七宝物語

戸笠耕一

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第3章 戦い開始

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 南都の戦いは、序盤は奇襲を仕掛けられるなどして、烈王軍の前衛である一万は苦しめられていた。しかし、総大将である烈王が着陣すると、西王軍の大将流星と一騎打ちを挑んだ。これを退けたことで事態は一変した。数の少ない西王軍は、巻き返しを食らい昼夜決死の攻防の末、玉砕した。

 双方の被害は、総勢五千の死者を出す壮絶な開幕戦となった。都は火に包まれ、応急に烈王の紅蓮の竜旗が掲げられた。天は止むことのない火炎が発生させる黒煙に包まれていた。

 こうして南都は陥落し、伍の国は完全に烈王の者になった。力ある者が勝者となり、負けた者を引きずり回す暗黒の時代が到来した。

 烈王軍は、しばし休息をとったのち、後からやってきた二軍、三軍の兵と豪入試西王の住まう聖都を目指し出発した。

 その数は十万を超えた。道中にある街々は、降伏か死を選択させられた。どちらをとっても領民にとって地獄の煮え湯にゆでられる羽目になる。財産は持っていかれ、あとに廃墟が残った。人々は王への恐怖と怒りの感情を胸に震えながら、思っていた。この世に正義が、清き王による威信が、邪悪な王を打ち倒すことを切に願っていた。

 しかし、清き王は聖都から一歩も出ず静観の姿勢を取っていた。まるで何かを待っているかのように。

「殿下、敵の情報が入っております」

「何でしょう?」

「それが……」

 壱の国、行政府。そこで王を座長とした軍議が繰り広げられていた。

「総勢十万と……」

 その言葉に、一同がおおとうなり声を上げた。ただ一人西王だけを除いて。

「まさか、そのような軍勢に膨れ上がろうとは」

「先に送った五千は一体?」

「玉砕したという知らせにございます」

「何だと! 兵を率いていたのは、仮初ながらも王だったろうに! あの剣士、むざむざと兵を殺しおって!」

「いやこれで、よろしいのです」

 西王が静かに話し始める。ざわついていた会議がぴたりと止まった。

「それだけの軍が、東の端から西の果てまでやってくるわけです。補給がまず持たない。道行く街々で食糧を略奪していると聞いています。まさに補給が整っていない証拠。要の物資を支援する六の国や七の国からの援助は打ち切らせてありますから、万事問題ありませんわ。そもそも、烈王には兵士を労わるという気持ちがございません。彼の兵は時期に飢えに苦しむことにあります」

 淡々と状況を分析した回答だった。

「ここはうろたえず守りを固めるのが肝心です」

 西王の言葉に、誰もが納得していた。何よりも鉄の守りを誇る聖都だ。ゆうに千年の間西王が即位してから、ここは守り抜かれている。

 現にこの国の王が言っている。ならば誰もが安心するのは当然のことだった。

「敵の手にかかり、無念に散っていった魂への報いはまもなく果たされます。皆万全の備えをするように」

 会議は終わる。十万という言葉に騙されず、兵を安心させるのがこの場の長たる王の役目だった。彼女は待っていた。長い歳月を生きてきた感所にとって待つことほどたやすいことはない。

「申し上げます!」

 そのとき会議室の戸を叩く音が聞こえ、伝令の大きな声が中に鳴り響く。

「何だ? 極秘会議中だぞ」

「は、大変お忙しいところ恐縮です。ぜひ申し上げたき儀がございます」
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