26 / 41
波乱#4
しおりを挟む
昼食を終えて祥吾と別れたのち、教室に入ろうとしたらハルに腕を掴まれた。
「どうした?ハル」
「お前、本当に転んだのか」
「……え」
顔を上げると、険しい表情をしたハルと目が合った。
慌てて笑って誤魔化す。
「そ、そうだよ?いやー、まいったよ。医務室出ようとしたときにさ、ドアの桟につまづいちゃって!盛大に床に中身ぶちまけちゃったんだよなー!」
「本当に?」
「……そ、そうだけど」
笑う俺に対し、険しい表情のままのハルの目が見られず、思わず目を逸らす。
「本当に転んで全部ぶちまけた、ってことでいいんだな」
「な……なんだよその言い方。そうだっていってるじゃんか。まさか違うって言いたいの?」
「ああ」
先程と同じ表情のまま肯定したハルに、俺は内心焦った。
「なんでそう言い切れるんだよ!転んだんだってば!」
「じゃあなんでタッパーの中身まで全部きれいさっぱりなくなってるんだよ」
「は……?」
俺は思わず手に持っているお弁当の包みを見た。
祥吾はいつも小食な俺でも栄養をよく取れるように考えた弁当を作ってくれる。
その祥吾はいつも、フルーツは体にいいからと、デザートとしてお弁当箱とは別の、丈夫なタッパーに新鮮なフルーツを入れてくれていた。
そこまで思い出して、俺はようやく、ハルが何を言いたいのかわかった。
「い、いや、これは……その」
「弁当箱はまだわかる。落としたら蓋が外れることもあるだろう。だがそのタッパーは落として蓋が外れるなんてことはありえない」
「そ……そんなのわかんないだろ!このタッパーだって落としたら蓋が外れることもあるって!」
「いや、絶対にない」
「なんでそんな自信満々なんだよ!」
「それ、北大路グループの子会社で作ってるタッパーだから」
耐久性は折り紙付きだとハルは言い放った。
「……はあああ!?そんなのずるくない!?反則だ!!」
「何のだよ」
まさかこの丈夫で液漏れしないタッパーが仇になるだなんて!
わなわなとタッパーを持って震えていると、次の瞬間、ドン!とハルに壁へ追い詰められた。
「どういうことか、説明できるな?」
「……ハイ」
珍しく口角を上げているが背筋が凍るような目をしたハルに詰め寄られて、俺はただ頷くことしかできなかった。
俺達は先程までいた空き教室に戻り、そこですべての経緯をハルに白状することになった。
「お前な……いやがらせされてんならそう言え」
「……言えるわけないだろ」
呆れたようなハルに、俺は縮こまりながらも抵抗した。
「言って、ハルまで親衛隊にいやがらせされんのは嫌だし……」
「……ったく……本当にお前ってやつは……」
はあ、とため息を吐いたハルの顔が見られず、俺はさらに縮こまって顔を俯かせた。
そのとき、ぽん、と頭の上に何か置かれた。
あたたかい、ハルの手だった。
そのままわしゃわしゃと髪を混ぜられる。
ただ、頭を撫でられているだけなのに。
そのあたたかい手から伝わるぬくもりが、意地になっていた気持ちが、まるでからまった糸がほどけるように解されていく。
あ、と気が付いた時には、ぽろりと目から熱いものがこぼれていた。
「……っ、う……っ」
ぼろぼろと溢れる涙をなんとか抑えようとしても、撫でる手がさらに優しくなって、止めようと思っても止められない。
気が付けば俺は、ハルの胸元でわんわんと泣いていた。
本当は、つらかった。
地味とはいえ嫌なことをされるのはつらかった。
――でも、弟が一生懸命作ってくれた弁当を捨てられてしまうような自分の情けなさが一番、つらかった。
ハルは、俺が落ち着くまでずっと、側にいてくれた。
「……ごめん……服汚した……」
「んなこと気にすんな」
ようやく落ち着いた時には、外は既に薄暗くなっていた。
久しぶりにこんなに泣いた。しかも人前で。
とても恥ずかしいが、羞恥を感じる以上に、頭がガンガンと痛かった。
「……いった……」
「頭か」
「……っ、うん……」
泣き過ぎたせいだろうかと思いつつも、ひどくなる痛みに頭を思わず押さえてしまう。
すると、ピタリとハルの手が額に当てられた。
さっきまであたたかった手が、今はひんやりと冷たく感じる。
