記憶にない思い出

戸笠耕一

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年老いた狼Ⅴ 探索

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 パーティ会場内は会社の役員から、芸能関連まで幅広い。警察OBも見かけた。マスメディアも集まっている。報道局のカメラマンがぎっしりと集まっている。

 さすがは日本を代表する企業のパーティなだけはある。

 天井の豪華なシャンデリアが高々と緋色のカーペットを彩った。

 テーブルにも豪華な食材が盛られ、会場に集まっていた。

 会場中も警備服を着た警備員が敷き詰めている。タキシード姿の来賓に紛れて刑事もいるだろう。板倉と秋山は裏口から応援として入れてもらった。ビル内も警備が常時巡回している状態だ。

「大した面々ですよね。警護も厳重にするのも、わかりますね」

「感心している場合かよ」

 板倉、秋山は伊崎の協力も得て会場内を隈なく探していたが、それらしき人物は見つかっていない。大勢の顔の中から目当ての人物を探し出すのは至難の業だ。

「やるとしたらパーティ会場を選んだ理由が分からないな」

「こんなに警備がいたらたとえ殺したとしても逃げられないな」

「何か策でも考えている?」

「知らん。とにかく香西沙良を探すしかないだろ?」

 香西と言えば日本でも代表する会社だ。そこのトップが変わるとなれば来賓の客もすごいものになるだろう。

「香西沙良もどうやって人通りに混じって殺しに来るんでしょう?」

「パーティなら主賓の挨拶があるだろ? 前に正彦が出た瞬間を狙う。俺なら、そうするぜ」

 板倉は虎狼の目で怪しいやつがいないか探していたが、どちらかというと怪しいのは自分たちだ。視界が暗くなった。なるほど薄暗くなったタイミングを狙って。行動するなら今だろう。全員が壇上に視線が集中する中でおかしな動きをする人物を探した。

 会場の扉がすっと空いた。遠目だが背丈はそう高くなく、華奢である。女だろうか。姿が見えないよう帽子を被っている。ポケットに手を入れている。拳銃か、ナイフか。

「さあ本日は香西社長のお誕生日。ケーキのご用意をよろしくお願いします」

 司会が歯切れいい声で進行を進めている。何かあるな。

「秋山、あいつだ」

 板倉は肘でとんと秋山を突いた。

「視線を向けるな。今後ろ扉から入って来たやつだ。手に持っているものは何かわからんな。お前は後ろから、俺は前から行く。俺が足止めしたら、後ろから詰めろ」

 板倉はパーティ会場の右側から、秋山は左側から迫る。謎の人物は正面で演説をする香西正彦に迫っていく。

 謎の人物に接近するたびに胸が高く鳴り響く。

 やつだ。間違いない。ギリギリまで来賓に扮してどこかに潜んでいた。

ポケットに手を突っ込んでいた。秋山に目で合図を送る。二人は同時に一気に距離を詰めた。ポケットから何か取り出した・前と後ろから挟み撃ちだ。相手もこちらの存在に気づいたらしい。

