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第8章―再会
立ちはだかるもの#1
しおりを挟む――二週間後。
俺は研究会の合宿のため、グリーンウッド領内にあるダニエルの生まれ故郷の港町へ向かった。
二週間前に出してしまった熱は昨日までに何とか下がった。母の貸してくれた魔石のお陰かもしれない。
伊月と再会するのは、明日の予定だ。
伊月は今日の昼まで別の場所で公務をしているそうなので、その後グリーンウッド領まで来て、次の日、ダニエルとジルベール先輩が用意してくれたコテージで俺と落ち合うことになっている。
そんなわけで伊月と落ち合うまで俺は、ダニエルとレナルドと一緒に、ダニエルが昔住んでいたという港町を観光していた。
ちなみにジルベール先輩は伊月と一緒に居て、今日の夜、伊月と一緒にこちらに向かうそうだ。
でも、俺はつい昨日まで寝込んでいたということもあって、早々にバテてしまった。
「ミハル、大丈夫?」
「……う、うん……ごめん、折角案内してくれてるのに……」
「そんなの気にしなくていいから。……明日が本番なんだから、今日はもう休もう」
「え、でも……」
「いいから休むよ。顔色も悪いし、本当は息苦しくなってるんじゃないの。そんなんじゃ明日皇子に会えないよ」
「う……」
ダニエルは相変わらず目ざとかった。息がちょっとしづらくなってることもバレていた。
「ちょっとこの辺、マナが濃いからかもな」
そのときレナルドが辺りを見回しながらそう言った。
「濃いの?この辺」
「ああ。多分あれじゃねえか。市場の魚の鮮度保つ魔法具」
「……あー、あれか」
レナルドが示した先にある市場を見たダニエルが、納得したように頷いた。
……本当いろんな所に魔法具あるな……。折角、昔、ダニエルが教えてくれた市場に来られたのに、結局全然近くで見られないし……。ほんのちょっとマナが濃い場所に行くだけでこれだ。
せめてもう少しマナに耐性があれば良かったのに……。
そんなことを考えていると、目の前でレナルドがしゃがんだ。
「乗れよ。宿まで連れてってやるから」
「そ、そんな、悪いよ」
「いいから乗れって。どうせ歩くのは無理だろ?」
「……うう」
その通りなので何も言えなかった。
俺は自分の情けなさに凹みつつもレナルドの背中に乗った。
そしてレナルドに今日泊まる予定の宿まで運んでもらっているうちに、俺は眠ってしまった。
***
~ダニエル視点~
「……ミハル寝ちゃったね」
「なんか色々気にしてたみたいだしな。明日のことも不安なんだろ」
「そうなんだろうね……」
ミハルは、前世の恋人とは死に別れたような状況だったらしいから、本当に会えるのか心配になるのも無理はない。
それについ先日まで寝込んでいたらしいし、今日も本当は街に出られる体調じゃなかったようだけど、僕の生まれ故郷を実際に見たかったと言われてしまっては、僕にはそれ以上止めることができなかった。
レナルドにも何かあったら担いで行くからと言われてしまったし。
その言葉通りミハルを担ぐことになったレナルドを見やりながら、僕は言った。
「君さ……家で家族と対立してるって本当なの?」
僕のその言葉にレナルドは「そうだけど」とあっさりと返した。
「そうだけどって……軽いな」
「三番目の兄貴が、オレがブラックウェルのミハルと関わってんの親父にチクりやがったんだよ。だったらもう開き直るしかねーじゃん?だってオレ、ミハルとは対立したくねえし」
彼より三つ上だという三番目の兄はアカデミーに入学していて、セザール皇子とも関わりを持っていると聞いた。セザール皇子と関わっているところを見ると、彼の兄は純然たる現皇帝派なのだろう。
「それ……大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。チクった兄貴のことは剣でねじ伏せてやったし!オレんちは自分の主張を貫きたきゃ強さで示すのが家訓だからさ。――それにどうせ、オレは家は継げねえしな。成人したら家出るつもりだから問題ねえよ」
僕はあっけらかんと言い放ったレナルドに驚いた。
ミハルに聞いた話だと、幼い頃の彼はレッドグレイヴ家の子息であることを誇りに思っていて、だからレッドグレイヴ家当主の父親に認められるために強さを求めていたそうだ。
その彼が、まさか家を出るつもりでいたとは思わなかった。
「レッドグレイヴ家に残らなくていいの?君、お父さんに認められたいから強くなりたかったんじゃないの」
「それはガキの頃の話だな。――今は、ミハルのために強くなりたいって思う。オレはミハルを一人にしたくない。だからそのためならオレは、レッドグレイヴじゃなくなってもいい」
そうきっぱりと言い放ったレナルドが、僕は眩しく見えて目を細めた。
「……そうなんだ。じゃあ家出たらどうするつもりなの?」
「そうだなー。ミハルと一緒に居てえし……ブラックウェル騎士団の入団試験でも受けるかな」
「……いいの、それ」
「何が?」
「ミハルがイツキ皇子と再会して、皇子が皇帝になったら、ミハルはイツキ皇子と一緒に居るようになるんじゃないの?そうしたら離れ離れになるよ」
「そんならオレも付いてくぜ。騎士として側に居る分は問題ねーだろ?」
「……君はそれでいいんだね」
あくまでミハルと共に居ることが大事らしいレナルドは、僕とは考えが違うらしい。
「一緒に居るだけじゃ駄目なのか?」
「……僕は……本当は、それ以上の存在になりたい。でも前世の恋人なんて……絶対敵わないのに。でも僕、諦め切れないんだよ」
「……」
言ってからハッと気づいてレナルドを見やると、彼は目を丸くしていた。
――こんなこと、コイツに言うつもりなかったのに。
イツキ皇子とミハルを会わせることも自分で了承してセッティングまでしたのに、結局未練たらたらじゃないかと馬鹿にされるかもしれない。
「……ごめん今の忘れて」
「――ミハルはお前の気持ち、ちゃんとわかってると思うぜ。だから今はそれでいいんじゃねーか」
しかしレナルドはただそれだけ言うと、ミハルを担ぎ直して再び歩き始めた。
その言葉は僕の心にすとんと入ってくると同時に、ミハルは彼のこういうところを感じ取ったから、最初の友達になったのかもしれないと思った。
でも、一つ下のコイツにこんなことを言われるのがなんだか癪だったので軽く足を踏んづけてやった。
「お前僕より一つ下のくせに生意気なんだよ!」
「いてえな!何すんだ!」
「いいから行くよ。ミハルを早く休ませてあげないと。ほらそんなところで止まってないで早く」
「お前が踏んづけてきたんだろうが!」
レナルドと言い争いながら宿に戻る間で、心の中にあったもやもやはいつの間にか無くなっていた。
これなら僕は、ミハルと皇子が再会した後も笑っていられると、そっと笑みを浮かべた。
――でも、このときの僕らはまだ知らなかった。
ときに運命というものは、残酷に立ちはだかってくるということを。
***
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