「……熱あるな」
「え……」
どうやらこの頭痛は泣き過ぎたせいだけではなかったらしい。
参ったなとどこか他人事のように思っていると、今度は体が持ち上がった。
「は、ハル!?」
「医務室行くぞ」
「ちょっ……行くのはいいけど歩けるって!……っう」
いつも運ばれてばかりだから嫌だと言ったが、頭痛が酷くてうまく抵抗できず、そのまま俺は医務室に連行された。
医務室へ運ばれて行くまでの間で、ゆらゆらと揺れる心地よさに、いつしか俺はハルの腕の中で眠っていた。
だから、俺を運んでいくハルの表情が、見たこともないほど険しいものになっていたことに気付くことはなかった。
***
「……おや、今度は君かあ」
保険医の篠北は、柊司を抱えてきた治良を見てそんなことを言った。
治良が何のことかと問うと、篠北は治良の腕の中にいる柊司を示した。
「ほら、この前の歓迎会のときは会長君だったでしょう?イケメン王子二人に抱えられてくるなんて、まるでお姫様だねえ~、柊司君は」
「アホ」
茶化す篠北を一蹴しつつも、眠る柊司をベッドに横たわらせるその手つきは、まるで壊れ物を扱うようであった。
「俺は王子じゃねえし、……こいつだって、ただ守られるような姫でもねえよ」
そう言いながら、治良はそっと柊司の額に手をのせた。伝わる熱に眉を顰める。
それをずっと見ていた篠北は、おやおや、と笑みを深くさせた。
――『ある出来事』があってから、誰も彼も寄せ付けなくなった彼が、こんな風に誰かを見つめる日が来ようとは。
「大切なんだね、彼が」
「……」
治良は何も言わなかったが、篠北は肯定だと受け取った。
篠北は椅子から立ち上がると、治良の肩を叩いた。
「柊司君は僕がきちんとみておくから、行ってきなさい」
「……」
「今回のこと、解決できるのは君だけだ」
治良は、もう一度柊司の頭を撫でると、「……頼んだ」と言い残し、医務室を出て行った。
それを見送った篠北は、眠る柊司に「厄介な王国の王子に気に入られちゃったもんだね、君も」と、呆れながらもどこか弾んだ声色で言った。
――次の日。
掲示板に張り出された、生徒会長からの二宮柊司とのデート取り下げの知らせによって、親衛隊からの二宮柊司への嫌がらせは収束へと向かったのであった。
***
「どうした?ハル」
「お前、本当に転んだのか」
「……え」
顔を上げると、険しい表情をしたハルと目が合った。
慌てて笑って誤魔化す。
「そ、そうだよ?いやー、まいったよ。医務室出ようとしたときにさ、ドアの桟につまづいちゃって!盛大に床に中身ぶちまけちゃったんだよなー!」
「本当に?」
「……そ、そうだけど」
笑う俺に対し、険しい表情のままのハルの目が見られず、思わず目を逸らす。
「本当に転んで全部ぶちまけた、ってことでいいんだな」
「な……なんだよその言い方。そうだっていってるじゃんか。まさか違うって言いたいの?」
「ああ」
先程と同じ表情のまま肯定したハルに、俺は内心焦った。
「なんでそう言い切れるんだよ!転んだんだってば!」
「じゃあなんでタッパーの中身まで全部きれいさっぱりなくなってるんだよ」
「は……?」
俺は思わず手に持っているお弁当の包みを見た。
祥吾はいつも小食な俺でも栄養をよく取れるように考えた弁当を作ってくれる。
その祥吾はいつも、フルーツは体にいいからと、デザートとしてお弁当箱とは別の、丈夫なタッパーに新鮮なフルーツを入れてくれていた。
そこまで思い出して、俺はようやく、ハルが何を言いたいのかわかった。
「い、いや、これは……その」
「弁当箱はまだわかる。落としたら蓋が外れることもあるだろう。だがそのタッパーは落として蓋が外れるなんてことはありえない」
「そ……そんなのわかんないだろ!このタッパーだって落としたら蓋が外れることもあるって!」
「いや、絶対にない」
「なんでそんな自信満々なんだよ!」
「それ、北大路グループの子会社で作ってるタッパーだから」
耐久性は折り紙付きだとハルは言い放った。
「……はあああ!?そんなのずるくない!?反則だ!!」
「何のだよ」
まさかこの丈夫で液漏れしないタッパーが仇になるだなんて!
