Sの探索

戸笠耕一

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第2章 動き出した狩人たち

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「はい?」

「よお、久しぶりの捜査会議は?」

「なんだ、お前か。清家蓮子は見つかった?」

「ああ、見つけたよ」

「捕まえたのか?」

「捕まえた? いやまだだ。彼女についてはわからないことだらけさ」

「どういう意味だ?」

 またよく分からないことを言う。人を振り回す天才だ。

「刑事たちに居場所を伝えて彼女の引き渡すのは簡単だ。そうしたら証拠固め、あとは検察に引き渡して起訴。有罪になれば、死刑だろうな」

 淡々と言う彼の言葉にはどこか退屈に倦んだ素振りがある。ここ最近、大した事件に恵まれていないから何か自棄になっていないだろうか。探偵とは犯罪者と常に対峙する存在だ。彼が悪人に見初められて、そちらの道に染まりはしないか私は秘かに懸念していた。「おい、お前何を?」

「そんな規定路線は大変つまらないな」

 彼の言葉に私は耳を疑う。彼の行動は時に奇妙だが、決して悪を見逃すということはなかった。たとえ犯人がどんなに人物でも彼は良心に従い、罪を暴くはずだった。でも彼が行っていることはそういったこれまでの行為とは相反することだった。やはりまさかと思っていたが。私の心は焦燥に駆られた。冗談ではない。彼が悪に手を染めたら、とんでもないことが起こる。私のような凡人にできることがあるとしたら、彼を引き留めることだった。

「お前、犯人を逃がそうなんて考えていないか!」

「居場所は羽田空港の国際線ターミナルだ」

「わかった。園田管理官に伝えておく」

「そうだ。早くしたほうがいいぞ」

「了解」

「彼女は男を魅了して海に引きずりおろすセイレーン。なかなかの大物だ。逃がしはしないよ」

 意味ありげな言葉をつぶやくと、彼の電話はプツリと途切れてしまう。彼の言い方はどうも変だ。獲物を逃さないといいながら、何かを企んでいる。そういう含みのある言い方を好む男だったが、今回は特にそうだ。

 今日という日ほど、新出傑という人物の内面が理解できなかった日はなかった。それはつまり、彼の善な一面とは異なる部分が始めて現れた瞬間であった。むしろ、本当の素顔がセイレーンと呼ぶ女の登場で姿を露わにした。これまで彼が携わってきた事件には女が付きまとった。そんな中でも魔性の雰囲気を漂わせた存在が現われた。

 後になって彼はあれほど正体のわからない女は他にいないだろうとよく言った。彼はあまりセイレーンと呼ぶ彼女、清家蓮子のことを語りたがらなかった。

 何だか毛嫌いしているようだ。確かに彼女の所業は、男を惑わし命を奪うセイレーンであった。言い方は良くないが、いわば男にとって敵になる女であった。彼の行く道に女あり。どんな女であれ、彼は欲するものは手に入れてしまうが、セイレーンだけはお気に召さなかったようだった。彼の心境は彼ではないから結局のところわからない。ただ今私が思うことは一つだ。

 新出、お前は一体何を考えている?

 今の私が思うのはただそれだけだった。
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