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第3章 戦い開始
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西王軍5000はよく戦った。それでもって都の大半を奪還することに成功した。敵は一部を残して散り散りに消え去った。
とはいえ5000の兵も無傷ではいられない。2000の兵が、正義の名のもとに散った。残された3000も手負いの身だ。
「敵は10000弱」
「しぶとい、やつらめ」
将兵の多くが歯がゆそうな顔している。いくら気力があろうとも、圧倒的な数の差には勝てるはずがない。奇襲は一度きりだ。残された敵も間抜けではないから、一層経過しているはずだし、逃げた兵も戻ってくる可能性はある。
「殿下、いかがでしょうか。ここはやはり……」
「そうだな、増援を西王に進言しよう。我々の決死の戦いぶりを認めてくれるだろう。よし急ぎ、伝令を送れ」
「は」
兵は一礼すると、その場を矢継ぎ早に去る。
突然、空が突然薄暗くなった。
「おい、あれを……」
「う、うわあ。なんだ、あれは?」
兵の狼狽ぶりはただ事ではない。
「何やら騒がしい。おい! 一体どうしたというのだ!」
流星の隣にいた将官が叱咤した。だが彼もまたただ事ではない『それ』に気づかされる。
「おお! あれは……」
一同天を見上げていた。そこに雲と空のはざまに一筋の走る巨大な竜の姿。全長四十メートルはあるその姿に、とりわけ初めて見る兵は焦燥感にかられる。
赤き竜が来た。それが意味するものを知らないものはいない。もはやこの戦いは、終わったものと誰もが感じた。王に勝てるものなど、ただ人にはいないからだ。
「来たか。烈王」
ただ流星だけが怖気づかず天をにらみつけた。あれこそが、家族の、故郷の、主だった聖女の仇だ。
彼もまた王である。胸の鼓動が高鳴る。敵は目の前にいる。それを討ち果たす力もここにある。
「私が追おう。皆手を出すな。その場を離れるな!」
「殿下どちらに?」
「竜は私が討ち取る!」
それに漂う竜の黄色い目が、こちらを見ると視線をそらし流星のいる軍勢から遠ざかる。竜は烈王軍に降下するわけでもかく、どこか別の場所へ去る。流星は竜を追う。あいつこそ倒せば、戦いは終わる。すべての者の無念が晴らされる。
彼は馬に乗り込むとパシッと手綱をたたいた。馬はいななき、全速力でかける。
一方の竜は都を少し離れ、西に向かい、スウッと地上に下る。やがて白い光に包まれて姿を消す。
だがそれでも竜の行き先は分かった。烈王がこの自分とさしで戦いを挑もうとしている。
王の宝に巣くう悪霊がそう知らせているのか、何なのか知らない。ただ彼には分っていた。
馬よ、早く駆けろ!
彼はもっともっと今より手綱をたたいた。
馬はあっという間に都を駆け抜け、西を目指す。彼の住んでいた亮梅を目指して。馬は半日もかかるその土地へわずか一時間でたどり着いた。
亮梅。すでに枯れ果てた街。火により根こそぎ焼き払われ、住んでいた者は死に絶えた。ただ一人を残して。
生き残った者と、街を殺した者が邂逅する。
「南都に近づくほどに、俺とは違う王気が漂うことに気づいた」
ふさふさした羽毛をまとい、すました顔がそこある。眉は弓のようにきれいに尾を描き、口角が上がる。残忍な笑みを彼は浮かべて待っていた。
「俺は疑った。まさか王の兆しを放つのが、お前だったとは!」
「よく来てくれた。これほどまでに早く皆の仇を討てるとは」
「よく来ただと?」
烈王は、ぱたりと笑うのをやめた。慈悲のかけらを持たない憤怒という亡霊にとりつかれた男の一面が垣間見られた。
「お前ごときに呼ばれたつもりはない。この俺が! お前を呼んだのだ!」
「呼んだ?」
「思い出したわ。お前がこのちっぽけな大した作物も取れない土地の役立たず共の生き残りだと……」
「役――立たず、だと」流星の声がわなわなと震えている。
「ああ先の伍王が生きていた時の話だ。この土地は、我が国と南の間にある国だ。どちらにつくか聞いたら、この町の長は服従することを断った。だーかーら」
「何だ?」