わなわなとタッパーを持って震えていると、次の瞬間、ドン!とハルに壁へ追い詰められた。
「どういうことか、説明できるな?」
「……ハイ」
珍しく口角を上げているが背筋が凍るような目をしたハルに詰め寄られて、俺はただ頷くことしかできなかった。
俺達は先程までいた空き教室に戻り、そこですべての経緯をハルに白状することになった。
「お前な……いやがらせされてんならそう言え」
「……言えるわけないだろ」
呆れたようなハルに、俺は縮こまりながらも抵抗した。
「言って、ハルまで親衛隊にいやがらせされんのは嫌だし……」
「……ったく……本当にお前ってやつは……」
はあ、とため息を吐いたハルの顔が見られず、俺はさらに縮こまって顔を俯かせた。
そのとき、ぽん、と頭の上に何か置かれた。
あたたかい、ハルの手だった。
そのままわしゃわしゃと髪を混ぜられる。
ただ、頭を撫でられているだけなのに。
そのあたたかい手から伝わるぬくもりが、意地になっていた気持ちが、まるでからまった糸がほどけるように解されていく。
あ、と気が付いた時には、ぽろりと目から熱いものがこぼれていた。
「……っ、う……っ」
ぼろぼろと溢れる涙をなんとか抑えようとしても、撫でる手がさらに優しくなって、止めようと思っても止められない。
気が付けば俺は、ハルの胸元でわんわんと泣いていた。
本当は、つらかった。
地味とはいえ嫌なことをされるのはつらかった。
――でも、弟が一生懸命作ってくれた弁当を捨てられてしまうような自分の情けなさが一番、つらかった。
ハルは、俺が落ち着くまでずっと、側にいてくれた。
「……ごめん……服汚した……」
「んなこと気にすんな」
ようやく落ち着いた時には、外は既に薄暗くなっていた。
久しぶりにこんなに泣いた。しかも人前で。
とても恥ずかしいが、羞恥を感じる以上に、頭がガンガンと痛かった。
「……いった……」
「頭か」
「……っ、うん……」
泣き過ぎたせいだろうかと思いつつも、ひどくなる痛みに頭を思わず押さえてしまう。
すると、ピタリとハルの手が額に当てられた。
さっきまであたたかった手が、今はひんやりと冷たく感じる。
「……熱あるな」
「え……」
どうやらこの頭痛は泣き過ぎたせいだけではなかったらしい。
参ったなとどこか他人事のように思っていると、今度は体が持ち上がった。
「は、ハル!?」
「医務室行くぞ」
「ちょっ……行くのはいいけど歩けるって!……っう」
いつも運ばれてばかりだから嫌だと言ったが、頭痛が酷くてうまく抵抗できず、そのまま俺は医務室に連行された。
医務室へ運ばれて行くまでの間で、ゆらゆらと揺れる心地よさに、いつしか俺はハルの腕の中で眠っていた。
だから、俺を運んでいくハルの表情が、見たこともないほど険しいものになっていたことに気付くことはなかった。
***
「……おや、今度は君かあ」
保険医の篠北は、柊司を抱えてきた治良を見てそんなことを言った。
治良が何のことかと問うと、篠北は治良の腕の中にいる柊司を示した。
「ほら、この前の歓迎会のときは会長君だったでしょう?イケメン王子二人に抱えられてくるなんて、まるでお姫様だねえ~、柊司君は」
「アホ」
茶化す篠北を一蹴しつつも、眠る柊司をベッドに横たわらせるその手つきは、まるで壊れ物を扱うようであった。
「俺は王子じゃねえし、……こいつだって、ただ守られるような姫でもねえよ」
そう言いながら、治良はそっと柊司の額に手をのせた。伝わる熱に眉を顰める。
それをずっと見ていた篠北は、おやおや、と笑みを深くさせた。
――『ある出来事』があってから、誰も彼も寄せ付けなくなった彼が、こんな風に誰かを見つめる日が来ようとは。
「大切なんだね、彼が」
「……」
治良は何も言わなかったが、篠北は肯定だと受け取った。
篠北は椅子から立ち上がると、治良の肩を叩いた。
「柊司君は僕がきちんとみておくから、行ってきなさい」
「……」
「今回のこと、解決できるのは君だけだ」
治良は、もう一度柊司の頭を撫でると、「……頼んだ」と言い残し、医務室を出て行った。
それを見送った篠北は、眠る柊司に「厄介な王国の王子に気に入られちゃったもんだね、君も」と、呆れながらもどこか弾んだ声色で言った。
――次の日。
掲示板に張り出された、生徒会長からの二宮柊司とのデート取り下げの知らせによって、親衛隊からの二宮柊司への嫌がらせは収束へと向かったのであった。
***
22
お気に入りに追加
1,426
あなたにおすすめの小説
風紀“副”委員長はギリギリモブです
柚実
BL
名家の子息ばかりが集まる全寮制の男子校、鳳凰学園。
俺、佐倉伊織はその学園で風紀“副”委員長をしている。
そう、“副”だ。あくまでも“副”。
だから、ここが王道学園だろうがなんだろうが俺はモブでしかない────はずなのに!
