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第3章 戦い開始
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大軍だ。夢にも見た大軍。これほどの軍が動いたのはそうそうないことだ。
歩兵隊総勢三十万。真っ赤に染まった鎧に、槍を持った兵がぐるりと聖都を一周包囲している。その合間に、十万の騎馬隊がいる。どれも獰猛な馬を使いならせる猛者たち率いている。
歩兵隊と騎馬隊の後方に砲兵隊がいる。
あとは……か弱いくずども。
きらびやかな兵たちとは、別に無数の身なりが汚らしい連中がいた。彼らは烈王軍の奴隷たちだ。本国から、あるいは進軍の途上で連れてきた弱いやつら。
そう、自分の国すら守れない哀れな連中。使えないやつは殺すとして、少しでも役に立ちそうであれば、死に場所を与えてやろうと思い、聖都まで連れてきてやったのだ。
烈王は自分の軍勢をぐるりと見渡して酔いしれていた。百万の軍がじりじりと敵の都を包囲していく。東西南北から兵が集まってくる。やがて準備は整う。
彼の軍はいく先々で、街を食いつぶしてきた。
大都、法蓮、花蓮……
十万は超える有数の壱の国の都市だ。なぜ何も大した反撃もしないのかわからない。あっけなく陥落した。誰もが逃げて行った。行先は決まっている。困ったものは大体あそこを目指す。西の大いなる都。
「聖都……」
何が聖なる都だ。ただ塀で囲まれただけの都じゃないか。この世で最も強く人望にあふれた王が、統治している夢のような都と勘違いしている者が多いこと。
そんなものあるはずがない!
烈王は、夢や理想を口にする奴が大嫌いだった。あの都に、そんな高潔なものは存在しない。都の民にあるのは、力ある者への羨望と嫉妬だ。
聖都は大まかに四つの領域に分けられ、どこに住んでいるかで生業や身分で判断がつく。
平等?
自由?
聖都の王と聖女はそれを口にする。
死んだ彼の姉は聖女だった。幼い時から知っていたが、二人共宮殿暮らしをするようになってから待遇は違った。
あんたも、ずいぶん身勝手なことしていたくせに……
宮殿を抜け出し外の世界でふらついていたのを彼は知っていた。姉は抜け駆けの名人だ。
それに引き換え、烈王が宮殿をこっそり抜け出そうと思ってもすぐに見つかってしまった。
人柄なのか。彼は烈王と名乗る前からよく目を付けられ、監視されていた。
俺が何かしたのか?
今でも思う。自分と姉の差はなんだ?
宮廷暮らしをする前は、こんなではなかった。
「聖女っていうのは大層な身分だな」
おきれいで、言葉遣いも素晴らしく、気品に富んでいる。影でこっそり宮殿を抜け出しても、気づかれない。誰も疑おうとしない。
「でもあんたは死んだよな。姉さん……」
抜け駆けはうまくても、死は避けられないのだ。たとえ聖女であっても。
不憫だと思う。もし女じゃなければ、何より弱くなければ……
大勢を殺してきたが、死を与えられてしまうのは弱いからなのだ。あの日、自分が腫れ者のような待遇を受けたのは、弱いからだと。
今は違う。もはや力の武器を手に入れた。俺は王で、強者だ。ならば証明しようじゃないか。誰が一番なのかを……この世の覇者は誰なのかを。壁の向こう側にいる者たちに現実を見せつけてやる。
「殿下、全軍準備が整いましてございます。いつでも攻撃の合図があれば」
横に引っ付いていた、副将が烈王の判断を仰いだ。
「わかっている。まずは西王に鉄の鉛を食らわせてやれ」
「は!」
副官は犬のように背後に走り、攻撃の合図をするよう大声で伝える。すると、間もなくカンカンという鐘の音が大地に鳴り響いた。
さあもう後戻りはできない。今日が歴史の転換点だ。
合図があれば、迅速に行動する手はずになっている。烈王が指示を出してから数秒のことだ。優秀な砲兵隊は、一弾目を発射する用意を済ませていた。
着火させれば無数の砲弾が聖都を襲うだろう。
「放て!」
合図を聞き、彼らは火を大砲につける。そこに感情の入る余地はなく、機械的に忠実に指示に従った。
ドオンという爆音が聖都の周囲に鳴り響いた。
砲弾が天高く舞い聖都を直撃する、はずだ。
烈王は確信していた。天から降り注ぐ砲弾を受け、人々の叫びがすぐにでも聞こえてくると。だが砲弾は地に達することはなかった。空中でバンバンと火薬が破裂するだけで、聖都はおそらく無傷だろう。
防魔壁。兵も出さず都にこもっている軍勢が、何も対策していないわけがないが。
大量の砲弾があられのように聖都に向かって投げられるが、あらゆる攻撃を遮断する魔法の壁が聖都を覆っているからこれ以上の攻撃は無意味だ。
「やめろ!」
無駄だとわかったら、やめるのが一番だ。
「打ち方やめ!」
彼の意思はすぐに兵たちに伝わり、砲撃は終わる。大量の砲弾がまき散らした煙幕が空を覆うが、それが晴れると整然とした白い塀と門が現れた。聖都はいたって変わらない。
「どうやら強大な魔力が張り巡らされているご様子で」
「そんなことは分かっている!」
うるさい部下だ。切り殺そうか、いややめよう。無駄なことはしない。
烈王は、ゆっくりと乗っている馬を前に走らせる。
「で、殿下」部下は単身馬を進める烈王をとめようとする。
「来るな。俺一人でいい」
防魔壁があるのはどのあたりか、砲弾がさく裂した辺りを考えると大体の位置はわかる。
まずは壁を壊さないといけない。
聖都から二十キロ。この距離なら、相手の迎撃を受けることはないし、火薬を使った戦いなら、火の工場を持つ参の国が他国に比べ圧倒的に有利だ。それに防魔壁を張っているなら相手側も迎撃はできない。
徹底的に守りに入るとは。諸王の王が聞いてあきれる。
烈王である猛瑠の紅色に染まった馬は一気に加速した。前へ、前へと突き進んだ。
歩兵隊総勢三十万。真っ赤に染まった鎧に、槍を持った兵がぐるりと聖都を一周包囲している。その合間に、十万の騎馬隊がいる。どれも獰猛な馬を使いならせる猛者たち率いている。
歩兵隊と騎馬隊の後方に砲兵隊がいる。
あとは……か弱いくずども。
きらびやかな兵たちとは、別に無数の身なりが汚らしい連中がいた。彼らは烈王軍の奴隷たちだ。本国から、あるいは進軍の途上で連れてきた弱いやつら。
そう、自分の国すら守れない哀れな連中。使えないやつは殺すとして、少しでも役に立ちそうであれば、死に場所を与えてやろうと思い、聖都まで連れてきてやったのだ。
烈王は自分の軍勢をぐるりと見渡して酔いしれていた。百万の軍がじりじりと敵の都を包囲していく。東西南北から兵が集まってくる。やがて準備は整う。
彼の軍はいく先々で、街を食いつぶしてきた。
大都、法蓮、花蓮……
十万は超える有数の壱の国の都市だ。なぜ何も大した反撃もしないのかわからない。あっけなく陥落した。誰もが逃げて行った。行先は決まっている。困ったものは大体あそこを目指す。西の大いなる都。
「聖都……」
何が聖なる都だ。ただ塀で囲まれただけの都じゃないか。この世で最も強く人望にあふれた王が、統治している夢のような都と勘違いしている者が多いこと。
そんなものあるはずがない!
烈王は、夢や理想を口にする奴が大嫌いだった。あの都に、そんな高潔なものは存在しない。都の民にあるのは、力ある者への羨望と嫉妬だ。
聖都は大まかに四つの領域に分けられ、どこに住んでいるかで生業や身分で判断がつく。
平等?
自由?