流星は知らぬ間に持っていた杖を抱えていた。あまりにも自然な素振りだった。
「殺した。つまんねえし、従わないなら殺すしかないだろ?」
そのあとに一瞬の間があり、互いの間を風が通り抜ける。
「それだけ、なのか?」
「ああ、それだけだ。お前が守ろうとしていたものはそんなものだ。おいお前、いい加減目を覚ませ。下らない敵討ちなんて辞めちまえよ? 世の中には、力があるやつとそうじゃないやつの二つだけだ。王が人を支配する。単純だろ?」
烈王は、怒りに震えている彼を面白がった。心底人を怒らせるのは、とても楽しい。何かが、自分の中に潜む憤怒の念が、相手の怒りにより益々高鳴る。
怒りこそ彼の原動力なのだ。
「もし、西王の犬をやめるというなら俺の側につけ。少しはましな力を付けたようだから、役立ててやるよ。さあどうする?」
流星は、目の前にたたずむ仇の挑発に乗るまいと平常心を保とうとする。額ににじんだ汗が滴る。
「生憎、貴様の指南など受けたくもない」
彼は笑い、杖を前に突き出す。先端から紫の閃光がほとばしる。光は烈王に直撃し、彼は後方に吹っ飛んだ。大木にめり込むようにして、彼は倒れる。
「く、くく。ずいぶんと手荒な真似してくれるな?」
王は起き上がり、手にした鉾で空を切る。オレンジの炎が筋状になり、流星に襲い掛かる。彼はとっさに円陣を描き、身を守る。
「なるほど、なるほど。どうしても戦いたいというなら――少し揉んでやろう。お前をわざわざここに呼んだのは、腕のほどを確かめるためだ。王としての力量を見てやるつもりだった」
「見せてやるとも。お前の命日が今日だと思い知れ。烈王・猛瑠!」
「死ぬのはお前だ!」
2人の杖と鉾が激突した。王の覇気が互いの武器からほとばしり、周りの草木を焼き焦がし、吹き飛ばす。
力と力は互いを押し倒そうとする。武器を挟んで両者の顔が、怒りにゆがむ。やがて同時に彼らは後ろに下がる。
烈王が、また空を切り七筋の炎が流星に襲い掛かる。
一方の流星は結界を作り、身を守る。恐ろしいほど暑い。
「守ってばかりじゃ勝てないぞ!」
彼は縦横無尽に鉾を振り回し、流星を挑発するが、一向に彼が攻めてこないので苛立ちを募らせた。これはよい怒り方ではない。
「一体何の真似だ?」
固く閉ざされた結界を攻撃するのをやめ、彼はぐるぐると円状の結界を回る。烈王は嘲笑っていた。
「敵討ちが聞いてあきれるぜ」
まだ、まだだ。やつは、じれていない。待て、落ち着け。平常心だ。
流星は、25歳で習ってきたことを、ここで見せつけると決めていた。
炎の鉾が、またうなる。結界に鉾が突き刺さる。
「お前には、到底俺は殺せない!」
彼の憤怒に満ち溢れた顔が結界越しにまじまじと見えていた。この間合い、今だ!
流星は結界を解いた。突き出された矛を振り払い、杖で一突き貫こうとした。
「ぬう!」
烈王が急所を突かれ、一歩身を引いた。
「覚悟しろ!」
彼は高く杖を振り上げる。
だがそのとき……
「馬鹿な、やつめ。なにも王の器の使い方も知れぬとは」
烈王はにんまりと笑う。新入りが、熟練の師にあれこれ口を出すさまが滑稽だった。
「ぐふ……」
下腹部に鋭利な刃物が刺さり、流星を貫いていた。彼はうめいた。血が口からこぼれ出て、大地の草木を染める。
「あ……あ……」
「ま、悪くはない作戦だ。俺が怒りやすいことを研究していたお前は、わざと守りに徹し隙をうかがい止めを刺す。お前にしては上出来だ、流星」
鉾がずんずんと彼の下腹部をえぐる。烈王は獲物を楽しむように刺さった鉾を回して遊んだ。苦悶に満ちた顔が何ともたまらない。
「だがな、俺は怒りの王。癇癪持ちのそこら辺のお子さまと、一緒にするな」
「烈王! 烈――王!」
「おうおう、ずいぶんと俺の称号を連呼してくれるじゃないか? 嬉しいぞ」
「お、俺は……お前を!」
「ふん、こんな状態でこの俺をどうするつもりだ?」
だが鉾で貫かれた流星が口を聞けるのもそこまでだった。火の呪いが全身を焼き尽くそうとしていた。内部の血管が業火で蒸発し、体は解けて朽ち果てそうだ。
「お前は生かしておいてやる。またいつでも俺のところに来い。相手をしてやるよ。生憎だが時間がない。お前に使命があるように俺にも使命がある。男には果たすべき使命ってものが手前にある」