「おい、香西沙良だな」

 謎の人物は何も言わない。手には細長い棒状のものを隠して持っている。後ろを向いた。背後には秋山がいる。さあどうする。

 逃げ出そうとした。逃がすか。

 もみあいになった。周りも異変に気付いたようだ。

「押さえろ!」

 足を払い転倒させる。上から乗りかかる。

「何だ?」

「おい早く! 逃げろ! 銃を持っているぞ!」

 板倉は香西正彦を見て言った。いけ好かないが、一人の人間の命だ。守る義務が警察官にはある。正彦は驚いた顔をしたが、周囲には警備員が集まって周辺を固め連れだされた。

 手錠が取り出せない。刑事歴三十八年もやっているが、犯人逮捕の瞬間は焦るものだ。手柄はこいつに譲ろう。

「秋山、押さえているから手錠かけろ!」

 大丈夫だ。焦ることはない。腕は押さえつけている。秋山は腰に付けていた手錠を取り出す。カチャリと音がした。よくやった。

「香西沙良、殺人未遂の現行犯で逮捕する」

 秋山が犯人逮捕を注げると、板倉は黒い人物の帽子をはぎ取った。

 男だった。身長も低く、華奢だったので女にみえたがそうではない。フェイクだったか

 名前尾を間違えるような内容でした。

「香西沙良じゃない……」

 秋山は板倉と目を合わせた。

「誰だ、お前は!」

 板倉は男の胸を掴んだ。

「自分は緒方敏夫といいます。沙良さんから頼まれてサプライズプレゼントを届けようと依頼されてこのようなことをしました」

「ああ?」

 男の掌から現れたのは筒状のクラッカーだった。どうやらケーキが会場に入ってきた瞬間に鳴らす予定だったようだ。

「香西沙良はどこだ?」

「知らないです。自分は妻と離婚調停中で、和解金を払わないといけないので。仕事を手伝ってくれたら金をあげるって」

 とぼけた男は返事をするので、板倉はさらに胸倉をつかんだ。場合によっては殴りかからんばかりだ。

「板倉さん。何がありましたか?」

 伊崎が寄ってきた。来賓に紛れていた刑事たちもわらわらと寄ってくる。

「頼まれただけですよ!」

「香西沙良はどこだ?」

「本当に知りませんよ!」

 全くあきれ果ててものが言えない。

 緒方敏夫は刑事たちに連れられ連行された。後日、敏夫は奥さんへのⅮⅤが原因により離婚調停中で、本当に慰謝料を求められていたそうだ。沙良とは合コンで出会い、仕事を依頼されたらしい。

 狡猾な女だ。

 あの男はフェイクとして選んだのは目くらましだ。外が騒がしい。パーティ内にいた報道局の連中が外と連絡を取っている。何としてでも特ダネを取りたくパーティ内に押し寄せようとする。

「伊崎、香西正彦はどこに行った?」

「妻の佳子を連れて控室に戻りました」

「どこだ? 控室って」

「二階です。行っても近づけませんよ。あの男、自分の周りは雇った警備人で守っていますからね」

「お前らは当てにならないから来るなと、自分の身は自分で守ると怒ってしまいましたが。今連行されたやつが犯人じゃないんですか?」

「ダミーだ。刑事の目を逸らすためだよ。パーティ会場の中は、警備が外より少ない」

 連行された男は間違いなく囮だ。香西沙良の目的は何だ。香西正彦は守りを固める。隙はなくなってしまうのに、沙良はどうやって?

 まさか。板倉は考えた。パーティ会場でひと悶着を起こしたのは警察の注意をそらすため。正彦は自分が雇った警備員に守らせることを呼んでいたとしたら。

 警備員に化けているのか。最初からその腹積もりで正彦と佳子を警察の目から切り離す計画だったわけだ。

「おい、ここはいい。香西正彦と佳子の下に向かうぞ」

 板倉は男を抑える秋山を連れ出した。パーティ会場を正面から見て右の扉から出ていく。

 後を追わねばなるまい。沙良も正彦の命を狙う上で接触をする。そのときが勝負の時である。

 正彦は数人のボディガードに囲まれエレベータに向かう。二階にはエスカレータに迎えるが、警備員が封鎖していて使えない。

 うかつに近寄ってはいけない。

「二階か。ち、エレベータもだめだ。おい」

 エレベータ前にも警備員がいる。何が何でも上には行かせたくないらしい。

「階段を使うか」

 事前に調べていたが、一階と二階は吹き抜けで、正面玄関を横切って通路沿いに進むと非常階段がある。守っている様子はなかった。

「香西沙良は警備員に化けている。何らかの方法で正彦に近づき殺すつもりだよ」

 二階の非常階段を昇り様子をうかがった。扉を慎重に開ける。見張りに気づかれないようにしなければいけない。

「おい、あの部屋だ」

 密集している場所があった。廊下を付き辺りまで真っすぐ進み右に折れた場所に人だかりができている。近くまで寄ってみたが、かなりの人である。

 じっと厳しい視線が向けられ、ひそひそと話し込んでいた。

「どうします? あれだけ守っていたら。やばい、気づかれたみたいです」

「周りが味方だと思わせるのが香西沙良の作戦だよ。きっと控室の中にいる。行くぞ」

 板倉は腰に付けたホルスターに手をかけた。拳銃は謹慎処分を食らった日にこっそり自分用のものを拝借していた。この事件が溶ければ始末書でも何でも書いてやるつもりだった。

 こっちはラストランだ。何だってやってやるさ。

 板倉の刑事としての闘魂に火が付いた。
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