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間章2―すべてのはじまり
幸せの後は#2
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「どういう風の吹きまわしだ?イツキ」
「……何がですか」
「お前がわざわざブラックウェルの機嫌を取りに行こうとするとは思わなかった。お前は皇帝になる気はないと思っていたが?」
意地の悪い笑みを浮かべるセザールを、俺は横目で睨み付けた。
「機嫌取り?違います。俺はただ、ミハルに会いたかっただけです。――ミハルは俺の恋人だから」
「……何だと?」
このとき俺は、セザールに打ち明けてやれば俺の望みは叶うと思った。
アイツの望みは皇帝になることで、俺の望みは皇帝になることではなく、美陽と共に生きることだから。
「恋人とはどういうことだ?お前とミハル=ブラックウェルは一度も会ったことはないはずだろう」
「ミハル=ブラックウェルは、俺の前世の恋人なんです」
「……前世だと?にわかには信じがたいな」
「信じなくてもいいですが、事実です。俺はミハルと一生一緒に生き続けたい。それが俺の望みです。俺達の邪魔をしないなら、俺も兄上の邪魔はしません。だからもうこれ以上俺の命を狙うのはやめてください」
そう懇願する俺に対し、セザールは感情の乗っていない平坦な目で見てきたあと、俺を嘲笑うように言った。
「無理だな」
「……今何と?」
「無理だと言った」
俺を馬鹿にするような目で見てくるセザールに、俺は怒りを覚えた。
「無理とはどういうことですか」
「お前は生きてるだけで俺の脅威になるからさ」
唯一、セザールに対抗し得る存在である俺。その俺を生かすことは、現皇帝派が許すはずないと奴は言った。
「お前が生きたまま俺が仮に皇帝になったとしたら、お前にそのつもりがなくても、お前を勝手に祀り上げて俺を引き摺り落そうとする連中が現れる。それは俺の脅威になる。いいか、俺が望むのはただの皇帝の地位じゃない。確固たる頂点の地位だ」
「……」
「俺達の父親がかつてそうしたように、頂点の地位を脅かす脅威は全部一から無くすしか、安定した未来は俺にもお前にも来ないんだよ」
セザールは立ち尽くす俺の耳元で囁いた。
「お前はこの生存競争から抜けることはできない。抜けた時は死だ。その前世の恋人とやらと生き続けたいというなら、お前もこの生存レースに乗るほか選択肢はないぞ」
まあそもそもその前世の恋人と再会できるかも怪しいがな、とセザールは鼻で笑いながら去っていった。
だが俺はその場からしばらく動くことができなかった。
――改めて俺は、なんてところに生まれてしまったのだと、自分の運命を呪った。
***
しばらくの間、俺は自分の現状を受け入れることができなかった。
だが茫然としていても日々の暮らしは押し寄せる。俺を生き残らせるために必死な従者は、俺にやる気があろうがなかろうが、皇帝になるための地位固めのために、公務と称して俺を国内外様々な場所へと引き摺り回した。
その公務の合間に命を狙われるのも相変わらず。でも俺は悪運が強かったらしく、しぶとく生き残った。
その度に、第一皇妃やセザールから忌々し気に睨まれるのも変わらずだった。
ならばいっそ皇宮から逃げ出してやろうかと思ったこともあったが、逃亡資金も後ろ盾もない俺にはそれは現実的ではなかったし、この国から逃げたら美陽との再会も遠くなってしまうため、それは出来ず、悶々と日々は過ぎて行った。
そんな風に生き続けて13歳になり、俺はアカデミーに入学した。
入ったところでどうせ公務があるのでほとんど授業には出られないのだが、皇族はアカデミーには強制的に入れられるので仕方がなかった。
だがこのアカデミーで、俺は皇帝とブラックウェルのいざこざの本当の正体を知ることが出来た。
アカデミー校内にある最高機密文書の保管庫。そこはたとえ貴族でも入ることは通常不可能だが、皇族である俺はそこに入ることが出来た。
そこにあった最高機密文書に、ブラックウェルとの諍いのすべてが残されていた。
内容はふたを開けてみれば大したことでもない、あまりにお粗末なものだった。
ブラックウェルの支持を貰うという名目で、ミハルへ会いに公務の合間にブラックウェル領地へ行っても、いつも門前払いされてしまっていた理由が、こんなものだったのかと俺は憤慨した。
だがその怒りは俺を本気にさせた。
――あんな理由の所為で、ミハルに一度も会えずに死ぬなんて絶対にあり得ない。
そんなことになるくらいなら、俺は絶対に皇帝になってアイツらを全員蹴落としてやる。
そう決意したのが、ミハルがアカデミーに入学する半年前。
そしてその半年後にミハルがアカデミーに入った。アカデミーであれば少しくらいは顔を合わせられるだろうかと思っていたが、その期待は裏切られた。
――かつての俺が犯した失態によって。
セザールにかつて、ミハルが俺の前世の恋人であると言ってしまったばかりに。
ミハルはセザールに目を付けられてしまった。
アイツはやっぱり父親や母親と同じだ。
目的の為に手段を選ばないところが。
俺を引き摺り落すためならなんだってやる。――今世の、体の弱いミハルに無体を働くことだって平気でする。
だが、アイツがその気なら、俺だってもう手段は選ばない。
それに、ミハルのことを知られてしまったのは俺の責任でもある。
だから俺がアイツらを引き摺り落して、皇帝になってやる。