BL王道学園に入ってしまった男子高校生がモブであろうとしているのに、主要キャラ達から逃げられない話。
王道学園なのに、王道じゃない!!
主食は、blです。
BL
今作品の主人公、レイは6歳の時に自身の前世が、陰キャの腐男子だったことを思い出す。
レイは、自身のいる世界が前世、ハマりにハマっていた『転校生は愛され優等生.ᐟ.ᐟ』の世界だと気付き、腐男子として、美形×転校生のBのLを見て楽しもうと思っていたが…
フリーダム!!!~チャラ男の俺が王道学園の生徒会会計になっちゃった話~
いちき
BL
王道学園で起こるアンチ王道気味のBL作品。 女の子大好きなチャラ男会計受け。 生真面目生徒会長、腐男子幼馴染、クール一匹狼等と絡んでいきます。王道的生徒会役員は、王道転入生に夢中。他サイトからの転載です。
※5章からは偶数日の日付が変わる頃に更新します!
※前アカウントで投稿していた同名作品の焼き直しです。
生徒会長親衛隊長を辞めたい!
佳奈
BL
私立黎明学園という全寮制男子校に通っている鮎川頼は幼なじみの生徒会長の親衛隊長をしている。
その役職により頼は全校生徒から嫌われていたがなんだかんだ平和に過ごしていた。
しかし季節外れの転校生の出現により大混乱発生
面倒事には関わりたくないけどいろんなことに巻き込まれてしまう嫌われ親衛隊長の総愛され物語!
嫌われ要素は少なめです。タイトル回収まで気持ち長いかもしれません。
一旦考えているところまで不定期更新です。ちょくちょく手直ししながら更新したいと思います。
*王道学園の設定を使用してるため設定や名称などが被りますが他作品などとは関係ありません。全てフィクションです。
素人の文のため暖かい目で見ていただけると幸いです。よろしくお願いします。
風紀委員長様は王道転校生がお嫌い
八(八月八)
BL
※11/12 10話後半を加筆しました。
11/21 登場人物まとめを追加しました。
【第7回BL小説大賞エントリー中】
山奥にある全寮制の名門男子校鶯実学園。
この学園では、各委員会の委員長副委員長と、生徒会執行部が『役付』と呼ばれる特権を持っていた。
東海林幹春は、そんな鶯実学園の風紀委員長。
風紀委員長の名に恥じぬ様、真面目実直に、髪は七三、黒縁メガネも掛けて職務に当たっていた。
しかしある日、突如として彼の生活を脅かす転入生が現われる。
ボサボサ頭に大きなメガネ、ブカブカの制服に身を包んだ転校生は、元はシングルマザーの田舎育ち。母の再婚により理事長の親戚となり、この学園に編入してきたものの、学園の特殊な環境に慣れず、あくまでも庶民感覚で突き進もうとする。
おまけにその転校生に、生徒会執行部の面々はメロメロに!?
そんな転校生がとにかく気に入らない幹春。
何を隠そう、彼こそが、中学まで、転校生を凌ぐ超極貧ド田舎生活をしてきていたから!
※11/12に10話加筆しています。
生意気な弟がいきなりキャラを変えてきて困っています!
あああ
BL
おれはには双子の弟がいる。
かわいいかわいい弟…だが、中学になると不良になってしまった。まぁ、それはいい。(泣き)
けれど…
高校になると───もっとキャラが変わってしまった。それは───
「もう、お兄ちゃん何してるの?死んじゃえ☆」
ブリッコキャラだった!!どういうこと!?
弟「──────ほんと、兄貴は可愛いよな。
───────誰にも渡さねぇ。」
弟×兄、弟がヤンデレの物語です。
この作品はpixivにも記載されています。
地味で冴えない俺の最高なポディション。
どらやき
BL
前髪は目までかかり、身長は160cm台。
オマケに丸い伊達メガネ。
高校2年生になった今でも俺は立派な陰キャとしてクラスの片隅にいる。
そして、今日も相変わらずクラスのイケメン男子達は尊い。
あぁ。やばい。イケメン×イケメンって最高。
俺のポディションは片隅に限るな。
なんで俺の周りはイケメン高身長が多いんだ!!!!
柑橘
BL
王道詰め合わせ。
ジャンルをお確かめの上お進み下さい。
7/7以降、サブストーリー(土谷虹の隣は決まってる!!!!)を公開しました!!読んでいただけると嬉しいです!
※目線が度々変わります。
※登場人物の紹介が途中から増えるかもです。
※火曜日20:00
金曜日19:00
日曜日17:00更新
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる