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第二章 復讐
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記録十一
日付:二〇二三年一月三日。
時刻:午後七時二十三分
場所:東京都渋谷区スクランブル交差点
暴露インフルエンサーとして有名なソガレは私たちの撮った武田知名のコカイン接種問題を取り上げてくれた。かつてないほどの拡散ですっかり収益になったようだ。
知名はコカイン接種で狂った痴態を晒されてアカウントを消してしまった。どんなに雅な動画を上げようとも一つの汚点は尾となって響いてしまう。人を殺すのはリスクがつきものだが、これだけ情報社会になった世の中でアカウントは魂の分身に等しい。
傷つけるのは魂だけ。
私たちはデジタルタトゥーを付ける。永遠に残り続け、本人たちをさいなむ禍根。
三ヶ日の最終日。
私は優里を連れてスクランブル交差点で青になるのを待っていた。久しぶりのマスクをして息苦しい中でのデートだった。事件は起きた。
交差点を渡っていたときだった。大勢が当たらないよう無意識のうちに避けていく中で
異変が起きた。
知らない女の喚声が聞こえた。
「やばいぞ!」
「気を付けて!」
「ナイフを持っているぞ!」
妙だ。行きかう人の表情が一点を向いている。
「え?」
私たちは同時に叫んだ。目の前にいた女は明らかに常軌を逸していた。黒いスカーフを全身に纏っている。ただ靴を履いていない。手にはペーパーナイフを握っている。
ふふんと女は笑う。あまりにもやつれた表情ですぐにわからなかったが、武田知名と分かった。
笑いが終わると知名は猪のように私に突っ込んできた。
「しっかりしろ! 優里!」
優里はうっすらと目を開けて
「揺すらないで。脇腹だから。ざっくりいってかなり痛いけど」
「大丈夫だな」
「とにかく血が出ないよう抑えて……」
私は背後で騒ぐ声に耳を塞ぎたくなった。
「近寄らないで! 虫、虫が体中にいるのよ!」
背後から聞こえる知名の声。ナイフを振り回している。
「押さえろ!」
誰かが叫んでいた。うわあ、と悲鳴がまた聞こえる。背後を見ると、赤いしぶきが高く待っていた。
ベチャリと私のクリーム色のジャケットが血しぶきに濡れた。何があったんだ。あたりの人間たちが呆然としている。
輪の中に入るのは簡単だった。
「虫、虫!」
ぞっとするようなアイシャドウのかかった目が私を見ていた。血まみれになりながら知名は私に手を伸ばそうとしていた。
まるで「呪怨」に出てくる佐伯伽耶子のようだ。事実、知名は私の手によって呪いを残して死んだ。私は霊に祟り殺されても文句は言えない。復讐とはそういうものだ。銃を向けたのなら、向けられる覚悟を持たなければいけない。
救急車がやってきて、優里は病院に搬送された。
これが後に言う「渋谷スクランブル交差点殺傷事件」である。
元芸能人の武田知名がスクランブル交差点でナイフを振り回して三人を死傷させた。武田知名ともう一名は死亡。優里も脇腹を刺され、三週間の入院となった。
「傷の具合はどうだ?」
私は渋谷区の総合病院に入院する優里を見舞いに行った。
「脇腹だけど、痛い。痕ができそう」
「全くとんだ災難だな。私が守るべきところを……」
歯がゆい思いだ。
「むうくんが死んだら困るもの」
胸のネックレスが太陽の光が反射してキラリと光り目に差し込む。光るものは嫌いだ。
「俺の命なんてガラクタみたいなものだ。ただ抱えてしまっているものは大きい。これを持っておいてくれないか?」
私はポケットにしまっていたペンダントを渡した。
「なにこれ?」
私が死を意識した行動だと示した時ピクリと優里の表情が動いた。人は思いがけないことがあると本当の素顔をさらけ出した。
「変なこと言わないでしょ。死なないでしょ?」
「念のためだ。私が死んだとき、君が僕の遺産を相続する。復讐を果たしてくれ、これが僕の遺言だ」
これで後顧の憂いを絶つ。
「死なせないよ。私がむうくんを守る。あなたも私を守る。だから死なない」
「わかった。二人でやり遂げよう」
私は優里の手を握り締める。お互いがお互いを守る。絶対に死なせない。
二人。ようやく半分だ。
日付:二〇二三年一月三日。
時刻:午後七時二十三分
場所:東京都渋谷区スクランブル交差点
暴露インフルエンサーとして有名なソガレは私たちの撮った武田知名のコカイン接種問題を取り上げてくれた。かつてないほどの拡散ですっかり収益になったようだ。
知名はコカイン接種で狂った痴態を晒されてアカウントを消してしまった。どんなに雅な動画を上げようとも一つの汚点は尾となって響いてしまう。人を殺すのはリスクがつきものだが、これだけ情報社会になった世の中でアカウントは魂の分身に等しい。
傷つけるのは魂だけ。
私たちはデジタルタトゥーを付ける。永遠に残り続け、本人たちをさいなむ禍根。
三ヶ日の最終日。
私は優里を連れてスクランブル交差点で青になるのを待っていた。久しぶりのマスクをして息苦しい中でのデートだった。事件は起きた。
交差点を渡っていたときだった。大勢が当たらないよう無意識のうちに避けていく中で
異変が起きた。
知らない女の喚声が聞こえた。
「やばいぞ!」
「気を付けて!」
「ナイフを持っているぞ!」
妙だ。行きかう人の表情が一点を向いている。
「え?」
私たちは同時に叫んだ。目の前にいた女は明らかに常軌を逸していた。黒いスカーフを全身に纏っている。ただ靴を履いていない。手にはペーパーナイフを握っている。
ふふんと女は笑う。あまりにもやつれた表情ですぐにわからなかったが、武田知名と分かった。
笑いが終わると知名は猪のように私に突っ込んできた。
「しっかりしろ! 優里!」
優里はうっすらと目を開けて
「揺すらないで。脇腹だから。ざっくりいってかなり痛いけど」
「大丈夫だな」
「とにかく血が出ないよう抑えて……」
私は背後で騒ぐ声に耳を塞ぎたくなった。
「近寄らないで! 虫、虫が体中にいるのよ!」
背後から聞こえる知名の声。ナイフを振り回している。
「押さえろ!」
誰かが叫んでいた。うわあ、と悲鳴がまた聞こえる。背後を見ると、赤いしぶきが高く待っていた。
ベチャリと私のクリーム色のジャケットが血しぶきに濡れた。何があったんだ。あたりの人間たちが呆然としている。
輪の中に入るのは簡単だった。
「虫、虫!」
ぞっとするようなアイシャドウのかかった目が私を見ていた。血まみれになりながら知名は私に手を伸ばそうとしていた。
まるで「呪怨」に出てくる佐伯伽耶子のようだ。事実、知名は私の手によって呪いを残して死んだ。私は霊に祟り殺されても文句は言えない。復讐とはそういうものだ。銃を向けたのなら、向けられる覚悟を持たなければいけない。
救急車がやってきて、優里は病院に搬送された。
これが後に言う「渋谷スクランブル交差点殺傷事件」である。
元芸能人の武田知名がスクランブル交差点でナイフを振り回して三人を死傷させた。武田知名ともう一名は死亡。優里も脇腹を刺され、三週間の入院となった。
「傷の具合はどうだ?」
私は渋谷区の総合病院に入院する優里を見舞いに行った。
「脇腹だけど、痛い。痕ができそう」
「全くとんだ災難だな。私が守るべきところを……」
歯がゆい思いだ。
「むうくんが死んだら困るもの」
胸のネックレスが太陽の光が反射してキラリと光り目に差し込む。光るものは嫌いだ。
「俺の命なんてガラクタみたいなものだ。ただ抱えてしまっているものは大きい。これを持っておいてくれないか?」
私はポケットにしまっていたペンダントを渡した。
「なにこれ?」
私が死を意識した行動だと示した時ピクリと優里の表情が動いた。人は思いがけないことがあると本当の素顔をさらけ出した。
「変なこと言わないでしょ。死なないでしょ?」
「念のためだ。私が死んだとき、君が僕の遺産を相続する。復讐を果たしてくれ、これが僕の遺言だ」
これで後顧の憂いを絶つ。
「死なせないよ。私がむうくんを守る。あなたも私を守る。だから死なない」
「わかった。二人でやり遂げよう」
私は優里の手を握り締める。お互いがお互いを守る。絶対に死なせない。
二人。ようやく半分だ。
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