「ふ、ふざけるな……」
「まずは俺の炎に生き抜いてからだな。じゃ、あばよ」
烈王は、ポンと流星の肩を叩き、過ぎ去った。あとには苦しみが残った。火炎の竜の呪いが流星を内側から焼き尽くそうとした。
「ぐああ!」
彼が叫ぶごとに火が口からあふれ出る。火が、火が。憎しみの業火が彼の魂に突き刺さる。怒り、憎しみ、絶望、苦しみ、悲しみ。そんな心の深淵に潜んでいた闇が、炎とともに黒煙になって彼の体が噴出していた。
「やめてくれえ」
『情けない声を出してくれる』
影だ。今の今まで、静観を決めていた影が、突然流星に語り掛ける。
『なぜお前があいつに勝てないか教えてやろうか?』
「ぬうう」
『お前は、復讐を心から望んでなどいない。お前が望んでいるのは、復讐しようとする、使命を果たそうとする姿に酔っているだけだ』
流星は悶え、苦しみながら影のもとに歩み寄り言う。
「ちー―が、う」
『違わないさ。お前は認められたいだけだ。亡くなった家族や愛した聖女に。俺が、この俺が、あの烈王を倒した。俺はやった! やってのけた! そう褒めたたえられたいだけさ』
「あ、ああ違う!」
『何が違う? 及び腰なあの小賢しい戦術も奴を怖がっている証拠だ。いや、やつを倒したとしてその後に何を糧に生きていけばいいか分からず、それで困っているのだ』
影は彼の核心を突いた。流星は彼を相手にしている余力はなく、内なる炎と争いづけていた。
『お前を焼き尽くそうとしている炎は烈王の意志だ。この世の主になろうとし、最強の王に挑もうとする存在の覚悟の炎さ。それを食らえぬ限りお前は烈王に倒せない。どれしばらく、お前のもがきを見物するとしようか』
影は、流星を囲炉裏にくべて調理するような目で彼を見つめ続けていた。いつの日かぺろりと食べてしまうかのように。
とはいえ5000の兵も無傷ではいられない。2000の兵が、正義の名のもとに散った。残された3000も手負いの身だ。
「敵は10000弱」
「しぶとい、やつらめ」
将兵の多くが歯がゆそうな顔している。いくら気力があろうとも、圧倒的な数の差には勝てるはずがない。奇襲は一度きりだ。残された敵も間抜けではないから、一層経過しているはずだし、逃げた兵も戻ってくる可能性はある。
「殿下、いかがでしょうか。ここはやはり……」
「そうだな、増援を西王に進言しよう。我々の決死の戦いぶりを認めてくれるだろう。よし急ぎ、伝令を送れ」
「は」
兵は一礼すると、その場を矢継ぎ早に去る。
突然、空が突然薄暗くなった。
「おい、あれを……」
「う、うわあ。なんだ、あれは?」
兵の狼狽ぶりはただ事ではない。
「何やら騒がしい。おい! 一体どうしたというのだ!」
流星の隣にいた将官が叱咤した。だが彼もまたただ事ではない『それ』に気づかされる。
「おお! あれは……」
一同天を見上げていた。そこに雲と空のはざまに一筋の走る巨大な竜の姿。全長四十メートルはあるその姿に、とりわけ初めて見る兵は焦燥感にかられる。
赤き竜が来た。それが意味するものを知らないものはいない。もはやこの戦いは、終わったものと誰もが感じた。王に勝てるものなど、ただ人にはいないからだ。
「来たか。烈王」
ただ流星だけが怖気づかず天をにらみつけた。あれこそが、家族の、故郷の、主だった聖女の仇だ。
彼もまた王である。胸の鼓動が高鳴る。敵は目の前にいる。それを討ち果たす力もここにある。
「私が追おう。皆手を出すな。その場を離れるな!」
「殿下どちらに?」
「竜は私が討ち取る!」
それに漂う竜の黄色い目が、こちらを見ると視線をそらし流星のいる軍勢から遠ざかる。竜は烈王軍に降下するわけでもかく、どこか別の場所へ去る。流星は竜を追う。あいつこそ倒せば、戦いは終わる。すべての者の無念が晴らされる。
彼は馬に乗り込むとパシッと手綱をたたいた。馬はいななき、全速力でかける。
一方の竜は都を少し離れ、西に向かい、スウッと地上に下る。やがて白い光に包まれて姿を消す。
だがそれでも竜の行き先は分かった。烈王がこの自分とさしで戦いを挑もうとしている。
王の宝に巣くう悪霊がそう知らせているのか、何なのか知らない。ただ彼には分っていた。
馬よ、早く駆けろ!
