記憶にない思い出

戸笠耕一

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年老いた狼Ⅲ 見出した答え

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 板倉は物置を出ると尾坂家の庭に向かった。

「スコップなんか持って一体何を?」

「おい、ここ見ろ」

 初めて尾坂家に来た時の違和感。家に入る前に庭に目を向けたときだ。ただの花壇にみえた。植えられていたのはサボテンが四つほど。ただ一つだけ土がめくれて後から急に植えられていた感じがした。小さな違和感だった。

「どこです?」

「花壇のここだ。掘り返した痕があるだろ」

「それが何か?」

 掘ってみようと板倉は言い出した。

「まさか人骨とか? いやだな、勘弁してくださいよ」

 板倉は笑っていなかった。

 サボテンを脇によけ二人は代わる代わる掘ったやがてガツンとスコップは固いものに直撃した。

「何か当たりましたね……なんか怖いな……」

 秋山は恐れていた。

 板倉は片膝をつきスコップが当たったものを取り出した。

「本当かよ……」

 人骨だった。秋山は口元を押さえていたが、やがてゲーゲーと吐き出してしまった。

「応援を呼ぼう。庭から骨が出たって」

「わかりました」

 さてと、どうするか。とんでもない方向に進んでいるな。板倉は対応を迷った。鑑定には二週間ほどかかる。ただ
待っているのももったいない。

「こいつは上垣洋子だな」

「え、上垣……あー、やめてくれ。まじ、骨は無理」

 骨じゃなくても遺体でもと突っ込みを入れたくなる。

「どういうことかわかるだろ?」

「全然ついていけていません。ご説明をお願いします」

「仕方ねえ。順を追って説明してやる。尾坂夫妻は娘を交通事故で亡くした。娘の死を受け入れられない詩織は、里親制度を利用して理佐と近しい娘を受け入れたわけだ。上垣洋子だ」

「わかります」

「話をつづけるぞ。質問は後にしろ。理佐の日記に書いてあっただろ。期待を裏切るなら養子でも雇うしかないっ
て。理佐も実子にしては不出来だったわけだ。娘が死んで夫婦は何を考えたと思う?」

「だから里親になって代わりの優秀な子どもを探した。でも……」

 秋山は苦虫をかみ潰したような顔をしていた。その思いは板倉も同じだった。

「里親の研修を受けてようやく手に入れた洋子も出来損ないだったわけだ」

「いやでも。そんな理由だけで」

 秋山の顔は驚愕の表情を見せる。まさに鬼畜の所業だといえる。

「これが人ってもんだよ。手前の頭が裏で何を考えているかなんて誰も知る由もねえわけだ。続けるぞ」

「さて話を時計の針を今に戻す。今になって現れたのが香西沙良だ。理佐から聞いていただろう。日記にも書いてあ
ったが。聞いた話では成績も見た目もいい。どうしたわけか事故に遭って入院している。夫妻はついに出来のいい娘
を見つけたわけだ」

「でも沙良は里子になることを承知しないと思いますけど」

 秋山は至極当たり前な突っ込みを入れた。

「俺の完全なる憶測だ。沙良が事故に遭い、一時的に記憶をなくしていたってことが考えられる。病院は沙良を
空と偽って入院させているわけだ。やっぱり主治医と看護婦は怪しかったわけだ」

「そんな。どうかしている。病院側もグルだなんて。第一、協力する見返りが分からないです」

「金だろうな」

「だとしても……」

「動機はわからん。主治医と看護婦を引っ張れば見えてくる可能性はある。俺の推理が正しければ連中は嘘をついて
いることが証明される」

「まだ鑑識の結果次第ですね」

「そうだな。とにかくお前の言う通りあの家は呪われているのは間違いないな」

「骨を見るのは始めてです」

「生の遺体も、人骨もだめで刑事が務まるのかよ。刑事続けたければ、もとタフになれ。今回が終わっても新し
い醜悪な見たくもない事件がお前を待っている。その時お前はどうする?」

「どうするって……」

「お前の得意なことは何だ? すがれるものは何だ?」

 板倉は真剣なまなざしで秋山を詰めた。自分の刑事人生は終わりである。文字通り先はない。しかし目の前の男は
違う。未だにみずみずしい。これから多くのことを吸収していくはずだ。

「音楽です。昔、バンド組んでいてギターやっていたので」

「なら行き詰りそうになったら、ギターを弾きまくれ。お前を覆う暗闇が払われるまで必死に弾け」

「自宅マンションなのでちょっと」

「関係ねえ。お前の今後に関わる話だ。人が追い込まれているのに、趣味に没頭させてくれない周りなんてクソだ」

 板倉の断定的な口調に、秋山は引いていた。

「教えて下さい。そこまで刑事に駆り立てる理由は何です?」

 今度は板倉が詰められる番だった。ただ事件という餌を追いかけるのが刑事ってものだと理解していた。

「忘れたよ。俺の中にあったはずの熱量なんか覚えてねえ」

 刑事を待ち受けるのはつらい真実が多い。凄惨な現場は幾度となく見ていた。おかげで刑事になった理由なんて忘
れてしまった。かすかに朧げにあるような。思い出せない。今の自分に意味はない。

 板倉自身は事件という闇に埋没し、自身が闇に染まることで事件がもつ闇の恐怖を打ち勝とうとした結果、真実を
追いかけたくて仕方ない衝動が生きる原動力になる。

 危険な精神の保ち方だ。秋山には同じ道を辿ってほしくない。正しい道は示したし、手は尽くしたつもりだ。

 板倉は教え子を試すことにした。

「なあ秋山。香西ホールディングスに当たってみようか?」

 社長が事故に遭ったのに会社はどういう態度を見せているのか揺さぶりをかけてみるのも悪くない。

「いやまだ早いです。相手は巨大企業ですし、ロクな証拠もなくぶつかったら大やけどします。医者の畠山と看護婦
の千里を揺さぶりましょうよ。推理を管理官に言いましょう。あの二人は金で買収されている。そうでしょ
う?」

「お前……」

 板倉はまじまじと自身の後輩の顔を見た。

「少しは出来るようになったな」


「もしかして試しました?」

 秋山は不満そうだった。

「怒るな。お前の言う通り管理官にいうのはまだだ。俺は理佐の事故について状況をもう少し知りたい。まあ骨が見つかったから今日はこいつの面倒で手いっぱいだろうけどな」

 板倉は無理に笑ってみせたが、そうでも言わないと立場がなかったからだった。
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