聖都の王と聖女はそれを口にする。
死んだ彼の姉は聖女だった。幼い時から知っていたが、二人共宮殿暮らしをするようになってから待遇は違った。
あんたも、ずいぶん身勝手なことしていたくせに……
宮殿を抜け出し外の世界でふらついていたのを彼は知っていた。姉は抜け駆けの名人だ。
それに引き換え、烈王が宮殿をこっそり抜け出そうと思ってもすぐに見つかってしまった。
人柄なのか。彼は烈王と名乗る前からよく目を付けられ、監視されていた。
俺が何かしたのか?
今でも思う。自分と姉の差はなんだ?
宮廷暮らしをする前は、こんなではなかった。
「聖女っていうのは大層な身分だな」
おきれいで、言葉遣いも素晴らしく、気品に富んでいる。影でこっそり宮殿を抜け出しても、気づかれない。誰も疑おうとしない。
「でもあんたは死んだよな。姉さん……」
抜け駆けはうまくても、死は避けられないのだ。たとえ聖女であっても。
不憫だと思う。もし女じゃなければ、何より弱くなければ……
大勢を殺してきたが、死を与えられてしまうのは弱いからなのだ。あの日、自分が腫れ者のような待遇を受けたのは、弱いからだと。
今は違う。もはや力の武器を手に入れた。俺は王で、強者だ。ならば証明しようじゃないか。誰が一番なのかを……この世の覇者は誰なのかを。壁の向こう側にいる者たちに現実を見せつけてやる。
「殿下、全軍準備が整いましてございます。いつでも攻撃の合図があれば」
横に引っ付いていた、副将が烈王の判断を仰いだ。
「わかっている。まずは西王に鉄の鉛を食らわせてやれ」
「は!」
副官は犬のように背後に走り、攻撃の合図をするよう大声で伝える。すると、間もなくカンカンという鐘の音が大地に鳴り響いた。
さあもう後戻りはできない。今日が歴史の転換点だ。
合図があれば、迅速に行動する手はずになっている。烈王が指示を出してから数秒のことだ。優秀な砲兵隊は、一弾目を発射する用意を済ませていた。
着火させれば無数の砲弾が聖都を襲うだろう。
「放て!」
合図を聞き、彼らは火を大砲につける。そこに感情の入る余地はなく、機械的に忠実に指示に従った。
ドオンという爆音が聖都の周囲に鳴り響いた。
砲弾が天高く舞い聖都を直撃する、はずだ。
烈王は確信していた。天から降り注ぐ砲弾を受け、人々の叫びがすぐにでも聞こえてくると。だが砲弾は地に達することはなかった。空中でバンバンと火薬が破裂するだけで、聖都はおそらく無傷だろう。
防魔壁。兵も出さず都にこもっている軍勢が、何も対策していないわけがないが。
大量の砲弾があられのように聖都に向かって投げられるが、あらゆる攻撃を遮断する魔法の壁が聖都を覆っているからこれ以上の攻撃は無意味だ。
「やめろ!」
無駄だとわかったら、やめるのが一番だ。
「打ち方やめ!」
彼の意思はすぐに兵たちに伝わり、砲撃は終わる。大量の砲弾がまき散らした煙幕が空を覆うが、それが晴れると整然とした白い塀と門が現れた。聖都はいたって変わらない。
「どうやら強大な魔力が張り巡らされているご様子で」
「そんなことは分かっている!」
うるさい部下だ。切り殺そうか、いややめよう。無駄なことはしない。
烈王は、ゆっくりと乗っている馬を前に走らせる。
「で、殿下」部下は単身馬を進める烈王をとめようとする。
「来るな。俺一人でいい」
防魔壁があるのはどのあたりか、砲弾がさく裂した辺りを考えると大体の位置はわかる。
まずは壁を壊さないといけない。
聖都から二十キロ。この距離なら、相手の迎撃を受けることはないし、火薬を使った戦いなら、火の工場を持つ参の国が他国に比べ圧倒的に有利だ。それに防魔壁を張っているなら相手側も迎撃はできない。
徹底的に守りに入るとは。諸王の王が聞いてあきれる。
烈王である猛瑠の紅色に染まった馬は一気に加速した。前へ、前へと突き進んだ。
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