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第7章―友愛
深思#4
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~ジル視点~
かつてのことを思い出しながら、俺は手に魔力を込めると、イツキ皇子の腹の怪我の治療を始めた。
ちなみに彼の従者は暗殺者に襲われた際の後始末のために、俺が治療を始めると同時に部屋を出て行った。
初めて彼の治療をしたその後も、彼は何度も怪我をして俺のところに来ては、俺が彼の治療をした。
あのときは、彼とこんなに長い付き合いになるとは思っていなかった。だが、今となってはふとした瞬間に、彼がまた怪我をしてやしないかと思うくらいには彼への情は深まっていた。
今回の怪我はただの怪我ではなく、呪いに近いものもかかっているので解呪も必要だった。まずは解呪を行った上で、治癒魔法をかけようとしたが彼に止められた。
「もういい」
「まだ解呪しかしてません」
「後は自分で治すからいい」
「駄目ですよ。呪いの影響がありましたから自然治癒力じゃ早々治りません」
「……」
そう言うと彼は諦めたのか抵抗をやめた。
「俺のことを気にかけてくださるのはありがたいですが、気にする必要ありません。俺はマナは多い方なので」
「だが、最近は変身魔法もずっとかけてただろ」
「あんなの大したマナ消費量じゃないですよ。今は貴方のほうが重傷です」
魔法使いは魔法を使い過ぎて自身のマナが減ると一時的に空気中のマナの中和が出来なくなり、マナ不適合症の人のような症状が出ることを彼は知っているので、それを心配してくれたのだろう。
俺もそういった経験はあるが、今は経験でどれくらいまでなら魔法を使っても大丈夫かわかっているので問題ない。
そんなことより今は自分の心配をしていてもらいたいものだ。
「最悪このアイテム付けますから問題ないですよ」
「それは……ミハルも持っているというアイテムか」
「そうですね。これが出来たのは彼のお陰ですね。このアイテムがあれば魔法使いも安心して魔法が使えますから」
ミハル様は、自分がまさか間接的に魔法使いの役に立ったとは思っていないだろう。
だがそれだけこのアイテムは画期的なものだった。
俺からアイテムを受け取ったイツキ皇子はまじまじとそれを見つめていた。きっとまた恋人を思い出しているのだろうと思いつつ、俺は治療を続けた。
数時間後、腹の傷の治療が終わった。
「終わりましたよ」
「……ありがとう。助かった」
「いえ。……イツキ皇子」
イツキ皇子が服を着直しているのを見ながら、俺は彼に、ずっと考えていたことを話すべく口を開いた。
「ミハル様に会いませんか?」
「……何だ急に」
「今がチャンスだと思います。彼も領地から出て、外を歩けるようになったんですし、ブラックウェル領地では門前払いされても、別の場所ならば会えるでしょう」
「だが……」
「この一年が終わり、セザール皇子がアカデミーを卒業したら本格的に皇位継承争いが始まるわけで、そうなると貴方もそう簡単に出歩くことは難しくなる。それを考えるとやはり今しか彼と会うチャンスはないと思います。俺はそのための協力くらいはできますよ。ミハル様と同じ研究会に入ったわけですし」
「でも俺は、皇帝になるまではミハルに会う気は……」
「今まで散々会いたい会いたい言ってたくせに今更怖気づくんですか?」
「そ、そういうわけじゃ……」
イツキ皇子は目を泳がせて戸惑っていた。まさか俺からこんな提案をされるとは思ってなかったんだろう。
「お、お前こそなんで急にそんなこと言い出したんだ」
「貴方本当最近辛気臭いんですよ。……こんな怪我負ったのも、毒の所為もあったかもしれませんが、一番はやはり一年後のことが気がかりだからでしょう。だってそれで決まるんですもんね。貴方が恋人とこの先、共に生きていけるかどうかも」
「……」
「だからその前に恋人に会って心のわだかまりを解消しておけというのが俺の考えです。恋人に応援されながら頑張るのと、自分のことを恋人が受け入れてくれるかどうか不安に思いながらやるのとでは全くモチベーションが違うと思いませんか?」
そう言うと、彼はしばし考えた後、口を開いた。
「……そりゃあ勿論、美陽が俺を待っていてくれると思ったら、心の持ちようは大分変わるが……何でお前がそんなこと気にするんだ。今まで、お前は俺の事情のことをそこまで気にかけたことなかっただろ」
確かにそれはそうだった。俺は皇子と初めて会ってから今まで、怪我の治療などを頼まれたときは勿論やるが、自分から何か彼に対し提案をしたことはなかった。
彼の厄介な事情については、言ってしまえば俺には関係が無かったからだ。
考えが変わったのは――やはり、彼の恋人に実際に会ったからだろう。
「貴方が神に願ってまで、彼と共に転生をした理由がわかったからですかね」
「……どういうことだ」
「まあ、それはいいじゃないですか。で、どうします?彼と会いますか」
「誤魔化すなよ……」
イツキ皇子はしばらくの間唸りながら考えていたが、やがて遠慮がちに頷いた。
「――俺も、いつまでも怖気づいているわけにはいかないしな。美陽に、約束を破ったことを謝らないといけない」
「では決まりですね」
「だがどうやって会わせるつもりだ。アカデミーじゃ俺はミハルとは会えないぞ」
「夏季休暇のときが良いでしょう。研究会の活動という名目で出かけるついでに会うのがいいんじゃないかと思います」
「な、成程」
そう言ったときの彼の表情がおかしくて、俺は思わず笑ってしまった。
「わ、笑うなよ」
「貴方のそういう顔が見られて俺としては嬉しいですよ」
「何だよそれ……」
初めて会った時から、大怪我を負っても何があっても殆ど表情を変えたことがなかった彼が、人間らしい表情をしているのが面白かったしなんだか嬉しかった。
ずっと他人のことなんて気にせず、自分のことだけを考えて生きてきた俺だが、ずっと行く末を見守ってきた皇子と、彼の恋人には、幸せな未来を手に入れてほしいと、そう今は思う。
――これが、友愛という感情なのかもしれないなと、俺はそう思った。
「まあその前に俺もちゃんと研究会の一員として認められないといけませんが」
「……は?お前、研究会には入れたんじゃなかったのか?」
「この前首都の中心街に行ったときに魔法使いであることが彼らにバレましてね。レナルド様やミハル様は許してくださいましたが、代表のダニエル様にはまだ許しを得てないもので」
「お前……。そんなことになってるのに良く俺にあんな提案したな」
「大丈夫ですよ。ダニエル様は意外とわかりやすい性格してますから」
「……本当に大丈夫なんだろうな?」
「だから大丈夫ですって」
先程の顔から一転してじとりと俺を睨み付けてきたイツキ皇子に俺はまた笑った。
――俺が初めて友人と認めた彼とその大切な人のためならば、何でもしてやろうという気持ちが沸いている今の自分が、俺は好きだった。
かつてのことを思い出しながら、俺は手に魔力を込めると、イツキ皇子の腹の怪我の治療を始めた。
ちなみに彼の従者は暗殺者に襲われた際の後始末のために、俺が治療を始めると同時に部屋を出て行った。
初めて彼の治療をしたその後も、彼は何度も怪我をして俺のところに来ては、俺が彼の治療をした。
あのときは、彼とこんなに長い付き合いになるとは思っていなかった。だが、今となってはふとした瞬間に、彼がまた怪我をしてやしないかと思うくらいには彼への情は深まっていた。
今回の怪我はただの怪我ではなく、呪いに近いものもかかっているので解呪も必要だった。まずは解呪を行った上で、治癒魔法をかけようとしたが彼に止められた。
「もういい」
「まだ解呪しかしてません」
「後は自分で治すからいい」
「駄目ですよ。呪いの影響がありましたから自然治癒力じゃ早々治りません」
「……」
そう言うと彼は諦めたのか抵抗をやめた。
「俺のことを気にかけてくださるのはありがたいですが、気にする必要ありません。俺はマナは多い方なので」
「だが、最近は変身魔法もずっとかけてただろ」
「あんなの大したマナ消費量じゃないですよ。今は貴方のほうが重傷です」
魔法使いは魔法を使い過ぎて自身のマナが減ると一時的に空気中のマナの中和が出来なくなり、マナ不適合症の人のような症状が出ることを彼は知っているので、それを心配してくれたのだろう。
俺もそういった経験はあるが、今は経験でどれくらいまでなら魔法を使っても大丈夫かわかっているので問題ない。
そんなことより今は自分の心配をしていてもらいたいものだ。
「最悪このアイテム付けますから問題ないですよ」
「それは……ミハルも持っているというアイテムか」
「そうですね。これが出来たのは彼のお陰ですね。このアイテムがあれば魔法使いも安心して魔法が使えますから」
ミハル様は、自分がまさか間接的に魔法使いの役に立ったとは思っていないだろう。
だがそれだけこのアイテムは画期的なものだった。
俺からアイテムを受け取ったイツキ皇子はまじまじとそれを見つめていた。きっとまた恋人を思い出しているのだろうと思いつつ、俺は治療を続けた。