彼はもっともっと今より手綱をたたいた。
馬はあっという間に都を駆け抜け、西を目指す。彼の住んでいた亮梅を目指して。馬は半日もかかるその土地へわずか一時間でたどり着いた。
亮梅。すでに枯れ果てた街。火により根こそぎ焼き払われ、住んでいた者は死に絶えた。ただ一人を残して。
生き残った者と、街を殺した者が邂逅する。
「南都に近づくほどに、俺とは違う王気が漂うことに気づいた」
ふさふさした羽毛をまとい、すました顔がそこある。眉は弓のようにきれいに尾を描き、口角が上がる。残忍な笑みを彼は浮かべて待っていた。
「俺は疑った。まさか王の兆しを放つのが、お前だったとは!」
「よく来てくれた。これほどまでに早く皆の仇を討てるとは」
「よく来ただと?」
烈王は、ぱたりと笑うのをやめた。慈悲のかけらを持たない憤怒という亡霊にとりつかれた男の一面が垣間見られた。
「お前ごときに呼ばれたつもりはない。この俺が! お前を呼んだのだ!」
「呼んだ?」
「思い出したわ。お前がこのちっぽけな大した作物も取れない土地の役立たず共の生き残りだと……」
「役――立たず、だと」流星の声がわなわなと震えている。
「ああ先の伍王が生きていた時の話だ。この土地は、我が国と南の間にある国だ。どちらにつくか聞いたら、この町の長は服従することを断った。だーかーら」
「何だ?」
流星は知らぬ間に持っていた杖を抱えていた。あまりにも自然な素振りだった。
「殺した。つまんねえし、従わないなら殺すしかないだろ?」
そのあとに一瞬の間があり、互いの間を風が通り抜ける。
「それだけ、なのか?」
「ああ、それだけだ。お前が守ろうとしていたものはそんなものだ。おいお前、いい加減目を覚ませ。下らない敵討ちなんて辞めちまえよ? 世の中には、力があるやつとそうじゃないやつの二つだけだ。王が人を支配する。単純だろ?」
烈王は、怒りに震えている彼を面白がった。心底人を怒らせるのは、とても楽しい。何かが、自分の中に潜む憤怒の念が、相手の怒りにより益々高鳴る。
怒りこそ彼の原動力なのだ。
「もし、西王の犬をやめるというなら俺の側につけ。少しはましな力を付けたようだから、役立ててやるよ。さあどうする?」
流星は、目の前にたたずむ仇の挑発に乗るまいと平常心を保とうとする。額ににじんだ汗が滴る。
「生憎、貴様の指南など受けたくもない」
彼は笑い、杖を前に突き出す。先端から紫の閃光がほとばしる。光は烈王に直撃し、彼は後方に吹っ飛んだ。大木にめり込むようにして、彼は倒れる。
「く、くく。ずいぶんと手荒な真似してくれるな?」
王は起き上がり、手にした鉾で空を切る。オレンジの炎が筋状になり、流星に襲い掛かる。彼はとっさに円陣を描き、身を守る。
「なるほど、なるほど。どうしても戦いたいというなら――少し揉んでやろう。お前をわざわざここに呼んだのは、腕のほどを確かめるためだ。王としての力量を見てやるつもりだった」
「見せてやるとも。お前の命日が今日だと思い知れ。烈王・猛瑠!」
「死ぬのはお前だ!」
2人の杖と鉾が激突した。王の覇気が互いの武器からほとばしり、周りの草木を焼き焦がし、吹き飛ばす。
力と力は互いを押し倒そうとする。武器を挟んで両者の顔が、怒りにゆがむ。やがて同時に彼らは後ろに下がる。
烈王が、また空を切り七筋の炎が流星に襲い掛かる。
一方の流星は結界を作り、身を守る。恐ろしいほど暑い。
「守ってばかりじゃ勝てないぞ!」
彼は縦横無尽に鉾を振り回し、流星を挑発するが、一向に彼が攻めてこないので苛立ちを募らせた。これはよい怒り方ではない。
「一体何の真似だ?」
固く閉ざされた結界を攻撃するのをやめ、彼はぐるぐると円状の結界を回る。烈王は嘲笑っていた。
「敵討ちが聞いてあきれるぜ」
まだ、まだだ。やつは、じれていない。待て、落ち着け。平常心だ。
流星は、25歳で習ってきたことを、ここで見せつけると決めていた。
炎の鉾が、またうなる。結界に鉾が突き刺さる。
「お前には、到底俺は殺せない!」
彼の憤怒に満ち溢れた顔が結界越しにまじまじと見えていた。この間合い、今だ!
