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第7話 逃走の果てに
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新井傑はホッとため息をついた。人を殺めたのは刑事を辞めてからは初めてである。警察官は拳銃の保持を認められ発砲も場合によっては許可されている。つまり合法的殺人が許される立場だ。今は違う。無益な殺生はしない。自分は計画を練るのが専らの仕事だった。
「終わったの?」
女の声がした。どこからともなく吹いてきた風に乗って聞こえてきた。
「じゃないか。なんだ来ていたのか?」
水玉模様のワンピース、肩まで下ろした長髪。端正の整った顔立ちを女はその長髪で隠そうとしている。特に左側を。昔はそうではなかった。もともとボブヘアーで丸い顔立ちだった。
「その名前で呼ばないで。今日は尾坂理佐よ。ここに来ていることなんて最初から知っているくせに。ずいぶんとその女に手間を取っていたようね?」
理佐と名乗った女はいやな顔を浮かべていた。
「誰もいないじゃないか。まあいい。これは付き合いだ。それに君からの依頼は確実に遂行しないとな」
「手こずっていたようね?」
「頭がいい女なんだ。君も酷い目にあっただろう?」
「ええ、でも本当に死んだのかしら?」
理佐はおそるおそる倒れている清家蓮子の姿を見る。信じられないのか、首元に手を当てたり、目の瞳孔が開いているか確認をしていた。
「心臓に弾をぶち込んだんだ。死んだよ。君も用心深いね」
「目の上の瘤はさっさと片付けるに限るわ。死んでいるみたいね。よかった、色々教えてあげたのに迷惑な女よね」
「君が寝首をかかれるのだから、相当だったわけだね。君はどうも同性には甘いようだね」
理佐は答えない。よほど殺されかけたことにいら立ちがあるようだ。
「そんなことより、色々と慌ただしくて。組織内でどうも私に歯向かう者がいるみたい。ま、大体誰が裏で糸を引いているのかわかっているけど」
「人心把握は上に立つ者がもっとも気にしなければいけないことだ。まあ僕にはもう関係のないことだがね」
「そうは言っていられないわよ。あなたが作った組織はこの10年で相当大きくなった。大いなる計画を実現するためには足並みをそろえないとね。今回はわかっていたと思うけど、プライベートを脅かす存在を始末したかったの」
傑は理佐の要件を理解していた。昔のよしみもあって応じた仕事だった。理佐とは最近10年ぶりの再会を果たした。女は美しくなっていたが、中身はちっとも変っていなかった。
「とにかく用は済んだんなら帰ってくれないか? 死体の後始末が大変なんだ」
「そう。だったらお邪魔なら帰らせてもらおうかしら。バカンスを楽しみたい気分だけど、あいにく私も次の準備があるから」
「何の準備かはわからないが。遊びはそこら辺にしておいたらどうだ? 10年経って思ったのだが、僕に勝つのは厳しいと思う」
「だから、探しているのよ。私たちと同じビジョンが見える者をね。後継者が必要なの。あなたが私を見出したように、私も誰かを見出したい」
その瞳は真剣で、流れる視線は細い剣のように鋭く心臓を一突きに出来るほどだった。
「1人で無理だから、2人でというわけか。考えとしては悪くない。僕も受け継いだものを、君に渡した。それを次に渡すというわけか。一子相伝ではないが、いい考えだ」
「わかっているようね。まだ色々実力を試さないといけないから、色々と準備がいるわけよ。組織の件もそうだし、大変ってわけ」
「要件はわかった。僕から言えるのは頑張ってくれとしか言いようがないよ。ただ僕に勝ったことの君が、後継者をを育成し、2人がかりで来ても勝率は少ないと思うが、言わないでおこう」
「あら冗談では済まされない話なのよ。あなたのそばに死が迫っている」
