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波乱#4

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昼食を終えて祥吾と別れたのち、教室に入ろうとしたらハルに腕を掴まれた。

「どうした?ハル」
「お前、本当に転んだのか」
「……え」

顔を上げると、険しい表情をしたハルと目が合った。
慌てて笑って誤魔化す。

「そ、そうだよ?いやー、まいったよ。医務室出ようとしたときにさ、ドアの桟につまづいちゃって!盛大に床に中身ぶちまけちゃったんだよなー!」
「本当に?」
「……そ、そうだけど」

笑う俺に対し、険しい表情のままのハルの目が見られず、思わず目を逸らす。

「本当に転んで全部ぶちまけた、ってことでいいんだな」
「な……なんだよその言い方。そうだっていってるじゃんか。まさか違うって言いたいの?」
「ああ」

先程と同じ表情のまま肯定したハルに、俺は内心焦った。

「なんでそう言い切れるんだよ!転んだんだってば!」
「じゃあなんでタッパーの中身まで全部きれいさっぱりなくなってるんだよ」
「は……?」

俺は思わず手に持っているお弁当の包みを見た。
祥吾はいつも小食な俺でも栄養をよく取れるように考えた弁当を作ってくれる。
その祥吾はいつも、フルーツは体にいいからと、デザートとしてお弁当箱とは別の、丈夫なタッパーに新鮮なフルーツを入れてくれていた。
そこまで思い出して、俺はようやく、ハルが何を言いたいのかわかった。

「い、いや、これは……その」
「弁当箱はまだわかる。落としたら蓋が外れることもあるだろう。だがそのタッパーは落として蓋が外れるなんてことはありえない」
「そ……そんなのわかんないだろ!このタッパーだって落としたら蓋が外れることもあるって!」
「いや、絶対にない」
「なんでそんな自信満々なんだよ!」
「それ、北大路グループうちの子会社で作ってるタッパーだから」

耐久性は折り紙付きだとハルは言い放った。

「……はあああ!?そんなのずるくない!?反則だ!!」
「何のだよ」

まさかこの丈夫で液漏れしないタッパーが仇になるだなんて!
わなわなとタッパーを持って震えていると、次の瞬間、ドン!とハルに壁へ追い詰められた。

「どういうことか、説明できるな?」
「……ハイ」

珍しく口角を上げているが背筋が凍るような目をしたハルに詰め寄られて、俺はただ頷くことしかできなかった。


俺達は先程までいた空き教室に戻り、そこですべての経緯をハルに白状することになった。

「お前な……いやがらせされてんならそう言え」
「……言えるわけないだろ」

呆れたようなハルに、俺は縮こまりながらも抵抗した。

「言って、ハルまで親衛隊にいやがらせされんのは嫌だし……」
「……ったく……本当にお前ってやつは……」

はあ、とため息を吐いたハルの顔が見られず、俺はさらに縮こまって顔を俯かせた。
そのとき、ぽん、と頭の上に何か置かれた。
あたたかい、ハルの手だった。
そのままわしゃわしゃと髪を混ぜられる。

ただ、頭を撫でられているだけなのに。
そのあたたかい手から伝わるぬくもりが、意地になっていた気持ちが、まるでからまった糸がほどけるように解されていく。
あ、と気が付いた時には、ぽろりと目から熱いものがこぼれていた。

「……っ、う……っ」

ぼろぼろと溢れる涙をなんとか抑えようとしても、撫でる手がさらに優しくなって、止めようと思っても止められない。
気が付けば俺は、ハルの胸元でわんわんと泣いていた。

本当は、つらかった。
地味とはいえ嫌なことをされるのはつらかった。
――でも、弟が一生懸命作ってくれた弁当を捨てられてしまうような自分の情けなさが一番、つらかった。

ハルは、俺が落ち着くまでずっと、側にいてくれた。


「……ごめん……服汚した……」
「んなこと気にすんな」

ようやく落ち着いた時には、外は既に薄暗くなっていた。
久しぶりにこんなに泣いた。しかも人前で。
とても恥ずかしいが、羞恥を感じる以上に、頭がガンガンと痛かった。

「……いった……」
「頭か」
「……っ、うん……」

泣き過ぎたせいだろうかと思いつつも、ひどくなる痛みに頭を思わず押さえてしまう。
すると、ピタリとハルの手が額に当てられた。
さっきまであたたかった手が、今はひんやりと冷たく感じる。

「……熱あるな」
「え……」

どうやらこの頭痛は泣き過ぎたせいだけではなかったらしい。
参ったなとどこか他人事のように思っていると、今度は体が持ち上がった。

「は、ハル!?」
「医務室行くぞ」
「ちょっ……行くのはいいけど歩けるって!……っう」

いつも運ばれてばかりだから嫌だと言ったが、頭痛が酷くてうまく抵抗できず、そのまま俺は医務室に連行された。
医務室へ運ばれて行くまでの間で、ゆらゆらと揺れる心地よさに、いつしか俺はハルの腕の中で眠っていた。
だから、俺を運んでいくハルの表情が、見たこともないほど険しいものになっていたことに気付くことはなかった。


***


「……おや、今度は君かあ」

保険医の篠北は、柊司を抱えてきた治良を見てそんなことを言った。
治良が何のことかと問うと、篠北は治良の腕の中にいる柊司を示した。

「ほら、この前の歓迎会のときは会長君だったでしょう?イケメン王子二人に抱えられてくるなんて、まるでお姫様だねえ~、柊司君は」
「アホ」

茶化す篠北を一蹴しつつも、眠る柊司をベッドに横たわらせるその手つきは、まるで壊れ物を扱うようであった。

「俺は王子じゃねえし、……こいつだって、ただ守られるような姫でもねえよ」

そう言いながら、治良はそっと柊司の額に手をのせた。伝わる熱に眉を顰める。
それをずっと見ていた篠北は、おやおや、と笑みを深くさせた。
――『ある出来事』があってから、誰も彼も寄せ付けなくなった彼が、こんな風に誰かを見つめる日が来ようとは。

「大切なんだね、彼が」
「……」

治良は何も言わなかったが、篠北は肯定だと受け取った。
篠北は椅子から立ち上がると、治良の肩を叩いた。

「柊司君は僕がきちんとみておくから、行ってきなさい」
「……」
「今回のこと、解決できるのは君だけだ」

治良は、もう一度柊司の頭を撫でると、「……頼んだ」と言い残し、医務室を出て行った。
それを見送った篠北は、眠る柊司に「厄介な王国の王子に気に入られちゃったもんだね、君も」と、呆れながらもどこか弾んだ声色で言った。


――次の日。
掲示板に張り出された、生徒会長からの二宮柊司とのデート取り下げの知らせによって、親衛隊からの二宮柊司への嫌がらせは収束へと向かったのであった。


***

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