ゆめうつつ

戸笠耕一

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第二章 復讐

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 記録十五
 日付:二〇二三年六月十六日
 時刻:午後四時
 場所:東京都墨田石原一‐四十‐二十 サミットストア石原両国店 青果コーナー

 私は買い物をしに部屋を出る。料理の割合は私が三で、優里が七で行う。今日は復讐を完遂したお礼にご馳走を振舞うために買い物に行く。
 食材がだいぶなくなっていたので、私は近くのサミットストアに向かった。
 私は必要なものをかごに入れていく。
「あれ? どうしたの?」
 目が合ってしまった。家で休んでいるよう言ったのに、どういうことだろう。何か言い忘れたことがあったのか。
「正夢くん、だよね? 久しぶりだね。十年振り?」
 なんだって?
 久しぶりだと?
 一緒に生活しているじゃないか?
「優里君も買い物を手伝いに来たのか?」
 私は目の前に立つ優里を見て言葉をかける。
「私に言っている?」
「そりゃそうだろ。久しぶりはないだろ。私たち、ずっと一緒に生活しているんだから」
「はあ?」
 優里は落ち着いた素振りをやめて警戒心を出してきた。
「ちょっと待って。どうした?」
 なぜ私を怪訝そうな目で見ている。
「とにかく買い物して、外に出るか」
「なになに。全然、状況が分からない……どうしたの?」
「何か変なことを言ったのか」
「だって意味が分からないんだけど」
「まさか君も記憶に。まさか」
 そう考えざるを得ない。二十年来の付き合いなのに「久しぶり」と私に投げかける意味を理解ができない。恐らく記憶系の傷害を抱えている。
 その原因を辿り、最悪の事態を想像した。レイナだ。何がしかの拷問を受けていた。私が買い物に出かけた瞬間を見計らってマンションに侵入したに違いない。
「優里ってレイ姉の今の名前でしょ? 私は奈々(ニイナ)だけど?」
 私はポカンと狐につままれた表情をしていた。
 何かがおかしい。
 これはどういうことだ?
 いきなり奈々を名乗る女性が現れた。自宅にもそっくり同じ顔の人物がいる。女は優里をレイ姉と呼ぶ。
 そうだ。手首の傷を見ればいい。右手をリストバンドで隠している。
「外に出るぞ」
「いいよ」
 私はあたりを見渡し、人がいないタイミングを見計らい右の手首をつかんで、リストバンドの内側を見た。
「なに?」
 ない。なるほど。
「お前は優里じゃないのはわかった。どういうつもりだ?」
「だから――」
「なーちゃん。子どもの頃の奈々のあだ名だ。ぼくを火事から救ってくれたのはお前の妹だ。今さら私に何の用だ!」
「痛いって!」
 女は手を振りほどき、にらんだ。あらゆる憎しみが込められていた。
「何なの? あんた、本当変わっていないよね? すぐに手を出す癖は親子そっくり」
 私はピクリと眉間にしわが寄った。
「父を馬鹿にすることは許さないぞ」
「誤解されているようですね」
 ハンドバックに手を突っ込むと女は財布を取り出した。
「これが私の身分証明書。よく見なよ。私は希坂奈々。光奈は私の双子の姉! いい加減にしてよ」
 免許証を私はまじまじと見た。
「待ってくれ。これは本物か?」
「そうですけど。あんた、私を姉さんと勘違いするなんてどうかしているわよ」
 訳が分からなくなり、私は事情を打ち明けた。四年前に私のアパートに戻ってきたこと、二人で復讐をしたことなど。
「それに誰があんたとよりを戻すなんて……ばかじゃないの」
 返ってきた答えは怒りだった。ドンと駐輪場に留めていた自転車のかごに袋を入れて、ペダルに足を載せる。
「待ってくれ」
「事情は知らないけど、私はあんたと寄りなんて戻さない。復讐も勝手にやればいい。もう顔もみたくない」
「ちょっと待て。話が見えてこない。私は優里と暮らしている。君が奈々なら。じゃあ私が優里と呼んで生活しているのは……」
「優里は姉さんの今の名前。姉さんと暮らしているわけね」
 女は話を片付けた。乗りかけた自転車を降りる。
「ちょっと状況がわからないけど。会えてよかった。今日は仕事で時間ないけど、タイミングいいときにまた会わない? あなたが乱暴を働かないという条件で」
「するわけない。君は今どこに住んでいるんだ?」
「それは教えてあげない。とにかく電話番号とメールアドレスだけ教えてあげる。空いている日だけメールで教えて」
 冷めた反応に私は驚いていた。
「久しぶりに会って寄りを戻せると思っていたの?」
 女は首をかしげて問う。返す言葉がなかった。
「私は正夢君がしたことを許していない」
 私は自分の業に向き合っていない。
「君にしたことについてはもう」
「謝ったから許せ。時間が経てば忘れる、とでも思うの?」
 じゃあね、と奈々は言って手を振った。
 袋に詰めた人参、キャベツ、ジャガイモ、ジャワカレーのルーをぼんやりと眺めながら、私はこれほどわが身が空虚であると知った。
 温かい言葉と抱擁。
 目の前にいるのが奈々に間違いない。わざと私の前に現れて、あんなフリをしていたのだろう。
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