流星は結界を解いた。突き出された矛を振り払い、杖で一突き貫こうとした。
「ぬう!」
烈王が急所を突かれ、一歩身を引いた。
「覚悟しろ!」
彼は高く杖を振り上げる。
だがそのとき……
「馬鹿な、やつめ。なにも王の器の使い方も知れぬとは」
烈王はにんまりと笑う。新入りが、熟練の師にあれこれ口を出すさまが滑稽だった。
「ぐふ……」
下腹部に鋭利な刃物が刺さり、流星を貫いていた。彼はうめいた。血が口からこぼれ出て、大地の草木を染める。
「あ……あ……」
「ま、悪くはない作戦だ。俺が怒りやすいことを研究していたお前は、わざと守りに徹し隙をうかがい止めを刺す。お前にしては上出来だ、流星」
鉾がずんずんと彼の下腹部をえぐる。烈王は獲物を楽しむように刺さった鉾を回して遊んだ。苦悶に満ちた顔が何ともたまらない。
「だがな、俺は怒りの王。癇癪持ちのそこら辺のお子さまと、一緒にするな」
「烈王! 烈――王!」
「おうおう、ずいぶんと俺の称号を連呼してくれるじゃないか? 嬉しいぞ」
「お、俺は……お前を!」
「ふん、こんな状態でこの俺をどうするつもりだ?」
だが鉾で貫かれた流星が口を聞けるのもそこまでだった。火の呪いが全身を焼き尽くそうとしていた。内部の血管が業火で蒸発し、体は解けて朽ち果てそうだ。
「お前は生かしておいてやる。またいつでも俺のところに来い。相手をしてやるよ。生憎だが時間がない。お前に使命があるように俺にも使命がある。男には果たすべき使命ってものが手前にある」
「ふ、ふざけるな……」
「まずは俺の炎に生き抜いてからだな。じゃ、あばよ」
烈王は、ポンと流星の肩を叩き、過ぎ去った。あとには苦しみが残った。火炎の竜の呪いが流星を内側から焼き尽くそうとした。
「ぐああ!」
彼が叫ぶごとに火が口からあふれ出る。火が、火が。憎しみの業火が彼の魂に突き刺さる。怒り、憎しみ、絶望、苦しみ、悲しみ。そんな心の深淵に潜んでいた闇が、炎とともに黒煙になって彼の体が噴出していた。
「やめてくれえ」
『情けない声を出してくれる』
影だ。今の今まで、静観を決めていた影が、突然流星に語り掛ける。
『なぜお前があいつに勝てないか教えてやろうか?』
「ぬうう」
『お前は、復讐を心から望んでなどいない。お前が望んでいるのは、復讐しようとする、使命を果たそうとする姿に酔っているだけだ』
流星は悶え、苦しみながら影のもとに歩み寄り言う。
「ちー―が、う」
『違わないさ。お前は認められたいだけだ。亡くなった家族や愛した聖女に。俺が、この俺が、あの烈王を倒した。俺はやった! やってのけた! そう褒めたたえられたいだけさ』
「あ、ああ違う!」
『何が違う? 及び腰なあの小賢しい戦術も奴を怖がっている証拠だ。いや、やつを倒したとしてその後に何を糧に生きていけばいいか分からず、それで困っているのだ』
影は彼の核心を突いた。流星は彼を相手にしている余力はなく、内なる炎と争いづけていた。
『お前を焼き尽くそうとしている炎は烈王の意志だ。この世の主になろうとし、最強の王に挑もうとする存在の覚悟の炎さ。それを食らえぬ限りお前は烈王に倒せない。どれしばらく、お前のもがきを見物するとしようか』
影は、流星を囲炉裏にくべて調理するような目で彼を見つめ続けていた。いつの日かぺろりと食べてしまうかのように。
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