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年老いた狼Ⅲ 見出した答え
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事件発生から早くも3ヶ月経った。とうとう年を越してしまった。最悪の新年である。独身の板倉は何をするわけでもなく還暦を迎える年になった。
完全に読みを誤った。カチカチとボールペンを幾度と鳴らす。
何が足りない。風井空はどこにいる。
捜査資料を読み返すと、気になることが浮かぶ。
風井空と尾坂理佐は従姉妹だ。2人の経歴を見比べる。生年月日も同じ。空は両親が海外赴任のため、生活を両親としないことが多かった。ならば、子ども時代に伯父伯母夫婦である尾坂の家に住んでいるのはおかしくはない。
風井空の過去を知らない。現在、どこに行方をくらましているのかという1点に焦点を当てて過去を追究しなかった。
箪笥の中に掛けてあった背広を乱雑につかみ取り羽織ると自室から飛び出した。向かった先は多摩中央署である。
あいつにも最後の稽古を付けてやる。
「付き合え」
板倉は強引に警察署で事務作業をしていた秋山を引っ張り出す。
「え、何です?」
「尾坂夫妻の件だよ」
板倉はフンと鼻を鳴らすと腕を組んだ。
行先は決まっている。白金大学付属高校だ。
「風井空は尾坂理佐と同じ学校だ。連中にいろいろ話を聞きたい」
「いやいや、管轄外ですよ。さすがに管理官に言わないと」
本来、板倉は多摩中央署に所属しているため管轄は多摩市内で起きた事件を捜査する。所轄の刑事が管轄をまたいで捜査することはない。風井空の家にガサ入れをした時に板倉が現場に帯同できたのは笹塚が足立警察署に許可を経たからだ。
「お前は車から降りろ。俺が運転する。ササヤンには好きに報告しろ」
「本当にこれ以上はやばいですよ」
「知るかよ。足元を気にしている場合かよ。とにかく人が死んでいる。降りるか、付いてくるのか。早く決めろ」
秋山はしぶしぶ付いてくることにしたが、納得していない。
白金大学付属高校の管轄は高輪警察署か。
懐かしいな。十年前になるのか。
板倉は迷宮入りになったある殺人事件を追っていた。交通事故に見せかけた巧妙な事件だった。
事件被害者のトラック運転手の三郷正彦は妻と息子の3人暮らしをしていた。三郷は日常から暴力を妻に振るっていた。重要参考人として妻の三郷美里が上がる。
愛人と共謀したのだろうという線で捜査は進んだ。
しかし、決定的な証拠は見つからず迷宮入りした。
未解決事件は刑事にとって汚点だ。心の隅でいつも反芻していた。何か見落としはなかったのかと悔やみきれない。
ただ今動いている事件に集中しなければいけない。風井空がどういう生い立ちを背負って生きてきたか知る必要がある。
学校は期末試験後だったので生徒は少ない。通された場所は生徒指導室だ。
「前にも刑事さんが来て、空さんについて聞いていきましたが」
担当教諭は桃田。とてもつらそうな表情で言葉を切る。教え子が指名手配とあっては胸中察するものがある。
通された部屋は縦長に狭く白い壁に包まれている。小さな丸いテーブルが置かれて、テーブルの周りをパイプ椅子が囲んでいる。
「空さんと理佐さんは従姉妹同士と聞いていますが」
「実はクラスも一緒で仲が良かったですよ。子どもの時からずっと競い合っているライバルで姉妹のようでした。何だかよく似ている2人でしたけど。理佐ちゃんが事故で死んでね」
「理佐さんが亡くなった時のご様子をもう少し詳しく」
「葬式の際は親御さんが取り乱してしまって。特にお母さんの方が、何でも溺愛していましたから」
尾坂詩織か。死んだときの形相は恐ろしいものだったが、写真を見る限り子ども好きな印象がする。
「教職員をやっていますと、モンスターペアレントの対応が大変でしてね。あの亡くなった人のことを悪くいうのはあれですが、尾坂さんは特に酷くて」
「より詳しくお願いします」
「元教員だった方で、教育熱心でしたから学校に乗り込んで採点などに関して色々とありましてね。理佐ちゃん、お母さんのことで悩んでいたようです」
板倉は桃田が持ってきたアルバムで空と理佐の写真を見比べる。従姉妹のせいか顔の形といいよく似ている。
