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第7章―友愛
深思#2
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~ジル視点~
――イツキ皇子と俺が初めて出会ったのは、彼が8歳の時、俺が10歳の時である。
彼が馬車の事故に見せかけて殺されかけたときだ。その際に彼はかなりの重傷を負った。自然治癒力では到底治せそうにない怪我だった。
だから彼は従者に連れられて秘密裏に、リリーホワイト家にやってきた。
――リリーホワイト家現当主の子にして希代の治癒魔法使いと言われていた俺の下に。
俺の本名はジルベール=リリーホワイト。俺は庶子なので爵位を継ぐ権利はないが、リリーホワイトの姓を名乗ることは許されていた。
それは俺に魔法使いの才能があったからだ。
リリーホワイトが規模として最大の「魔塔」を所有していることは有名な話だ。その「魔塔」の頂点、「魔塔主」にするために、父は俺にリリーホワイトの姓を名乗ることを許したのだ。父の他の子供――俺の腹違いの兄弟には魔法の才能はなかったからだ。
俺は一通り魔法は使えたが、特に得意としているのは治癒と解呪魔法だ。その魔法に縋る為に、かつてリリーホワイトの令嬢であったエリザベス様に仕えていた従者は大怪我を負ったイツキ皇子を連れてきた。
俺の父は、妹の忘れ形見であるイツキ皇子を、怪我が治るまで屋敷に置くことを了承した。
『私が、彼に出来ることはこれくらいしかない』
父はそう言っていた。
いくらイツキ皇子がリリーホワイトと血縁があっても、彼が皇族である以上、側で守ることが出来ないことを父は悔やんでいた。
皇宮は許可を得たわずかな人間しか入宮することは許されていないのである。
だから今はもうこの世に居ないエリザベス様も、嫁ぐ際にたった一人の従者しか付けていくことが出来なかった。
そしてその従者もイツキ皇子と共に居たために、馬車の事故に巻き込まれて重傷を負っていた。
そんな状態であっても、自分のことより仕える主を優先する姿は、父が信頼し妹に付けた唯一の従者であると言える。
そういうわけで俺は、イツキ皇子とその従者の治療をすることになった。
しかし治癒魔法は使えば使うほど、逆に本人の治癒力が下がってしまう。だからすべての怪我を治すわけにはいかず、特に命に係わりそうな怪我だけを治した。
だから特に重傷なところを治した後は、もう俺の役割はない。あとは、彼らの自然治癒力に任せるしかないのだ。
それでもいつ傷が開くかわからないからと父が言うので、怪我が治るまでの間、俺は毎日、言われた通り律義に彼の居る療養部屋に足を運んだ。
――療養中の彼はいつ部屋に行っても平然としていた。
傷の消毒をするときも包帯やガーゼを変える際も、痛いともつらいとも言わず、ただされるがままの彼に、俺は段々と薄気味悪さを感じるようになった。
『――貴方、感情ないんですか?』
ある日、ついに口を突いて出た言葉に、彼はゆっくりと俺の方へ目線を向けた後、口を開いた。
『……何でそう思う?』
俺はこのとき初めて彼の声を聴いた。それまで彼は頷くか首を振るかくらいしかせず、一言も発してなかったのだ。
『だって何も言わないじゃないですか。痛いとも何とも』
そう言うと、彼は淡々と答えた。
『痛いなんて言ったところで何の意味もないだろ』
その返答がすべてだった。
彼は痛いなんて言ったところで、誰かがその言葉を拾ってくれるわけでもない。何か変わるわけでもない。――そういう場所に、彼は居るのだった。
――そんな彼にも、唯一、恐れていることがあった。
彼が療養に来てから一か月程経った頃。
大分怪我も治り、あと治っていないのは足の骨折くらいになって、もう少しすれば皇宮に戻れるだろうといった段階になった頃だった。
この頃から彼は寝ている間に魘されるようになった。
『――美陽……、』
今よりも重傷だったときには眉一つ動かさなかった彼が、汗をびっしょりとかきながら苦し気に呟いていたその名前。
『美陽……、ごめん……約束……守れなくて、』
顔には出さなくとも、彼に感情がないわけではなかった。
――怪我が治ればまた皇宮に戻る。また命を狙われる日々に戻る。
彼が睡眠中に魘されるようになったのは、そんなストレスからだったのだろう。
そんな風に苦しむ人の姿を見たら、そっと見守るのが普通の人間のすることだと思う。
しかし今より人の心の機微に対して鈍感だった俺は、彼に「みはるって誰ですか?」と聞いてしまった。
当然、俺が知る由もない名前を俺が出したために、イツキ皇子は相当驚いていた。
『……なんで、その名前を……』
『貴方最近いつも魘されてますよ。そのときに毎回呼んでます』
『……』
このとき俺は初めて、彼が露骨に顔を顰めたのを見た。
『俺が魘されてること……誰にも言ってないよな』
『言ってませんが?』
『ならいい……』
疲れたように溜息を漏らした彼に対し、俺はさらにぶっこんだ。
『で、みはるって誰ですか?約束って何ですか?』
『……お前、デリカシーないって言われないか』
『言われたことないですね』
『……そうか』
俺は元々、気になることは追求しないと気が済まない性質であり、昔はそれがさらに顕著だった。
