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第8章―再会

立ちはだかるもの#4(※流血注意)

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――一日前


~イツキ視点~

「……う……」

俺は全身の痛みに呻きながら目を覚ました。
乗り込もうとした馬車が爆発しその衝撃で吹っ飛んだ後、地面に叩きつけられたことで一瞬気を失っていたようだ。
俺はすぐに自分の体の状態を確認した。内臓や脚は無事だった。しかし左腕を動かそうとした瞬間、尋常ではない痛みが走った。
どうやら吹っ飛ばされた際に下敷きにしてしまったらしい。この感じは骨が折れているかもしれない。

「ぐ……っ」

左腕を動かさないようにしながら何とか身体を起こすと、額からつう、と血が垂れてきた。爆発で飛んできた破片か何かで切れたようだ。
しかし怪我については命に別状はなさそうだった。ホッと息を吐くと同時に、俺はジルのことを思い出した。
馬車に乗り込む直前にジルが咄嗟に手を引いてくれなかったら、今頃俺はもっと酷い状態だったに違いない。

「っ……ジル……!おい、ジル……無事か……!」

なんとか絞り出すように彼の名前を叫んだが返事がない。
這いつくばった状態で辺りを見回すと、俺より数メートル離れた先でジルが倒れているのを見つけた。

「ジル!」

這いずりながら彼の下へ何とかたどり着いた。
が、倒れている彼の状態を見て俺は息を飲んだ。

――彼の腹には爆発で飛んだとみられる馬車の部品の破片が突き刺さっていた。

「ジル!!おい!!しっかりしろ!!」

必死に呼びかけると、ジルの瞼が震えた。

「……、イツキ、皇子……ぶじ、ですか」
「俺は問題ない!それよりお前の方が……!」
「……これくらい、大した、もんじゃ、ないですよ。魔法、使えば、一発です」

ジルは痛みに顔を歪めつつも俺に向かって笑って言った。
――そうだ、この世界には魔法があるのだ。
ジルは希代の治癒魔法使いだ。彼が自身に治療を施せば、彼は助かる。

「ならすぐ魔法を使え!」
「……わかって、ますって」

ジルは再び笑みを浮かべると、手にマナを溜め始めた。

「俺が刺さってるのを抜いたらすぐ魔法をかけろよ!」
「……」

無事な右手で、ジルの腹に刺さっている破片に手を掛けながら言ったその時、ジルはおもむろにマナを溜めている手を俺の方に向けてきた。
それと同時に全身を襲っていた痛みが一気に消えていくのを感じた。――まさか、コイツ……!!

「お前、何やってるんだ!!俺の怪我なんか治している場合か!!」
「……なに、いってるん、ですか。貴方、これから、恋人に会いにいくんでしょうが。それなのに、怪我なんかしてたら、会えませんよ」
「馬鹿言うな……!!」

あろうことかジルは自分ではなく、俺の怪我を治した。俺よりも重傷であるにも関わらず。――俺と美陽を会わせるために。

「ほら、はやく、行ってください……今も、待ってますよ……貴方の恋人は……」
「ふざけるな!!こんな状態のお前を置いて行けるわけがないだろうが!!」
「――運命なんか、破って、やるん、でしょ。……俺なら、大丈夫、ですから」

ジルがそう言ったとき、俺は前世のことを思い出した。
美陽を、彼を虐げる伯父一家から連れ出すために無茶して過労で倒れた時に、美陽に言われたことを。
あのとき美陽は、自分の為に、俺が無茶をしたことに対してとても悲しんでいた。

――今、立場が逆になってわかった。
あのときの美陽は、こんな気持ちだったんだなと。
自分の為に他人が自分を犠牲にしようとしていることが、いかにつらくて苦しいのか。その人が大切な人であればあるほど、それが如何に重く痛くのしかかってくるのかを。


「違う、俺は……他人お前を犠牲にしてまで、自分の望みを叶えたいわけじゃない……!」
「……」

そう叫ぶとジルは一瞬目を見張った後、フッと微笑んだ。

「……貴方って……皇帝になるには向いてませんね」
「は……?」
「皇帝には、他の何を犠牲にしても、自分の望みを叶えようとする人間しかなれません」

急に何を言い出したのかと思っていると、ジルはさらに続けた。

「……でも、そういう貴方だから、俺も力を尽くそうと、思ったんです」
「ジル?……おい、ジル!しっかりしろ!!」
「――どうか、幸せになってください。今度こそ、この世界で。貴方たち二人は」
「ジル!!」

ジルの手から力が抜けていく。――今にも彼の命は終わろうとしていた。
――俺と出会わなければ。いや、そもそも俺がこの世界に転生することを願わなければ、ジルがこんな目に合うこともなかったのに。

俺が、摂理に抗ってもう一度美陽と生きることを望んでしまったから。
だからこんなことになるのか。

「――クソ……!なんで……、なんでだよ!!」

自分の無力さと自身の今までの行いへの後悔から手で地面を叩きつけたそのとき、何者かが俺達のいる方に近づいてくる足音が聞こえた。

近付いてくる足音に、俺はこの爆発を仕掛けた奴かと思い身体を強張らせた。

どうにかして、ジルを連れてここから逃げなくてはいけない。
だがジルが怪我を治してくれたおかげで体は動くものの、血が流れたせいで上手く立ち上がれなかった。
そうこうしている間にも、足音はもうそこまで迫ってきていた。

――折角、ジルが体を呈して俺の怪我を治してくれたのに。
結局ここで死ぬんじゃ、何も意味がないじゃないか。

共にもう一度生きるために一緒に転生することを願った美陽には会えず。
俺達二人を会わせるために、体を張ってまで助けてくれたジルさえ失うなんて。
俺は、一体何のためにこの世界に転生してきたんだ……

動かないジルを抱きしめながら、己の無力さに俺は頬を涙で濡らした。


「――動かないでください」

そのとき、静かな声がその場に響いた。

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