「2人はずっと行動していたわけですか。他の誰かと仲が良いとか。些細なことでもいいので教えて下さい」
「主に2人でしたけど。理佐ちゃんと空ちゃんと一緒にいる子がいたかしら?」
「どの生徒です?」
板倉は食いついた。桃田は「この子ですが」と指さした生徒はまた違うたたずまいの生徒だった。
名前は香西沙良。顔立ちは整いめっぽう美人で名前も珍しい名前だったので1度聞けば忘れない。念のために走り書きでメモを取る。
いやいや、待て。この顔は……
板倉はじっとにらみつけた。板倉の記憶の欠片に見覚えがある。写真と同じ人物に会った。あれは病院でか。ずいぶん前だ。1年、2年の話ではない。
「まさかな。こんなことがあるのか……」
「どういうことです?」
秋山が聞いたが、板倉は無視した。
「香西沙良、珍しいですね。でも、なんか聞いたことありますね」
「あの日本を代表するグループの社長ですよ。何でも経営者になって雑誌で特集されていましたよ。うちは裕福な家のお子さんたちを預かっていますからね」
桃田は少し鼻が高いという表情をした。
「三人の関係で気になったことは?」
「そうですね。特に気になることはなかったですけど
言っていることと表情が異なるケースは多い。
「実は心当たりあるのでは?」
「あれはいつだったかしら? 変わったことを言っていたので」
桃田は首をかしげて考えていた。
「変わったこと?」
「そうそう。何でも3人は同じだって言っていましたよ。同じだから相手の悩みは自分の悩みだって」
「どういう意味です?」
秋山がすかさず聞いた。
「兄妹とかじゃありませんよね。空さんと理佐さんは従姉妹ですけど」
「私も気になって聞いてみましたけど。並べ替えてみたらわかるって、言われてはぐらかされちゃいました。尾坂さんと香西さんは親同士も仲が良かったですし親近感は他の生徒より多かったのは確かです」
「並べ替えるって?」
「私も気になったので聞きましたが。秘密だってはぐらかされちゃった。見方を変えると同じになるそうです」
「見方?」
「さあ」
板倉は考え込んだ。意味がこれっぽっちもわからない。
ただ風井空と尾坂理佐と香西沙良の3人は仲が良かった。3つ 人は繋がっていた。想像以上に収穫があった。でも何が彼女たちを団結させたのだろうか。
完全に読みを誤った。カチカチとボールペンを幾度と鳴らす。
何が足りない。風井空はどこにいる。
捜査資料を読み返すと、気になることが浮かぶ。
風井空と尾坂理佐は従姉妹だ。2人の経歴を見比べる。生年月日も同じ。空は両親が海外赴任のため、生活を両親としないことが多かった。ならば、子ども時代に伯父伯母夫婦である尾坂の家に住んでいるのはおかしくはない。
風井空の過去を知らない。現在、どこに行方をくらましているのかという1点に焦点を当てて過去を追究しなかった。
箪笥の中に掛けてあった背広を乱雑につかみ取り羽織ると自室から飛び出した。向かった先は多摩中央署である。
あいつにも最後の稽古を付けてやる。
「付き合え」
板倉は強引に警察署で事務作業をしていた秋山を引っ張り出す。
「え、何です?」
「尾坂夫妻の件だよ」
板倉はフンと鼻を鳴らすと腕を組んだ。
行先は決まっている。白金大学付属高校だ。
「風井空は尾坂理佐と同じ学校だ。連中にいろいろ話を聞きたい」
「いやいや、管轄外ですよ。さすがに管理官に言わないと」
本来、板倉は多摩中央署に所属しているため管轄は多摩市内で起きた事件を捜査する。所轄の刑事が管轄をまたいで捜査することはない。風井空の家にガサ入れをした時に板倉が現場に帯同できたのは笹塚が足立警察署に許可を経たからだ。
「お前は車から降りろ。俺が運転する。ササヤンには好きに報告しろ」
「本当にこれ以上はやばいですよ」
「知るかよ。足元を気にしている場合かよ。とにかく人が死んでいる。降りるか、付いてくるのか。早く決めろ」
秋山はしぶしぶ付いてくることにしたが、納得していない。
白金大学付属高校の管轄は高輪警察署か。
懐かしいな。十年前になるのか。
板倉は迷宮入りになったある殺人事件を追っていた。交通事故に見せかけた巧妙な事件だった。
事件被害者のトラック運転手の三郷正彦は妻と息子の3人暮らしをしていた。三郷は日常から暴力を妻に振るっていた。重要参考人として妻の三郷美里が上がる。
