記憶にない思い出

戸笠耕一

文字の大きさ
上 下
41 / 51
年老いた狼Ⅴ 探索

2

しおりを挟む
 板倉たちが香西沙良を探し求めていたのと同じくして、香西沙良も盲点を利用して参加者となっていた。もちろん目的は社長の死。

 ビル中はひたすら人、人である。しかし沙良は会った人間の顔を忘れない。沙良の脳裏には膨大な記憶の宮殿が控えている。

「すごい人ですね。香西沙良を探すのは難しそうですね」

「知らん。とにかくくまなく探すしかないだろ?」

 押し殺した声だった。声がした方角を感づかれないよう見た。初老の男と若手の男。視界に入ったとき、沙良は一瞬にして記憶の宮殿から、これまで会ってきた人間の顔と照合する。若い男についてはデータがない。さてもう一人は検索に時間がかかっている。

 概要情報は出てきた。ただ結構前の記憶だ。名前、職業などの詳細情報は検索中だが覚えはある。

 あの刑事。なるほど、すでに張り込んでいたわけか。

 パーティ会場に忍び込んでいた沙良は脳内の記憶と照合する。見た者は全て頭に入っている。それにしても何をしに来たのだろう。疑問に思う間もなく答えが出た。真実にたどり着いたわけか。

 沙良自身にたどり着く方法としては尾坂家にあったアルバム、あとは日記だろう。本当の理佐が死を選んだところにたどり着くことはできる。あとは病院で入院していたことも夫妻の足取りを調べれば時間の問題だろう。

 さて夫妻を誰が殺したか疑われるのは里子の上岡洋子だが、その存在は実に悲しい。尾坂夫妻は理佐の代わりに養
子にしたが、期待外れで殺している。場所は庭だ。ただ洋子の血液はB型で犯人から除外される。なぜならあの家に

 生活していた人物はA型だから。

 警察は尾坂夫妻が病院を訪れ事故に遭った姪の風井空を引き取りに来たことに気づき捜査は難航するだろう。

 すでにこの世に存在しない犯人を警察は追い続け、事件は時の流れとともに風化して迷宮入りする。沙良が描いていたプランはこれだ。

 今不測の事態が起きた。沙良を知っている刑事が現れた。ニュースで尾坂家の庭から白骨遺体が出た辺りから、尾坂夫妻が里親制度を利用して養子縁組をしていたことなどが分かる。

 名前のアナグラムにも気づいたのか。だとしたら、中々の洞察力だろう。長いこと正体を隠すために使っていたがこれからは使えない。沙良は状況把握をすると同時に十年前の記憶と照らし合わせていた。

 情報が出た。

 名前は板倉勉。

 職業は刑事。

 管轄は築地警察署巡査部長。

 電話番号は090―3462―2156。

 沙良との関係は事故に遭った時に事情聴取に来た。

 十年も経てば異動で違う現場に行くし、携帯番号も変わるだろう。会うとは当然思っていなかったので、まさしく運命だろうか。

 ただ、昔を知っている者が表れたからと言って計画に支障はない。幸いなことにこちらの存在に気づいていない。
少しは出来る相手がいるようだ。段取りに狂いはない。パーティの流れは把握している。プランに支障はない。

 セレモニーの音楽が流れだした。始まりだ。万雷の拍手とともに恰幅のいい男が壇上に現れマイクを持った。

「皆さん、お疲れ様です。弊社の更なる飛躍のため、私が社長になりました」

 いつもより歯切れが悪い。死を恐れている証拠だ。またくどくどと同じ話を繰り返しているようで単調である。

 邪魔者を排除した伯父は得意げであった。何もこれから起こる状況を全く分かっていない。

 伯父も自分の存在に気づいていない。自分は伯父にいい夢を見させてきたつもりだ。大した経営力もなく、亡くな
った祖父から怒られ経営から外されたのに祖父の死とともに戻ってきて香西の経営は落ち込んだ。

 続きはあの世で見ることね。あの男は何も気づいていない。今日は誕生日。ちょうどいい日である。素敵なサプラ
イズを用意しておいた。

 沙良は手に持ったスマホから指示のメールを出した。

 自分を裏切った者への素晴らしい罰を用意してある。組織が表裏自分のものだと勘違いしていることを思い知らせ
てやる。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ビジョンゲーム

戸笠耕一
ミステリー
高校2年生の香西沙良は両親を死に追いやった真犯人JBの正体を掴むため、立てこもり事件を引き起こす。沙良は半年前に父義行と母雪絵をデパートからの帰り道で突っ込んできたトラックに巻き込まれて失っていた。沙良も背中に大きな火傷を負い復讐を決意した。見えない敵JBの正体を掴むため大切な友人を巻き込みながら、犠牲や後悔を背負いながら少女は備わっていた先を見通す力「ビジョン」を武器にJBに迫る。記憶と現実が織り交ざる頭脳ミステリーの行方は! SSシリーズ第一弾!

深木志麻

戸笠耕一
ミステリー
高校生作家の深木志麻が一年後の二〇二三年六月六日に死ぬと宣言して本当に志麻は死んでしまう。その死因はわからなかった。一年後の八月七日、文芸部員の松崎陽花、樫原実歩、藤垣美星、白樺真木、銀杏小夏は、志麻の遺言書に沿って彼女の死因をテーマにした小説の朗読を定例会で行う。最も優れた小説を書いた者に志麻の未発表原稿と文芸部会長の地位を得ることになる。天才深木志麻の後を継ぐのは誰かーー?

クアドロフォニアは突然に

七星満実
ミステリー
過疎化の進む山奥の小さな集落、忍足(おしたり)村。 廃校寸前の地元中学校に通う有沢祐樹は、卒業を間近に控え、県を出るか、県に留まるか、同級生たちと同じく進路に迷っていた。 そんな時、東京から忍足中学へ転入生がやってくる。 どうしてこの時期に?そんな疑問をよそにやってきた彼は、祐樹達が想像していた東京人とは似ても似つかない、不気味な風貌の少年だった。 時を同じくして、耳を疑うニュースが忍足村に飛び込んでくる。そしてこの事をきっかけにして、かつてない凄惨な事件が次々と巻き起こり、忍足の村民達を恐怖と絶望に陥れるのであった。 自分たちの生まれ育った村で起こる数々の恐ろしく残忍な事件に対し、祐樹達は知恵を絞って懸命に立ち向かおうとするが、禁忌とされていた忍足村の過去を偶然知ってしまったことで、事件は思いもよらぬ展開を見せ始める……。 青春と戦慄が交錯する、プライマリーユースサスペンス。 どうぞ、ご期待ください。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...