彼奴を倒す」
「で、でも……契約をしないと、力は使えないんじゃ……!」
『三上君の言う通りだ!早く彼と契約をするんだ!』

三上と神が叫んだが、俺は首を振った。

「……お前との契約を頼みに行って自ら断った奴が、どの面下げて契約をできるというんだ」
「……!」
「大丈夫だ。俺はどんな手を使っても……彼奴は倒す」

立ち上がり、【邪魔】を睨み付けた。
後ろの三上の素顔を思い出し―――俺は呟いた。

「俺は、今度こそ、自分がどうなったとしても……お前を守るよ……『ユス』」



「――藤間君!!」

そのとき、辺りがびりびりと震えるくらい、三上が大きな声で俺を呼んだ。

「僕……今朝、君に言われたこと……ずっとここで考えてた……。僕はずっと、何か言っても無駄なんだって思いこんで……現状を何も変えようとしなかった……。でも、それじゃ駄目なんだって、君に言われてやっと気づいたんだ……!」
「三上……」
「藤間君……こんな、気付くのが遅い僕でも良ければ……僕と契約して!!」

――俺はその言葉を聞き、彼を見た。そして、目を見開く。
三上の長い前髪は何故か左側が一部短くなっていて、そこから覗く彼の左眼には、強い意志が宿っていた。
それを目の当たりにした俺は、三上の腕を掴んで引き寄せた。

「本当にいいんだな?」
「はい……僕は、決めました」
「――礼を言う」

俺はそう言うと――三上の顎を掬い上げ、その唇に口付けた。

「……んむっ!?」

三上の戸惑いが、唇から伝わってきた。
半開きの唇に無理矢理舌をこじ入れ、口内を掻きまわす。

「んー!んー!」

どんどんと胸を叩かれるが、俺は唇を離すことはなかった。
口付けを深くしていけば、段々と三上から抵抗する力が抜けていった。

「……ん……、あ……っ」

三上の唇の隙間から、熱い息が漏れる。

口付けとは――こんなものだっただろうか?
久しぶりだからそう思うのか?
瞑っていた目を開けると、戸惑いと涙に揺れる大きな瞳とかち合った。

(ああ――なんて、甘い――……)


そのとき、俺の首に巻かれていたチョーカーが光を発した。

『――契約が成立した!魔王くん!』

唇を離すと、溢れた互いの唾液が間を繋いだ。

「はぁ……はぁ……」

力が抜けてぐたりと体を預けてきた三上をそっとその場に座らせる。

「あ、あの……今のって……」
「契約のためには必要だった。すまん。謝罪は、彼奴を倒した後にもう一度させてもらう」

俺は立ち上がると、【邪魔】にとりつかれたタクミを睨んだ。

「神、どうすればいい」
『彼はまだ完全に【邪魔】と融合しているわけではない。今の君なら、【邪魔】だけを引っ張り出すことができるはずだ!』

じっと見つめると、確かにタクミの体から出ている黒い靄に、「掴めそうなところ」があるのがわかった。

「――そこか」

それを掴みに、俺は足に魔力を纏わせると、タクミの下へ一瞬で迫った。

『――ジャマヲ、スル、ナ!!』
「【邪魔】なのは貴様だろう」

そして、今度は手に魔力を纏わせ、それを掴んで――一気に引き抜いた。
すると、ずるり、とあっけなく黒い靄はタクミの体から抜け出た。

『その状態なら【邪魔】を消すことができる!どんな手段でも構わないから、【邪魔】を消すんだ!』

神がそう言ったとき、手に掴んでいた【邪魔】がぐるぐると俺の体を取り囲み始めた。
体に巻き付いてくる【邪魔】からは、肌を焦がすようなチリチリとした刺激を感じた。
成程……これが、世界を壊すエネルギーか。

「藤間君!」

気が付くと、俺は【邪魔】に体中を取り囲われており、それを見た三上が焦ったように俺を呼んだ。
しかし俺を消滅させられるほどのエネルギーは無いと感じた俺は冷静に魔力を込めた。

「――ダークフレア」

俺の出した黒い炎は、瞬く間に【邪魔】を燃やしていく。
【邪魔】は断末魔ともいえない悲鳴を上げ、あっけなく消え失せた。
【邪魔】が消えると同時に、光っていた俺の首輪は鳴りを潜め、元の黒いチョーカーに戻った。

『流石だね、魔王くん。【邪魔】は綺麗さっぱり消えたよ』
「そうか……」

――バタバタ、バン!!

「「「「藤間!」」」」

そのとき、天満達四人が屋上になだれ込んできた。

「大丈夫!?」
「ああ、【邪魔】は倒した」

焦った顔の天満達へ、【邪魔】は倒したことを伝えると、彼らはその場にて胸を撫で下ろした。
彼らには随分気を揉ませてしまったようで、申し訳ない気分になった。

「【邪魔】を倒したってことは、藤間も無事契約できたんだね」
「ああ」
「そう、おめでとう」

結城に祝福されながら、俺は思い出した。
そういえば三上はどうなった?