数時間後、腹の傷の治療が終わった。
「終わりましたよ」
「……ありがとう。助かった」
「いえ。……イツキ皇子」
イツキ皇子が服を着直しているのを見ながら、俺は彼に、ずっと考えていたことを話すべく口を開いた。
「ミハル様に会いませんか?」
「……何だ急に」
「今がチャンスだと思います。彼も領地から出て、外を歩けるようになったんですし、ブラックウェル領地では門前払いされても、別の場所ならば会えるでしょう」
「だが……」
「この一年が終わり、セザール皇子がアカデミーを卒業したら本格的に皇位継承争いが始まるわけで、そうなると貴方もそう簡単に出歩くことは難しくなる。それを考えるとやはり今しか彼と会うチャンスはないと思います。俺はそのための協力くらいはできますよ。ミハル様と同じ研究会に入ったわけですし」
「でも俺は、皇帝になるまではミハルに会う気は……」
「今まで散々会いたい会いたい言ってたくせに今更怖気づくんですか?」
「そ、そういうわけじゃ……」
イツキ皇子は目を泳がせて戸惑っていた。まさか俺からこんな提案をされるとは思ってなかったんだろう。
「お、お前こそなんで急にそんなこと言い出したんだ」
「貴方本当最近辛気臭いんですよ。……こんな怪我負ったのも、毒の所為もあったかもしれませんが、一番はやはり一年後のことが気がかりだからでしょう。だってそれで決まるんですもんね。貴方が恋人とこの先、共に生きていけるかどうかも」
「……」
「だからその前に恋人に会って心のわだかまりを解消しておけというのが俺の考えです。恋人に応援されながら頑張るのと、自分のことを恋人が受け入れてくれるかどうか不安に思いながらやるのとでは全くモチベーションが違うと思いませんか?」
そう言うと、彼はしばし考えた後、口を開いた。
「……そりゃあ勿論、美陽が俺を待っていてくれると思ったら、心の持ちようは大分変わるが……何でお前がそんなこと気にするんだ。今まで、お前は俺の事情のことをそこまで気にかけたことなかっただろ」
確かにそれはそうだった。俺は皇子と初めて会ってから今まで、怪我の治療などを頼まれたときは勿論やるが、自分から何か彼に対し提案をしたことはなかった。
彼の厄介な事情については、言ってしまえば俺には関係が無かったからだ。
考えが変わったのは――やはり、彼の恋人に実際に会ったからだろう。
「貴方が神に願ってまで、彼と共に転生をした理由がわかったからですかね」
「……どういうことだ」
「まあ、それはいいじゃないですか。で、どうします?彼と会いますか」
「誤魔化すなよ……」
イツキ皇子はしばらくの間唸りながら考えていたが、やがて遠慮がちに頷いた。
「――俺も、いつまでも怖気づいているわけにはいかないしな。美陽に、約束を破ったことを謝らないといけない」
「では決まりですね」
「だがどうやって会わせるつもりだ。アカデミーじゃ俺はミハルとは会えないぞ」
「夏季休暇のときが良いでしょう。研究会の活動という名目で出かけるついでに会うのがいいんじゃないかと思います」
「な、成程」
そう言ったときの彼の表情がおかしくて、俺は思わず笑ってしまった。
「わ、笑うなよ」
「貴方のそういう顔が見られて俺としては嬉しいですよ」
「何だよそれ……」
初めて会った時から、大怪我を負っても何があっても殆ど表情を変えたことがなかった彼が、人間らしい表情をしているのが面白かったしなんだか嬉しかった。
ずっと他人のことなんて気にせず、自分のことだけを考えて生きてきた俺だが、ずっと行く末を見守ってきた皇子と、彼の恋人には、幸せな未来を手に入れてほしいと、そう今は思う。
――これが、友愛という感情なのかもしれないなと、俺はそう思った。
「まあその前に俺もちゃんと研究会の一員として認められないといけませんが」
「……は?お前、研究会には入れたんじゃなかったのか?」
「この前首都の中心街に行ったときに魔法使いであることが彼らにバレましてね。レナルド様やミハル様は許してくださいましたが、代表のダニエル様にはまだ許しを得てないもので」
「お前……。そんなことになってるのに良く俺にあんな提案したな」
「大丈夫ですよ。ダニエル様は意外とわかりやすい性格してますから」
「……本当に大丈夫なんだろうな?」
「だから大丈夫ですって」
先程の顔から一転してじとりと俺を睨み付けてきたイツキ皇子に俺はまた笑った。
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