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年老いた狼Ⅳ 真実の追及
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頭を悩ませることになったのは上司の笹塚である。
「お怒りのようだな、え、係長?」
「ああ、やってくれたな。まったく」
笹塚はドンと音を立てて椅子を座り直した。
「本庁にクレームが入ったそうだ。悪いが、2人とも、しばらく謹慎しろ。特にとむさん。あんたは処分が出るまで
原則は自宅待機だ。いいな?」
香西正彦は警察のお偉方とも通じている。本庁を経由して多摩中央署にきつい電話が来たようだ。板倉としては想定内だ。
「管理官。尾坂家の3人目の指紋と毛髪は香西沙良のものですか?」
「とむさん、あんたは捜査から外れてもらう。捜査のことはくれぐれも追いかけるな。さて質問だ。どうして香西ホールディングスの本社なんかに行った?」
「質問に答えてほしいな」
「こっちのセリフだぞ」
笹塚が明らかにいらついているのはわかる。板倉は一匹狼なのだ。管理をしたところで勝手にどこかへ行ってしま
う。お偉方に目を付けられるのは相当厄介な状態だ。
ただ板倉の評価をもっとも買っているのは笹塚だ。
「いいさ。あんたの質問に答えてやる。畠山と森本のスマホの発信履歴をたどったら、香西正彦に電話していること
が分かった。あいつは会社の実権を握るために沙良の車のブレーキを壊し、殺害しようとした。だが失敗したので、
作戦を変えたわけだ。
子どものほしかった尾坂詩織と誠。
闇金から金を借りて返済に追われていた畠山哲司。
親の治療費がほしかった森本千里。4人を裏で操っていた黒幕は香西正彦なのだ。板倉には真実がはっきりと見えていた。
「憶測だけで物事を決めるな! さすがに度が過ぎるぞ!」
淡々と話す板倉に笹塚は激怒した。
「畠山は香西正彦の主治医だ。森本千里は担当看護婦。尾坂詩織と誠とは高校生時代に親同士で仲が良かったと担任
教師から聞いている」
「勝手に話を進めるな! 一言ぐらい相談したらどうだ!」
「後生だ。俺はもうこれで構わん。香西沙良は手錠かけないといけねえやつだ」
板倉は首を親指で横に切る。いささかも揺るがないので笹塚はため息をついた。
「ご推察の通り、あの家の指紋と、とむさんがオフィスで仕入れてきた指紋は一致したよ」
「上等だよ」
次の等式が成立する。
多摩中央センター病院の病室で見つかった指紋。尾坂夫妻の家に住んでいた人物の指紋。そして、香西ホールディングスの社長室に合った指紋。3点はすべて一致した。
「病院で風井空として入院していたのは香西沙良だ。本当の風井空は恐らく……」
「どうなっている?」
「言うまでもないだろ。スケープゴートだよ」
殺されている。でも何のために殺されたのかはわからない。沙良を風井空にさせたのは尾坂夫妻。では夫妻をなぜ
沙良は殺したのか。恨みか。しかし恨むなら香西正彦を恨めばいい。尾坂夫妻は単なる協力者だ。沙良からすれば
忌々しい限りだが、殺すまでなのか。
事件の中核に香西沙良はいる。残された問題を一つだ。
板倉がメモに残した五番目の謎。「第三の住人は今どこにいるのか?」である。
「香西沙良はどこで何をしている?」
笹塚は鋭く聞いてきた。
「沙良は自分の命を狙っている正彦を狙いに来るはずだ。グループを経営するうえで邪魔でしかないからな。妙な脅
迫が来ていないか聞いてみるのもありだが、先方も俺のせいで情報は言ってくれないかもしれんが」
笹塚は板倉の推理を黙って聞いて、はあとため息をついた。
「俺はあんたを捜査から外した。だが事件の推理をするなとまでは言わん。しばらく原則自宅待機としか言っていない。あんたが仮に原則の意味を都合よく解釈しようが俺は知らん」