当時の彼がそんな俺に対しどう思っていたかは……想像には難くない。
――イツキ皇子と俺が初めて出会ったのは、彼が8歳の時、俺が10歳の時である。
彼が馬車の事故に見せかけて殺されかけたときだ。その際に彼はかなりの重傷を負った。自然治癒力では到底治せそうにない怪我だった。
だから彼は従者に連れられて秘密裏に、リリーホワイト家にやってきた。
――リリーホワイト家現当主の子にして希代の治癒魔法使いと言われていた俺の下に。
俺の本名はジルベール=リリーホワイト。俺は庶子なので爵位を継ぐ権利はないが、リリーホワイトの姓を名乗ることは許されていた。
それは俺に魔法使いの才能があったからだ。
リリーホワイトが規模として最大の「魔塔」を所有していることは有名な話だ。その「魔塔」の頂点、「魔塔主」にするために、父は俺にリリーホワイトの姓を名乗ることを許したのだ。父の他の子供――俺の腹違いの兄弟には魔法の才能はなかったからだ。
俺は一通り魔法は使えたが、特に得意としているのは治癒と解呪魔法だ。その魔法に縋る為に、かつてリリーホワイトの令嬢であったエリザベス様に仕えていた従者は大怪我を負ったイツキ皇子を連れてきた。
俺の父は、妹の忘れ形見であるイツキ皇子を、怪我が治るまで屋敷に置くことを了承した。
『私が、彼に出来ることはこれくらいしかない』
父はそう言っていた。
いくらイツキ皇子がリリーホワイトと血縁があっても、彼が皇族である以上、側で守ることが出来ないことを父は悔やんでいた。
皇宮は許可を得たわずかな人間しか入宮することは許されていないのである。
だから今はもうこの世に居ないエリザベス様も、嫁ぐ際にたった一人の従者しか付けていくことが出来なかった。
そしてその従者もイツキ皇子と共に居たために、馬車の事故に巻き込まれて重傷を負っていた。
そんな状態であっても、自分のことより仕える主を優先する姿は、父が信頼し妹に付けた唯一の従者であると言える。
そういうわけで俺は、イツキ皇子とその従者の治療をすることになった。
しかし治癒魔法は使えば使うほど、逆に本人の治癒力が下がってしまう。だからすべての怪我を治すわけにはいかず、特に命に係わりそうな怪我だけを治した。
だから特に重傷なところを治した後は、もう俺の役割はない。あとは、彼らの自然治癒力に任せるしかないのだ。
それでもいつ傷が開くかわからないからと父が言うので、怪我が治るまでの間、俺は毎日、言われた通り律義に彼の居る療養部屋に足を運んだ。
――療養中の彼はいつ部屋に行っても平然としていた。
傷の消毒をするときも包帯やガーゼを変える際も、痛いともつらいとも言わず、ただされるがままの彼に、俺は段々と薄気味悪さを感じるようになった。
『――貴方、感情ないんですか?』
ある日、ついに口を突いて出た言葉に、彼はゆっくりと俺の方へ目線を向けた後、口を開いた。
『……何でそう思う?』
俺はこのとき初めて彼の声を聴いた。それまで彼は頷くか首を振るかくらいしかせず、一言も発してなかったのだ。
『だって何も言わないじゃないですか。痛いとも何とも』
そう言うと、彼は淡々と答えた。
『痛いなんて言ったところで何の意味もないだろ』
その返答がすべてだった。
彼は痛いなんて言ったところで、誰かがその言葉を拾ってくれるわけでもない。何か変わるわけでもない。――そういう場所に、彼は居るのだった。
――そんな彼にも、唯一、恐れていることがあった。
彼が療養に来てから一か月程経った頃。
大分怪我も治り、あと治っていないのは足の骨折くらいになって、もう少しすれば皇宮に戻れるだろうといった段階になった頃だった。
この頃から彼は寝ている間に魘されるようになった。
『――美陽……、』
今よりも重傷だったときには眉一つ動かさなかった彼が、汗をびっしょりとかきながら苦し気に呟いていたその名前。
『美陽……、ごめん……約束……守れなくて、』
顔には出さなくとも、彼に感情がないわけではなかった。
――怪我が治ればまた皇宮に戻る。また命を狙われる日々に戻る。
彼が睡眠中に魘されるようになったのは、そんなストレスからだったのだろう。
そんな風に苦しむ人の姿を見たら、そっと見守るのが普通の人間のすることだと思う。
しかし今より人の心の機微に対して鈍感だった俺は、彼に「みはるって誰ですか?」と聞いてしまった。
当然、俺が知る由もない名前を俺が出したために、イツキ皇子は相当驚いていた。
『……なんで、その名前を……』
『貴方最近いつも魘されてますよ。そのときに毎回呼んでます』
『……』
このとき俺は初めて、彼が露骨に顔を顰めたのを見た。
『俺が魘されてること……誰にも言ってないよな』
『言ってませんが?』
『ならいい……』
疲れたように溜息を漏らした彼に対し、俺はさらにぶっこんだ。
『で、みはるって誰ですか?約束って何ですか?』
『……お前、デリカシーないって言われないか』
『言われたことないですね』
『……そうか』
俺は元々、気になることは追求しないと気が済まない性質であり、昔はそれがさらに顕著だった。
当時の彼がそんな俺に対しどう思っていたかは……想像には難くない。
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