記憶にない思い出

戸笠耕一

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年老いた狼Ⅰ 最後の事件

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 板倉は早朝に朝刊を読んでいた。

「全くよくかき立てるな」

 事実とは異なることがずらずらと並んである。ここまで書かれてしまうと記者の想像力には参ったと言わざるを得ない。憤りを通り越してあきれてしまう。

「警察は自宅に夫妻以外に何者かが滞在していた形跡があり、通り魔の犯行ではないかとみて捜査をしている模様です」

 通り魔の犯行?

 適当なことを言いやがって。板倉はクシャクシャと朝刊を丸めてゴミ箱に放り投げた。実に下らない。

 私用スマホで尾坂家の事件について調べてみた。板倉は多摩市に引っ越してきてから

 所詮、紙の上でしか事件を扱えないのがメディアだと板倉は批判的にとらえていた。

 登庁前に、熱いお茶をゆっくりと時間かけて飲む。板倉の視線は丸いテーブルに置かれた写真立てを向いていた。

 写真の人物は男性で40歳代前後。体格が良く、優しい顔立ちをしていた。板倉は朝、食後に写真を見て仕事に出る。帰宅後は日本酒を飲みながら写真を見ていた。

 かつての板倉の理解者。昔の記憶が蘇る。あの過ぎ去った日々からどれぐらい時間が経ったのだろうか。

 妻に先立たれ、子どもは独立して、疎遠状態な板倉にとってある種の精神的支えは写真の人物だった。

 あと半年で板倉は退官する。その先に待っているのは、縁側で座っている老人である。何かやりたいこともないし、正直いつ死んでも構わないとさえ考えている。今の事件を解決できたらそれでいい。後はどうにかなるだろう。

 さて準備に取り掛かるか。

「じゃ、そろそろ行ってくるぜ。アキ」

 板倉はそっと背広に腕を通した。

 扉を開けると街路樹に生えている銀杏からが秋の香りを届けた。
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