愛人と共謀したのだろうという線で捜査は進んだ。
しかし、決定的な証拠は見つからず迷宮入りした。
未解決事件は刑事にとって汚点だ。心の隅でいつも反芻していた。何か見落としはなかったのかと悔やみきれない。
ただ今動いている事件に集中しなければいけない。風井空がどういう生い立ちを背負って生きてきたか知る必要がある。
学校は期末試験後だったので生徒は少ない。通された場所は生徒指導室だ。
「前にも刑事さんが来て、空さんについて聞いていきましたが」
担当教諭は桃田。とてもつらそうな表情で言葉を切る。教え子が指名手配とあっては胸中察するものがある。
通された部屋は縦長に狭く白い壁に包まれている。小さな丸いテーブルが置かれて、テーブルの周りをパイプ椅子が囲んでいる。
「空さんと理佐さんは従姉妹同士と聞いていますが」
「実はクラスも一緒で仲が良かったですよ。子どもの時からずっと競い合っているライバルで姉妹のようでした。何だかよく似ている2人でしたけど。理佐ちゃんが事故で死んでね」
「理佐さんが亡くなった時のご様子をもう少し詳しく」
「葬式の際は親御さんが取り乱してしまって。特にお母さんの方が、何でも溺愛していましたから」
尾坂詩織か。死んだときの形相は恐ろしいものだったが、写真を見る限り子ども好きな印象がする。
「教職員をやっていますと、モンスターペアレントの対応が大変でしてね。あの亡くなった人のことを悪くいうのはあれですが、尾坂さんは特に酷くて」
「より詳しくお願いします」
「元教員だった方で、教育熱心でしたから学校に乗り込んで採点などに関して色々とありましてね。理佐ちゃん、お母さんのことで悩んでいたようです」
板倉は桃田が持ってきたアルバムで空と理佐の写真を見比べる。従姉妹のせいか顔の形といいよく似ている。
「2人はずっと行動していたわけですか。他の誰かと仲が良いとか。些細なことでもいいので教えて下さい」
「主に2人でしたけど。理佐ちゃんと空ちゃんと一緒にいる子がいたかしら?」
「どの生徒です?」
板倉は食いついた。桃田は「この子ですが」と指さした生徒はまた違うたたずまいの生徒だった。
名前は香西沙良。顔立ちは整いめっぽう美人で名前も珍しい名前だったので1度聞けば忘れない。念のために走り書きでメモを取る。
いやいや、待て。この顔は……
板倉はじっとにらみつけた。板倉の記憶の欠片に見覚えがある。写真と同じ人物に会った。あれは病院でか。ずいぶん前だ。1年、2年の話ではない。
「まさかな。こんなことがあるのか……」
「どういうことです?」
秋山が聞いたが、板倉は無視した。
「香西沙良、珍しいですね。でも、なんか聞いたことありますね」
「あの日本を代表するグループの社長ですよ。何でも経営者になって雑誌で特集されていましたよ。うちは裕福な家のお子さんたちを預かっていますからね」
桃田は少し鼻が高いという表情をした。
「三人の関係で気になったことは?」
「そうですね。特に気になることはなかったですけど
言っていることと表情が異なるケースは多い。
「実は心当たりあるのでは?」
「あれはいつだったかしら? 変わったことを言っていたので」
桃田は首をかしげて考えていた。
「変わったこと?」
「そうそう。何でも3人は同じだって言っていましたよ。同じだから相手の悩みは自分の悩みだって」
「どういう意味です?」
秋山がすかさず聞いた。
「兄妹とかじゃありませんよね。空さんと理佐さんは従姉妹ですけど」
「私も気になって聞いてみましたけど。並べ替えてみたらわかるって、言われてはぐらかされちゃいました。尾坂さんと香西さんは親同士も仲が良かったですし親近感は他の生徒より多かったのは確かです」
「並べ替えるって?」
「私も気になったので聞きましたが。秘密だってはぐらかされちゃった。見方を変えると同じになるそうです」
「見方?」
「さあ」
板倉は考え込んだ。意味がこれっぽっちもわからない。
ただ風井空と尾坂理佐と香西沙良の3人は仲が良かった。3つ 人は繋がっていた。想像以上に収穫があった。でも何が彼女たちを団結させたのだろうか。
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