「安心してくれ。これが最後だから」
板倉は捜査第一課を後にした。
「一体どこへ? 付き合いますよ」
背後から殊勝にも言ってくる。
「お前は付いて来なくていい。まだ先のあるやつだ。さっさと始末書でも書いて大人しく椅子にでも座っていろ」
「いや、最近警察署に缶詰でしたから。外の空気を吸いたくてね」
板倉は久しぶりに笑い転げた。
「え、面白いこと言いました?」
「何でもねえ。はは、いや痛快だな」
現場をあれほど嫌っていたやつのセリフとは思えなかった。
「行く当てがあります? 香西沙良が現れそうな場所とか?」
「大体の目星は付いている。香西グループは新社長の就任パーティをやる。高輪署にいる伊崎ってやつからの情報だ。こいつとは俺が築地署にいたときの相棒をしていた。民間だけではなく警察にも警護要請が出たってさ。何でも
脅迫状が送り付けられたらしい」
秋山は驚いた表情を浮かべた。
「パーティ会場に沙良が来るわけですか? 脅迫状も出すなんて捕まりに行くようなものじゃないですか?」
「相手は2人を殺し、その罪を友人に被せたやつだぞ。ずいぶん手の込んだことをやる。何か策があるのかもしれん
な」
「とむさんと香西沙良。妙な縁ですね。なぜそこまでして気になるんです?」
「香西沙良は交通事故に遭った後、立て籠もり事件の被害者になっている。あの白金大学付属高校で起きた事件だ。
その後も、入院先の虎ノ門中央病院不審死事件でも香西沙良が巻き込まれている。あの女は禍の種だ」
「偶然にしては多いですね?」
「真偽を確かめるために俺はやっている」
「もう最後ですから、お好きな所へどうぞ」
「今度の土曜、付き合え」
「どこへ?」
「墓参りだ」
「どういうことです?」
板倉は同僚だった秋山の死について軽く説明した。
板倉と秋山は事件解決のために最後の場所へ向かった。謎だらけだった事件は人知れず紐解かれ、正体を現そうとしていた。
「お怒りのようだな、え、係長?」
「ああ、やってくれたな。まったく」
笹塚はドンと音を立てて椅子を座り直した。
「本庁にクレームが入ったそうだ。悪いが、2人とも、しばらく謹慎しろ。特にとむさん。あんたは処分が出るまで
原則は自宅待機だ。いいな?」
香西正彦は警察のお偉方とも通じている。本庁を経由して多摩中央署にきつい電話が来たようだ。板倉としては想定内だ。
「管理官。尾坂家の3人目の指紋と毛髪は香西沙良のものですか?」
「とむさん、あんたは捜査から外れてもらう。捜査のことはくれぐれも追いかけるな。さて質問だ。どうして香西ホールディングスの本社なんかに行った?」
「質問に答えてほしいな」
「こっちのセリフだぞ」
笹塚が明らかにいらついているのはわかる。板倉は一匹狼なのだ。管理をしたところで勝手にどこかへ行ってしま
う。お偉方に目を付けられるのは相当厄介な状態だ。
ただ板倉の評価をもっとも買っているのは笹塚だ。
「いいさ。あんたの質問に答えてやる。畠山と森本のスマホの発信履歴をたどったら、香西正彦に電話していること
が分かった。あいつは会社の実権を握るために沙良の車のブレーキを壊し、殺害しようとした。だが失敗したので、
作戦を変えたわけだ。
子どものほしかった尾坂詩織と誠。
闇金から金を借りて返済に追われていた畠山哲司。
親の治療費がほしかった森本千里。4人を裏で操っていた黒幕は香西正彦なのだ。板倉には真実がはっきりと見えていた。
「憶測だけで物事を決めるな! さすがに度が過ぎるぞ!」
淡々と話す板倉に笹塚は激怒した。
「畠山は香西正彦の主治医だ。森本千里は担当看護婦。尾坂詩織と誠とは高校生時代に親同士で仲が良かったと担任
教師から聞いている」
