七宝物語

戸笠耕一

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第2章 前夜

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 西王の館のある一室で、密かな会合が開かれていた。そこにいるのはこの世の権力者たち。すなわち王。彼らは互いの領土と人を束ねる存在だ。その力は絶対的で、ただ人では到底かなわない。

 諸王がなぜ集まったか。それはあまりにも暴虐で、無慈悲な王が東の国にいて、周辺に脅威を与えているからだ。これまでは王の中でも強大な力を持った三国が互いをけん制し合い平和を維持してきた。

 だが王とて永遠の存在ではなかった。南の大国の王が倒れた。抑止力をなくした世界に東の烈王は好機とばかりに軍を起こした。

 つかの間の平和を保った世界はまた分断された。特に空白地帯となった南の伍の国をめぐって議論が始まろうとしていた。

 その会合に、1人の男が姿を現す。

 流星は円卓のテーブルに集っている面々を見渡し、そこにいる者たちの平凡さに驚いていた。彼らが王なのかと。太った男、顔立ちのいい少々すました男、冷たい視線を送りつける女……

 なるほど、西王は別だ。女性でありながら王らしい。

 この中に私は入るというのか?

「さあ、あなたの席はそっち」

 西王が開いている席を指さして言う。席は7つあった。そのうち、3つが空白だった。2つは、火の都であった忌々しい顔ぶれが座るはずなのだろう。残された一席。そこが新王の席だ。

 考えていても仕方ないので、彼は言われた席に着くことにした。

「彼が新しい伍の王。名前は流星」

 西王がほかの王たちに彼の名前を教える。

「以後よろしく。それであなたにも申し訳ないけれども、のんきに自己紹介をしている場合ではないの。話を始めま
す」

「殿下、話など始めるまでもないでしょう」

 流星は、自分でも信じられない。言葉にしたことが誰に対して発せられたもので、そもそも問題なのは、内容だっ
た。

 流星の席は西王の右隣りにあって、西王の精工な美しい素顔がよく拝める。

 彼女は、怒ってはいなかった。ただ隣にいた流星を見つめていた。
「それはどういう意味なのかしら?」

 彼女は告げて微笑を浮かべる。

 流星は恐れていなかった。なぜならすでに彼には『力』があったからだ。

「私に兵をください。打って出るというなら、適任なのはこの私でしょう」

「おや、ずいぶんと即決だね」

 流星はその声の主を見て、何とも言えない感情を覚えた。彼のことは知らない。フフと笑った顔が、ニヒルで自分
には浮かべられない表情だ。

「いや失敬。決して揚げ足取りをしたわけじゃない。さあ、きみの意見を聞かせてくれ。流星――」

「私は伍の王。この世で狙われているのが伍の国。自分が納めるべき土地を守りに行くのは当然でしょうが」

「ただ?」

「私には兵がない。敵の数は数万。これを迎え撃つ兵が必要です」

「だから?」

「南の土地と民を助けるべく兵を壱の国よりお借りしたい」

 西王は、その澄んだ瞳を閉じ、彼の話を簡潔にまとめた。

「今の私は伍の王で、治めるべき土地と民を持っているが、兵がないので他国に貸してくださいというわけね?」

「はい」

 彼女はしばし沈黙する。誰もが、一言も発せずその返事を待っていた。

「ずいぶんと虫がいい話ね」

 西王が長い沈黙を破っていったのは、些末な一言だが、周りを震撼させるのにはじゅうぶんすぎるほどだった。

「あなたは、聖剣士。聖女をお守りする者のはずが彼女を守れず、大した成果もあげられず、挙句に土地と民が欲しいとぬかす……」

 小さくため息を彼女はついた。

「陛下も、ずいぶん難儀な男に惚れてしまったものね」

「いいでしょう。ですが貸せる兵は数千です」

「数千?」

「ええ。私もこの国の王として領土と民を守らねばなりません」

「それ以上は出せないとおっしゃいますか?」

「むろんです。大軍を率いて戦うには準備がいります。装備、補給……」

「南の領土の民は、どうなってもいいと?」

「南の民を守るのが、あなたの役目です。本来なら、あなた1人でなすべきことなのです」
 
 西王はぴしゃりと言った。

「それにもかかわらず、兵を貸すと言っている。あなたが王なら、敵がいくらいても関係ないでしょう」

 流星は、これほど朗らかな笑顔を始めてみた。そこには恐ろしいほどに狂気が潜んでいた。誰もが逆らえない圧倒的な力に裏打ちされた自信が、この場にいるもの全員を、部屋を、屋敷を、聖都を、いやこの世を支配しているかのようだ。

「話は、伍の国の領土は王が不在で、侵略を受けているからどうするか集まってもらいましたが、新王が立ちましたので安心です。すべてはあなたにお任せしましょう。伍王、流星」彼女は、笑顔を絶やそうとしない。

「わかりました。ならば、我が大地を切り取って見せましょう。兵をお貸しくださり、ありがとうございます」

「いいわよ。仰々しい。兵は貸すから夕美、いろいろと助けてあげて」

「了解」

「じゃ会議は終わりかな?」

「そういうこと」

「ならば我々は、部屋に帰り明日出立しよう」

「ええ、どうぞご自由に」

 彼女の返事は実に素っ気ない。丸雄と治樹は、早々に部屋を退出した。

「あなたも、いいのよ。わざわざ律義に残ってくれなくても」

「わかりました」

 西王の顔はどこか物憂げだったので、気になっていたが彼は部屋を出る。

「やあ」


 彼は背後声をかけられた。
「さっきはどうも。流星君」

「はあ」

 二人の男を見比べた。あまりにも対照的だったからだ。

「まあまあ、よく萌希にあれだけの口を聞けたものだ。我々感心していたところだ」

「そうですか」

「なあずいぶんとさえない返事じゃない」

 太っている男がゆっくりという。

「生憎お2人共仲良くしたいのですが、今は急いでおりますので……」

「まあいいさ。だが若くて気合に満ちた新王にこれだけは言っておくぞ。力にのまれないことだ」

「確かになあ」

「強大な力を得て、何を成し遂げた以下は知らんが、力は君を絶えず誘惑し、所有者を己の支配下に置こうとする」

「ええ、わかっています」

「そうかな? まあいい。わかっているならそれでいい。ならあとは好きにしなさい」

「使命を果たすため、そろそろよろしいでしょうか?」

「余計なおせっかいだったね。幸運を祈るよ。使命とやらを、期待している」

 治樹は、笑った。そして指をパチンと鳴らすと流星の視界から消えた。横にいた丸雄も同様にいなくなった。部屋には、夕美と西王の2人だけになった。役割を終え人が去った後の部屋は、もの悲しい。

「あなたは、流星の支援を。どうするかは任せるから」

「わかった」

 夕美は言って、部屋を後にする。

 1人残った西王は、腕にはめていた金の腕輪をそっとなでる。とても優しそうな目で。

「これが最後の戦いになるはずよ」

 彼女の口調はとても穏やかだった。

「平和な世やってくるわ」
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