Sの探索

戸笠耕一

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第3章 セイレーンの逃走

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 ホノルル空港には付いたのは朝の九時。それでも空港ロビーには人が大勢いた。この後どんどん増えていく。あらゆる人種が集まる場所。はたから見れば、新出と蓮子は夫婦にしか見えない。

「で、どこです?」

「何が?」

「あなたの夢の邸宅ですよ。まさか観光できたわけじゃないでしょう?」

「ええ。あなたのせいで、乗り過ごしてしまったわ。ハワイ島なの。どうしましょう」

「場所はヒロ?」

「そう。当日でのチケット取れるかしら? 早くいきたいなー」

 蓮子はあなたならチケットの購入なんて朝飯前でしょという顔で新出を見返した。

「ふん、まあ適当に一日潰して明日のチケットなら可能かもしれませんがね」

「ええ、じゃあどこかに止まるの? あなたと?」

「そういうことに」

「いやよ。恋人でもない人となんて」

「別部屋ですよ」

「責任取って当日のチケットを取ってきて。席は別々。なんなら便も別で結構よ」

「おいおい、便が別だったら君どこか行ってしまうじゃないか」

「そうね。あなたは置いてぼり。日本にお帰りなさいな。お友達の刑事さんにこってりしぼってもらいなさい」

「ま、いいでしょう。聞いてきますよ。ああ、どこか行かないでくださいよ」

「期待している。よろしく」

 蓮子はひらひらと手を振り到着ロビーで待つことにする。ハワイ島は当然人気スポットがあり通年人が向かう。この真夏の時期に当日でのチケットなど取れるわけがないだろう。蓮子は彼を振り回し、ゆっくりと理性を失わせるのが得意だった。つまるところ男は女に弱い。とりわけ美人と言われる類には滅法弱い。

 待つとしよう。あの男が申し訳なさげに取れませんでしたと言ってきたら、遠回しに彼の自尊心をくすぶる。そうやって男を焚きつけていく。暇つぶしに、あの男のことを調べてみよう。

 しばらくして新出は戻ってきた。またにこにこと憎たらしい笑顔を見せて。

「いやーラッキーでしたよ。蓮子さん」

 手には白い航空券が握られていた。

「はい、チケット。十時の便です」

「取れたの? このシーズンに?」

 蓮子はあっけに取られていた。

「席も隣ですよ。私たちは運がいい。さ、少しお茶でもして乗り継ぎましょうか?」

 何だか嘘みたいな話だ。いや、嘘だ。当日取れるなんてほぼあり得ない。

「わかった。あなた事前に二人分を取っていたでしょ?」

「え、どうしました急に?」

「私が羽田に来ることも知っていたし、それに当日でチケットなんて取れるわけない」

 新出は静かに黙って聞いていた。

「全く気味が悪い。何だって私のことを追いかけ回すの?」

「あなたは実に興味深い。私はあなたみたいに人を殺めたという自覚のない人を始めてみましたよ。あなたは殺人を、空気を吸うことや水を飲むのと同等だと思っている」

 急に真剣味を帯びた新出の顔に蓮子は一瞬だけ身を引いた。

「それが何だって言うの?」

「金銭のために盗みを働く者は大勢いました。でもどこかにそれは悪いことだって自覚をどこかに持っている。でも金がなくて食っていけないから、と理屈をこねる。犯罪に手を染めるのはね、大体そんな奴ばかりです」

「それで?」

「あなたも金銭のために。そういう類かというと、どうも違う。あなたはちゃんと定職に付いていた。看護婦でしたよね? 人を救う方が、こうも大勢を殺められるのか、不思議でしょうがない」

「ふふ、あなたはどうも私が莫大な遺産目当てで人を抹殺していると思っているけど」

「違いますか? 調べればわかることですよ。いかに巧妙に細工しても僕は見破ってしまう人間ですから」

「女好きの探偵ですって?」

 蓮子は先ほど調べて分かったことをきっかけに反撃を始める。この男に対して遠回しに揺さぶる必要はなさそうだ。

「人のことを非難する前に、あなたはどうなの? 事件を追い求めるのは、スリル? それとも正義感? 刑事だったけど、毎日の単調なお役所仕事は合わなかった? もっと女と遊びたいから? 依頼人は美人だけ。女が大好きなのね。わかるわ、あなたはそういう男だわ。明晰な頭脳を使って私も手に入れたいのね。だからそう私の気を引こうとしている。そういうことでしょ?」

「ほほ、調べましたか?」

「ネットにはなんでも転がっていますもの。あとあなた日本じゃ色々叩かれているわよ。

 犯人の逃亡を手助けした容疑で、警察が追っているとか。戻ったら逮捕されちゃうわ。可哀そうにね」

「そうでしょうね」

「人を追いかける人が、追い回されるなんて滑稽だわ」

「私のことは気になさらず。とにかくお目当てのところには行けますよ」

「確かに。いいわよ。私の家にご招待してあげるわ。それで一緒に暮らしましょう。あなたのこと、もっと知りたくなったわ。できれば仲良くいきたいわ」

「よかった。私も同じ気持ちでしたよ」

 二人は互いを見つめ合い笑っていた。その裏で腹の探り合いが始まっていた。
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