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第1章―新しい人生

皇帝に謁見#2

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~父視点~

僕を呼び止めた執事はとても困った顔をしていた。

「旦那様、皇宮より使者のかたが参られているのですが……」
「……はあ?なんで?」
「その、ミハル様の見舞いとのことなのですが」

ミハルの見舞いだと?どの面下げて言ってんだ!!

「ミハルは今面会謝絶だから帰れって言って」
「……ですが、旦那様、その……」
「何?まだ何かあるの?」
「いらっしゃっているのが、皇子殿下なのです……」

ブチッと頭の血管がキレる音がした。

「あの皇帝……!本当にろくでもないところでばかり頭が回る奴だな……!」

流石に皇族を会わずに追い返すわけにはいかない。それを見越して、わざわざ見舞いの使者を皇子にしたのだろう。
こうなっては仕方がないと、僕はまず次男の居る部屋に向かった。

「アルフレッド!!」
「ち、父上?どうしたんですか?」
「今すぐミハルの部屋に行け!そしてうちの者以外誰も入れるな!誰だろうと、絶対にだ!」
「一体何が……」
「皇子がミハルの見舞いだとか言って来ているんだ。あとはわかるだろう?」
「……!わかりました」

察しのいい次男は、騎士を連れてミハルの部屋に向かった。
さて、あとは皇子を追い返すだけだ。

応接間に向かうと、皇子が皇宮騎士を伴ってソファに座っていたが、彼は僕を見るなり立ち上がって頭を下げた。

「ウィリアム=ブラックウェル公爵代理。この度は突然訪問をしてしまい申し訳ない」
「え、あ、ああ……」

邂逅一番謝られ、少々面食らった。

(まだ若い……というかまだ子供じゃないか)

年頃としてはちょうどミハルと同じくらいに見える。しかし顔立ちはあのクソ皇帝そっくりだった。
態度はあの皇帝よりはマシなようだが……。

「公子が父との謁見中に倒れたとのことで、居てもたってもいられず、見舞いに参った次第です。できれば、公子に会って直接見舞いの品を渡したいのですが」

直接なんて、絶対会わせるものか!

「皇子殿下。わざわざお越しいただいたところ申し訳ないが、見舞いは結構です。お引き取りください」
「……ウィリアム殿。貴殿は俺が父に言われて来たと思われているようだが、違います」
「はい?」

にわかには信じがたいことを言われた。
皇帝に、こちらの機嫌を取るため送られてきたのだと思っていたけど、違うのか?とすれば……

「では、皇位継承のためでしょうか?」

今の皇帝には、皇位継承権を持つ子供が実に10人以上いる。
皇太子の最有力は、皇帝派筆頭のレッドグレイヴ家を外戚に持つ第五皇子だが、他の皇子・皇女も、皇帝になるために力の強い貴族の支持を得ようと必死になっている。きっとこの皇子も、そのためにミハルの見舞いと称して来たに違いない。
だがブラックウェルは、過去の皇帝とのいざこざから、たとえどんな奴だろうと、皇族である者へは絶対に支持をしないと決めていた。
それに、今回の一件も加わったため、うちが支持をすることは決してあり得なくなった。

そう思って言ったのだが、皇子はきょとんとしていた。

「いや、そんなつもりではなく……純粋に、公子が心配で……」
「成程、そのように言ってこちらの機嫌を取るように、殿下の支持勢力から言われたのですね」
「そんなことは言われていない!本当に、ミハルが心配で!」
「ミハルなどと軽々しく呼ばないでいただけますか?会ったこともないくせに……」
「……」

すると皇子ははたと何かに気付いたような顔をした後、黙りこんでしまった。
もし、本当に純粋に心配してきたんだとしても、会ったこともない子供のことを何故皇子がここまで気にするのか全く理解できない。
そう思っていると、皇子が口を開いた。

「……確かに、そうですね。まだ一度も会ったことがないのに、突然押しかけて見舞いだなんて、軽率でした。先日の父のことと共に、謝罪します。申し訳ありませんでした」

そして皇子は頭を下げた。まさか、皇子が二回も頭を下げるとは……。
この皇子は、どうやら親とは少し違うらしい。
謝罪された以上、これ以上責めることはできない。それに、皇子とは言え、まだミハルと同じくらい幼いのだし。

「……わかりました。見舞いの品だけは受け取りますので、今日はお引き取りください」
「そうします」

見舞いの品を置いて、皇子は帰っていった。

「あ、最後に……、公子に、無理だけはしないようにと伝えてください。では失礼します」

屋敷を去る間際、そんなことを言い残して。


***


一方、帰宮する皇子を乗せた馬車の中では。

「――皇子。どうでしたか?公子には会えましたか?」
「……まだ会ったこともないのに見舞いなどありえないと言われて追い返された。見舞いの品は置いてきたが」
「そうでしたか……。残念ですね。ブラックウェルの支持を得られるチャンスだったのですが……、まあ、そううまくはいかないとは思っていましたが」
「……」

目の前でやれやれと溜息を吐く従者から皇子は顔を逸らし、馬車の外の景色を眺めた。
溜息を吐きたい気分なのは皇子も同じだった。

皇子は、皇位継承などには微塵も興味がなかった。
今日の訪問も、本当に自分の意思で行ったのだ。それはひとえに、ミハル=ブラックウェルに一目会いたかったからだ。
その気持ちが焦って、状況をよく考えずに来てしまったが、皇子はまだ自分が『今世』においてミハルに一度も会ったことがなかったことを失念していた。

(ミハル……美陽……美陽だよな、きっと……)

――彼は、手違いで前世の自分を死なせた神だという者に、何よりも大切な恋人も共に転生させてくれと願った。
しかし、恋人が誰に転生しているのかわからず、ようやく見つかったと思えば、今度はまさか自分の立場の所為で会えないとは思わなかった。見舞いすらままならないとは……。
悔しさともどかしさで、皇子は唇を噛み締めた。

「あ!皇子!唇を噛んでは駄目です!皇子の顔に傷など言語道断ですよ!」

するとすかさず従者に窘められ、皇子は再び溜息を吐いた。……本当に、皇子なんて面倒なことこの上ない。

「……はあ、わかっている」
「ならいいのですが。そろそろ皇宮に着きますよ、皇子」
「ああ……」

――イツキ=ゴールドバーク第七皇子。
彼は、前世で神の手違いによって死に、ブリアント帝国の皇子に転生した、榊原伊月その人であった。

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