七宝物語

戸笠耕一

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第3章 戦い開始

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 南にいけば、海がある。果てしない大海の先にたどり着いた者は、ほとんどいない。向こう側には、全てが金でおおわれた国があると言われていた。先代の王景虎は、大海を越えた数少ない者だ。

 王は海の先には本当に家も、道も、生きとしけるすべてが金で出来た、争いのない平和な国があるといった。王はそれ以上のことは言わなかったが、日々の生活を第一に考える民にとって、話の続きはどうでもいい。ただ海の向こうにある夢の国と通商することで、莫大な富が伍の国にもたらされていると、実感できればよかった。

 が、今は違う。

 宮殿の外苑に飾られた金色に輝く鐘楼は、敵が持って行った。そのほか、正門にあった孔雀の彫刻がなくなった。

 人もまた消えた。都には王と王妃がいた。王が倒れたのち、王妃もまた敵が捕虜として連れて行った。そのほか多くの高官とその家族が連れ出された。

 人、物ともに、国を背負う大事な存在だった。比較的裕福な者たちは逃げ出し、後には職を失い路頭に迷う平民たちが残された。

 彼らを支配したのは烈王の軍勢だった。全身を赤く塗られた鎧をまとい、彼らはあらゆる民家を襲い強奪した。男は使えるものは奴隷となり、使えないものは殺された。女子供は売りに出されるか、軍人たちを世話する妾になった。

 烈王軍は、民間人に配給も配ろうとせず民は飢え死にするか、盗みを働くことで毎日の生活の足しにするしかなかった。それは命がけの綱渡りの生活だった。

 昼過ぎのこと。南都の東、第三食糧庫に二人の男がひそひそと忍び寄ろうとしている。

 この時間帯、烈王軍の警備兵は昼間の休憩により手薄になる。兵が休憩を取る時間が、盗み安い時間だ。

 『おい……』

 食糧庫の内を小窓からこっそりと様子をうかがう男に、背後からもう一人の男が近づく。

 『どうだ、様子は? こっちは警備が厳しそうだ』

 『ああ、予想通り。見張りは手薄だ。正門と中の見張りがもうじき休憩で交代になる。

奴らが正門に集まり、点呼を取るからその隙がチャンスだ』

 『わかった』

 初老の男は、無精ひげを生やし、着ている服はサイズがあっておらずボロボロだ。もう一人の男は年齢が四十を回ったところか。髪は黒く、髭もない。少々筋肉質で、白い服をしっかりと着こなしている。

 『おい、行くぞ。今だ』

 中の兵が正門に集まる。入れ替えの時間だ。

 初老の男は、の男の肩に乗り、さっと兵をよじ登り内側に降りた。小窓から内側を確認し、初老の男の合図を見て彼も、塀をよじ登り中に入る。

 中に入り、食糧庫を目指す。食べ物は奥だ。鍵は、仲間がこしらえたスペアを使う。音をたてぬよう走り抜け、大層しっかりとした白塗りの扉の前にたどり着いた。ここだ。鍵を差し込みまわす。

 時間はない。彼らは何度も体験していることだが、常に胸中に焦りがある。ばれたら即死刑だ。

 扉はあいた。中には袋に積まれた米あった。一俵だけだ。それ以上は盗めば怪しまれる。

 米は生活の基盤だ。ほかの食糧庫には、野菜、果物などあり仲間が命懸けで盗んでいる。彼らは親子だった。妻と小さな子供のために日々盗みをしている。

 また初老の男を肩に乗せ、彼を先に逃がす。帰りは俵があるから音を立てないよう慎重にかつ迅速にやらなければいけない。

 うまくいった。あとは、逃げるだけだ。

 二人はほっと互いの表情を見て笑う。これでしばらくは飢えをしのげる。そう思った。

「おっと、何をやっているお前ら?」

 彼らには絶望がすぐそばに迫っていた。巧妙に張り巡らせられた罠だと、二人は気づかされた。

「残念だったな。点呼の時間はずらされたのさ。最近この食糧庫に盗みに入る輩が多いものでね」

「是が非でも賊は捕らえて、殺せとのお達しだ。わざと隙を見せたら、まんまとお前たちがやってきたというわけさ」

 ワハハという男たちの嘲笑が嫌というほど耳に鳴り響いた。

「知っているだろう。物を盗めば即座に死刑だと?」

 二人は武器を持っていない。いや、はく奪されたのだ。彼らは自分たちの身を守るすべを強制的に奪い取られた。

「王の名のもとに。お前たち二人を処刑する」

「ふざけるな! わしたちが耕した米を取って何が悪いのだ!」

「この国の食糧は、この国民の者。それを不当に盗んだのはお前たちだろうが!」

 二人は死を覚悟し、最期に一言言っておきたかった。心に隠していたこと。それらが死の間際に噴出した。

 兵たちは無慈悲に相手を踏みにじるように笑い飛ばす。彼らに憐憫の情は、一かけらもない。まるで相手を切り殺す烈王の意志が乗り移ったかのように、民を見下げている。

「お勤めご苦労だったな。まあ飯は俺たちが頂くとしよう」

「なぜ、お前らごとき狗が!」

「俺らが狗なら、お前たちはこそこそ逃げ回るただの鼠さ」

 彼らは余裕をもって獲物の最後の叫びを聞いていた。武器を持たない相手ほど、殺すのが容易な者はいない。さあ料理の時間だ。

 兵たちはすっと腰につけた刃を抜く。きらりと光りを帯びたそれを見て、二人は観念した。残念だった。一番残念なのは、戦えないということだ。男としてこれほどの屈辱はない。守るべきものを守れず、死を甘んじて受けることほど辛いものはない。多くの同胞が無念に散っていった。彼らの多くは、すでに流すべき涙すらなかった。
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