「止してくれ。縁起でもない」
理佐はつぶらな瞳に冷たい細長いガラスのような殺意を放っていた。傑が本気にさせてしまった女がここにいた。
「新井傑、私はあなたを殺す」
理佐はひん曲がった笑みを浮かべた。
「終わったの?」
女の声がした。どこからともなく吹いてきた風に乗って聞こえてきた。
「じゃないか。なんだ来ていたのか?」
水玉模様のワンピース、肩まで下ろした長髪。端正の整った顔立ちを女はその長髪で隠そうとしている。特に左側を。昔はそうではなかった。もともとボブヘアーで丸い顔立ちだった。
「その名前で呼ばないで。今日は尾坂理佐よ。ここに来ていることなんて最初から知っているくせに。ずいぶんとその女に手間を取っていたようね?」
理佐と名乗った女はいやな顔を浮かべていた。
「誰もいないじゃないか。まあいい。これは付き合いだ。それに君からの依頼は確実に遂行しないとな」
「手こずっていたようね?」
「頭がいい女なんだ。君も酷い目にあっただろう?」
「ええ、でも本当に死んだのかしら?」
理佐はおそるおそる倒れている清家蓮子の姿を見る。信じられないのか、首元に手を当てたり、目の瞳孔が開いているか確認をしていた。
「心臓に弾をぶち込んだんだ。死んだよ。君も用心深いね」
「目の上の瘤はさっさと片付けるに限るわ。死んでいるみたいね。よかった、色々教えてあげたのに迷惑な女よね」
「君が寝首をかかれるのだから、相当だったわけだね。君はどうも同性には甘いようだね」
理佐は答えない。よほど殺されかけたことにいら立ちがあるようだ。
「そんなことより、色々と慌ただしくて。組織内でどうも私に歯向かう者がいるみたい。ま、大体誰が裏で糸を引いているのかわかっているけど」
「人心把握は上に立つ者がもっとも気にしなければいけないことだ。まあ僕にはもう関係のないことだがね」
「そうは言っていられないわよ。あなたが作った組織はこの10年で相当大きくなった。大いなる計画を実現するためには足並みをそろえないとね。今回はわかっていたと思うけど、プライベートを脅かす存在を始末したかったの」
傑は理佐の要件を理解していた。昔のよしみもあって応じた仕事だった。理佐とは最近10年ぶりの再会を果たした。女は美しくなっていたが、中身はちっとも変っていなかった。
「とにかく用は済んだんなら帰ってくれないか? 死体の後始末が大変なんだ」
「そう。だったらお邪魔なら帰らせてもらおうかしら。バカンスを楽しみたい気分だけど、あいにく私も次の準備があるから」
「何の準備かはわからないが。遊びはそこら辺にしておいたらどうだ? 10年経って思ったのだが、僕に勝つのは厳しいと思う」
「だから、探しているのよ。私たちと同じビジョンが見える者をね。後継者が必要なの。あなたが私を見出したように、私も誰かを見出したい」
その瞳は真剣で、流れる視線は細い剣のように鋭く心臓を一突きに出来るほどだった。
「1人で無理だから、2人でというわけか。考えとしては悪くない。僕も受け継いだものを、君に渡した。それを次に渡すというわけか。一子相伝ではないが、いい考えだ」
「わかっているようね。まだ色々実力を試さないといけないから、色々と準備がいるわけよ。組織の件もそうだし、大変ってわけ」
「要件はわかった。僕から言えるのは頑張ってくれとしか言いようがないよ。ただ僕に勝ったことの君が、後継者をを育成し、2人がかりで来ても勝率は少ないと思うが、言わないでおこう」
「あら冗談では済まされない話なのよ。あなたのそばに死が迫っている」
「止してくれ。縁起でもない」
理佐はつぶらな瞳に冷たい細長いガラスのような殺意を放っていた。傑が本気にさせてしまった女がここにいた。
「新井傑、私はあなたを殺す」
理佐はひん曲がった笑みを浮かべた。
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