そして今世こそは、ミハルと一生一緒に生き続けるのだ。すべての安寧を手に入れた上で。
二人だけの幸せを取り戻すために。
「……何がですか」
「お前がわざわざブラックウェルの機嫌を取りに行こうとするとは思わなかった。お前は皇帝になる気はないと思っていたが?」
意地の悪い笑みを浮かべるセザールを、俺は横目で睨み付けた。
「機嫌取り?違います。俺はただ、ミハルに会いたかっただけです。――ミハルは俺の恋人だから」
「……何だと?」
このとき俺は、セザールに打ち明けてやれば俺の望みは叶うと思った。
アイツの望みは皇帝になることで、俺の望みは皇帝になることではなく、美陽と共に生きることだから。
「恋人とはどういうことだ?お前とミハル=ブラックウェルは一度も会ったことはないはずだろう」
「ミハル=ブラックウェルは、俺の前世の恋人なんです」
「……前世だと?にわかには信じがたいな」
「信じなくてもいいですが、事実です。俺はミハルと一生一緒に生き続けたい。それが俺の望みです。俺達の邪魔をしないなら、俺も兄上の邪魔はしません。だからもうこれ以上俺の命を狙うのはやめてください」
そう懇願する俺に対し、セザールは感情の乗っていない平坦な目で見てきたあと、俺を嘲笑うように言った。
「無理だな」
「……今何と?」
「無理だと言った」
俺を馬鹿にするような目で見てくるセザールに、俺は怒りを覚えた。
「無理とはどういうことですか」
「お前は生きてるだけで俺の脅威になるからさ」
唯一、セザールに対抗し得る存在である俺。その俺を生かすことは、現皇帝派が許すはずないと奴は言った。
「お前が生きたまま俺が仮に皇帝になったとしたら、お前にそのつもりがなくても、お前を勝手に祀り上げて俺を引き摺り落そうとする連中が現れる。それは俺の脅威になる。いいか、俺が望むのはただの皇帝の地位じゃない。確固たる頂点の地位だ」
「……」
「俺達の父親がかつてそうしたように、頂点の地位を脅かす脅威は全部一から無くすしか、安定した未来は俺にもお前にも来ないんだよ」
セザールは立ち尽くす俺の耳元で囁いた。
「お前はこの生存競争から抜けることはできない。抜けた時は死だ。その前世の恋人とやらと生き続けたいというなら、お前もこの生存レースに乗るほか選択肢はないぞ」
まあそもそもその前世の恋人と再会できるかも怪しいがな、とセザールは鼻で笑いながら去っていった。
だが俺はその場からしばらく動くことができなかった。
――改めて俺は、なんてところに生まれてしまったのだと、自分の運命を呪った。
***
しばらくの間、俺は自分の現状を受け入れることができなかった。
だが茫然としていても日々の暮らしは押し寄せる。俺を生き残らせるために必死な従者は、俺にやる気があろうがなかろうが、皇帝になるための地位固めのために、公務と称して俺を国内外様々な場所へと引き摺り回した。
その公務の合間に命を狙われるのも相変わらず。でも俺は悪運が強かったらしく、しぶとく生き残った。
その度に、第一皇妃やセザールから忌々し気に睨まれるのも変わらずだった。
ならばいっそ皇宮から逃げ出してやろうかと思ったこともあったが、逃亡資金も後ろ盾もない俺にはそれは現実的ではなかったし、この国から逃げたら美陽との再会も遠くなってしまうため、それは出来ず、悶々と日々は過ぎて行った。
そんな風に生き続けて13歳になり、俺はアカデミーに入学した。
入ったところでどうせ公務があるのでほとんど授業には出られないのだが、皇族はアカデミーには強制的に入れられるので仕方がなかった。
だがこのアカデミーで、俺は皇帝とブラックウェルのいざこざの本当の正体を知ることが出来た。
アカデミー校内にある最高機密文書の保管庫。そこはたとえ貴族でも入ることは通常不可能だが、皇族である俺はそこに入ることが出来た。
そこにあった最高機密文書に、ブラックウェルとの諍いのすべてが残されていた。
内容はふたを開けてみれば大したことでもない、あまりにお粗末なものだった。
ブラックウェルの支持を貰うという名目で、ミハルへ会いに公務の合間にブラックウェル領地へ行っても、いつも門前払いされてしまっていた理由が、こんなものだったのかと俺は憤慨した。
だがその怒りは俺を本気にさせた。
――あんな理由の所為で、ミハルに一度も会えずに死ぬなんて絶対にあり得ない。
そんなことになるくらいなら、俺は絶対に皇帝になってアイツらを全員蹴落としてやる。
そう決意したのが、ミハルがアカデミーに入学する半年前。
そしてその半年後にミハルがアカデミーに入った。アカデミーであれば少しくらいは顔を合わせられるだろうかと思っていたが、その期待は裏切られた。
――かつての俺が犯した失態によって。
セザールにかつて、ミハルが俺の前世の恋人であると言ってしまったばかりに。
ミハルはセザールに目を付けられてしまった。
アイツはやっぱり父親や母親と同じだ。
目的の為に手段を選ばないところが。
俺を引き摺り落すためならなんだってやる。――今世の、体の弱いミハルに無体を働くことだって平気でする。
だが、アイツがその気なら、俺だってもう手段は選ばない。
それに、ミハルのことを知られてしまったのは俺の責任でもある。
だから俺がアイツらを引き摺り落して、皇帝になってやる。
そして今世こそは、ミハルと一生一緒に生き続けるのだ。すべての安寧を手に入れた上で。
二人だけの幸せを取り戻すために。
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