異世界転生したのに弱いってどういうことだよ

めがてん

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第3章―夢と大切なこと

大切なこと#2

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俺は何故彼がそんな表情をするのかわからず、内心首を傾げつつも笑って答えた。

「そう思うよ?だってダニエル君、頭良いもん」
「……僕の夢は……、学者になることなんです。……それも、科学技術の研究者に」
「へえ、そうなんだ!ダニエル君なら絶対なれるよ」

そう言ったら、ダニエル君は驚いたように目を見開いた。

「……馬鹿にしないんですね」
「え?なんで馬鹿にするの?とても良い夢だと思うけど」
「科学技術の研究者になろうと思う人間は、大体が異端と言われるんですよ」
「そ、そうなの?何で?」
「魔法があるのに、わざわざ科学技術なんか研究する意味がないからです」
「あ……」

……そうだった。この世界には魔法があるんだった。
俺はほとんど魔法に接しない生活を送っていたから忘れてたけど、この世界では魔法が一般的なんだった。
魔法自体は才能のある人しか使えないけど、その魔法使いが魔法を込めて誰でも魔法が使えるようにした道具――魔法具はこの世界では一般的に使われている。
前世における生活家電とかそういうものが、この世界では大体魔法具に置き換わっていると言っていい。それくらい、魔法はこの世界では当たり前で、だからわざわざ魔法を使わない技術――科学技術を研究しようなんて思う人はほとんど居ないのだろう。前世で言うなら魔法のない世界で本気で魔法を研究すると言っているようなものだ。

それを理解したとき、ダニエル君が見せた表情の意味がようやくわかった。

「今まで、僕の夢を聞いた人は――一人を除いて、皆、そんなものやっても意味ないと馬鹿にしてきました。折角優秀なのに勿体ない、とか言われたこともあったので……」
「……」

――このとき俺は初めて、ダニエル君のことが年相応の、夢を追う少年に見えた。
きっと彼はずっと悲しい思いをしてきたのだろう。本当にやりたいことを応援してもらえないのだから。
だったらせめて、俺だけは彼の夢を応援しようと、そう思った。

「馬鹿になんてしないよ……とても素敵な夢だと思う。僕は、応援するよ」
「……本当ですか」
「うん。それに、僕のお父さまもその研究してるしね。――そうだ。今度、参考書送ってもらうように言ってみるよ」
「え、でも」
「大丈夫だよ、きっとお父さまも喜ぶと思う。……お父さま、僕の為に研究してくれてるから」

父は今、俺の為に、寝る間も惜しんでマナを遮断できるアイテムの開発に勤しんでいる。だがそれだけでなく、魔法に頼らない生活基盤の構築のために、科学技術のことも研究を始めたと、この前貰った手紙に書いてあった。科学技術のことはこの世界ではほとんど研究が進んでいないので大変みたいだけど。

「良いお父様じゃないですか」
「うん、でも……、僕のために、お父さまに負担を掛けちゃって、それが本当に申し訳なくて……」

俺としては、父が過労で倒れないかが心配だった。

――思い出すのは、前世のことだ。
俺は成人したときに、育ての親である伯父一家と縁を切り、伊月と二人で暮らし始めた。
だがその前から伊月は、俺との生活を始めるために昼夜問わずバイトをしていた。勿論俺もバイトしてたけど、伊月は俺を早く伯父一家から離したかったみたいで、俺以上に働いていた。その無理がたたって、一度伊月が倒れたことがあったのだ。
あのときは大事には至らなかったけど、伊月が倒れたって聞いた時は本当に驚いたしつらかった。俺の所為で伊月に無理をさせたことが。
伊月は、「自分がしたくてしたことだから、お前の所為じゃない」って言っていたけど。

だから、俺は今も怖い。父が伊月と同じようなことになるんじゃないかって。
父を苦しめるくらいなら――負担になるくらいなら、俺は自分が生きづらくても――たとえこのまま死んだとしても、それでもいいと思っていた。このときまで。


「……ウィリアム様はミハル様のことが負担だなんて言ったことがあったのですか?」

そのとき、複雑そうな表情を浮かべたダニエル君にそう聞かれ、俺は首を横に振った。

「……ううん、ないけど」
「ならそれは考えすぎです。ウィリアム様はミハル様を負担だなんてきっと思っていないです。むしろ貴方のためを思ってやっているんです。それを負担だなんて、言わないであげてください」

そう言われて、俺は目を丸くした。

「ど、どうして?」
「世間じゃ一般的ではない科学技術のことを研究しようなんて、並大抵の思いではできません。……つまり、それだけウィリアム様は貴方に健やかに生きていてほしいと思っているんです。それを負担だなんていうのは……その思いを踏みにじるのと同じですよ」
「……っ」

ダニエル君に諭されるように言われて、俺は心の痛いところを突かれたような気分になった。

そしてまた、前世のことを思い出した。


『――俺はお前が好きだけど、そうやっていつも自分を貶すところは嫌いだ』

いつだったか、伊月に言われたことを。

『俺が好きなお前のことを、他でもないお前自身が貶しているのを見るのはつらいんだよ。頼むから、自分のことを諦めるな。お前は――愛されるべき存在だってこと、ちゃんと認めてくれよ』

どうしても、誰かに想われることが受け入れられない俺のことを、伊月はいつもそうやって言いながら抱きしめてくれた。
でも前世では結局、最後まで俺は完全に自分を認めることができなかったけど。

――今世では、もう自分を諦めたくない。

俺はこのとき初めて、そう強く思った。

「ダニエル君……ありがとう」
「……?」
「僕、とても大事なこと、気付かせてもらった」

首を傾げるダニエル君の手を握って、お礼を言った。
彼の言葉がなかったら、きっと俺は今世でも一生気付かなかっただろう。

今の俺は身体も弱くて前世よりも役に立たないけど。――それでも、俺を大切に思ってくれている人の、その想いくらいには、応えられるようになりたい。
そのためにはやっぱり、自分でも動かなければ。

「ねえ、ダニエル君」
「……なんですか?」
「僕も、科学技術のこと研究したい。もう、自分のこと、諦めたくないから……だからさ、協力してくれないかな」
「協力ですか……?」
「一緒に、科学技術の研究してほしいんだ。僕の将来と――君の夢の為に」

困惑しているダニエル君の目の前に、手を差し出した。
俺は、自分の為に。彼は、彼の夢を叶える為に。
きっと彼となら、俺は先に進める。俺に大切なことを気付かせてくれた彼とならば。

「――はい」

ダニエル君は、戸惑いつつも頷いて、俺の手を握り返してくれた。

「それじゃ、今日から僕たちは共同研究者ね!なら……僕らは対等、ってことでいいよね?」
「え?それは何か違うのでは……」
「いいじゃん、今日から対等ってことで、敬語なしね!」
「え、ええ!?いや、それはちょっと……」
「……駄目?」

伺うようにダニエル君の顔を覗き込めば、彼はうっ、と顔を少し赤らめて呻いた。

「……し、仕方ないな。でも、二人きりのときだけだからね」

そう吐き捨てるように言った彼がとても可笑しくて、俺は思わず声を上げて笑ってしまった。


――まだこのときの俺は、疑いもしてなかった。
このとき交わした、共同研究者になるという約束が、果たせなくなるかもしれないだなんて。


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