「藤間君……」

俺が後ろへ目を向けると、戸惑った顔の三上と目が合った。どうやら前髪が一部短くなっている以外は怪我などはないようでホッとする。

「そういえば前髪はどうしてそうなった?」
「あ、えっと……タクミくんがハサミを持ってて……少し切られちゃって」
「そうか……【邪魔】にとりつかれると、あんな風になるんだな」

まあ……無事でよかった。

『ま、皆契約できたようでなによりだよ!』
「ええ」
「そうだね」
「ああ」
「よかったっす!!」

神の言葉に、他四人が同意し、俺も胸を撫で下ろした。


――こうして、俺達はようやくスタートラインに立ったのだった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

賢者となって逆行したら「稀代のたらし」だと言われるようになりました。

かるぼん
BL
******************** ヴィンセント・ウィンバークの最悪の人生はやはり最悪の形で終わりを迎えた。 監禁され、牢獄の中で誰にも看取られず、ひとり悲しくこの生を終える。 もう一度、やり直せたなら… そう思いながら遠のく意識に身をゆだね…… 気が付くと「最悪」の始まりだった子ども時代に逆行していた。 逆行したヴィンセントは今回こそ、後悔のない人生を送ることを固く決意し二度目となる新たな人生を歩み始めた。 自分の最悪だった人生を回収していく過程で、逆行前には得られなかった多くの大事な人と出会う。 孤独だったヴィンセントにとって、とても貴重でありがたい存在。 しかし彼らは口をそろえてこう言うのだ 「君は稀代のたらしだね。」 ほのかにBLが漂う、逆行やり直し系ファンタジー! よろしくお願い致します!! ********************

非力な守護騎士は幻想料理で聖獣様をお支えします

muku
BL
聖なる山に住む聖獣のもとへ守護騎士として送られた、伯爵令息イリス。 非力で成人しているのに子供にしか見えないイリスは、前世の記憶と山の幻想的な食材を使い、食事を拒む聖獣セフィドリーフに料理を作ることに。 両親に疎まれて居場所がないながらも、健気に生きるイリスにセフィドリーフは心動かされ始めていた。 そして人間嫌いのセフィドリーフには隠された過去があることに、イリスは気づいていく。 非力な青年×人間嫌いの人外の、料理と癒しの物語。 ※全年齢向け作品です。

異世界人は愛が重い!?

ハンダココア
BL
なぜか人から嫌われる体質で、家族からも見放され、現世に嫌気がさしたので自殺したら異世界転生できました。 心機一転異世界生活開始したけど異世界人(♂)がなぜか僕に愛の言葉を囁いてきます!!!!! 無自覚天然主人公は異世界でどう生きるのか。 主人公は異世界転生してチート能力持っていますが、TUEEEE系ではありません。 総愛され主人公ですが、固定の人(複数)としか付き合いません。

何故か正妻になった男の僕。

selen
BL
『側妻になった男の僕。』の続きです(⌒▽⌒) blさいこう✩.*˚主従らぶさいこう✩.*˚✩.*˚

悪役王子の取り巻きに転生したようですが、破滅は嫌なので全力で足掻いていたら、王子は思いのほか優秀だったようです

魚谷
BL
ジェレミーは自分が転生者であることを思い出す。 ここは、BLマンガ『誓いは星の如くきらめく』の中。 そしてジェレミーは物語の主人公カップルに手を出そうとして破滅する、悪役王子の取り巻き。 このままいけば、王子ともども断罪の未来が待っている。 前世の知識を活かし、破滅確定の未来を回避するため、奮闘する。 ※微BL(手を握ったりするくらいで、キス描写はありません)

婚約破棄されて捨てられた精霊の愛し子は二度目の人生を謳歌する

135
BL
春波湯江には前世の記憶がある。といっても、日本とはまったく違う異世界の記憶。そこで湯江はその国の王子である婚約者を救世主の少女に奪われ捨てられた。 現代日本に転生した湯江は日々を謳歌して過ごしていた。しかし、ハロウィンの日、ゾンビの仮装をしていた湯江の足元に見覚えのある魔法陣が現れ、見覚えのある世界に召喚されてしまった。ゾンビの格好をした自分と、救世主の少女が隣に居て―…。 最後まで書き終わっているので、確認ができ次第更新していきます。7万字程の読み物です。

総長の彼氏が俺にだけ優しい

桜子あんこ
BL
ビビりな俺が付き合っている彼氏は、 関東で最強の暴走族の総長。 みんなからは恐れられ冷酷で悪魔と噂されるそんな俺の彼氏は何故か俺にだけ甘々で優しい。 そんな日常を描いた話である。

エスポワールで会いましょう

茉莉花 香乃
BL
迷子癖がある主人公が、入学式の日に早速迷子になってしまった。それを助けてくれたのは背が高いイケメンさんだった。一目惚れしてしまったけれど、噂ではその人には好きな人がいるらしい。 じれじれ ハッピーエンド 1ページの文字数少ないです 初投稿作品になります 2015年に他サイトにて公開しています

処理中です...