「勝手に話を進めるな! 一言ぐらい相談したらどうだ!」
「後生だ。俺はもうこれで構わん。香西沙良は手錠かけないといけねえやつだ」
板倉は首を親指で横に切る。いささかも揺るがないので笹塚はため息をついた。
「ご推察の通り、あの家の指紋と、とむさんがオフィスで仕入れてきた指紋は一致したよ」
「上等だよ」
次の等式が成立する。
多摩中央センター病院の病室で見つかった指紋。尾坂夫妻の家に住んでいた人物の指紋。そして、香西ホールディングスの社長室に合った指紋。3点はすべて一致した。
「病院で風井空として入院していたのは香西沙良だ。本当の風井空は恐らく……」
「どうなっている?」
「言うまでもないだろ。スケープゴートだよ」
殺されている。でも何のために殺されたのかはわからない。沙良を風井空にさせたのは尾坂夫妻。では夫妻をなぜ
沙良は殺したのか。恨みか。しかし恨むなら香西正彦を恨めばいい。尾坂夫妻は単なる協力者だ。沙良からすれば
忌々しい限りだが、殺すまでなのか。
事件の中核に香西沙良はいる。残された問題を一つだ。
板倉がメモに残した五番目の謎。「第三の住人は今どこにいるのか?」である。
「香西沙良はどこで何をしている?」
笹塚は鋭く聞いてきた。
「沙良は自分の命を狙っている正彦を狙いに来るはずだ。グループを経営するうえで邪魔でしかないからな。妙な脅
迫が来ていないか聞いてみるのもありだが、先方も俺のせいで情報は言ってくれないかもしれんが」
笹塚は板倉の推理を黙って聞いて、はあとため息をついた。
「俺はあんたを捜査から外した。だが事件の推理をするなとまでは言わん。しばらく原則自宅待機としか言っていない。あんたが仮に原則の意味を都合よく解釈しようが俺は知らん」
「安心してくれ。これが最後だから」
板倉は捜査第一課を後にした。
「一体どこへ? 付き合いますよ」
背後から殊勝にも言ってくる。
「お前は付いて来なくていい。まだ先のあるやつだ。さっさと始末書でも書いて大人しく椅子にでも座っていろ」
「いや、最近警察署に缶詰でしたから。外の空気を吸いたくてね」
板倉は久しぶりに笑い転げた。
「え、面白いこと言いました?」
「何でもねえ。はは、いや痛快だな」
現場をあれほど嫌っていたやつのセリフとは思えなかった。
「行く当てがあります? 香西沙良が現れそうな場所とか?」
「大体の目星は付いている。香西グループは新社長の就任パーティをやる。高輪署にいる伊崎ってやつからの情報だ。こいつとは俺が築地署にいたときの相棒をしていた。民間だけではなく警察にも警護要請が出たってさ。何でも
脅迫状が送り付けられたらしい」
秋山は驚いた表情を浮かべた。
「パーティ会場に沙良が来るわけですか? 脅迫状も出すなんて捕まりに行くようなものじゃないですか?」
「相手は2人を殺し、その罪を友人に被せたやつだぞ。ずいぶん手の込んだことをやる。何か策があるのかもしれん
な」
「とむさんと香西沙良。妙な縁ですね。なぜそこまでして気になるんです?」
「香西沙良は交通事故に遭った後、立て籠もり事件の被害者になっている。あの白金大学付属高校で起きた事件だ。
その後も、入院先の虎ノ門中央病院不審死事件でも香西沙良が巻き込まれている。あの女は禍の種だ」
「偶然にしては多いですね?」
「真偽を確かめるために俺はやっている」
「もう最後ですから、お好きな所へどうぞ」
「今度の土曜、付き合え」
「どこへ?」
「墓参りだ」
「どういうことです?」
板倉は同僚だった秋山の死について軽く説明した。
板倉と秋山は事件解決のために最後の場所へ向かった。謎だらけだった事件は人知れず紐解かれ、正体を現そうとしていた。
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