七宝物語

戸笠耕一

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終章 惜別の時

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 長い戦いは終わる。だがまだ始まりに過ぎないことは分かっていた。今は、深手を負った聖女と、守り人である騎士の治療を行わねばならない。

 聖都の宮殿。懐かしい、自分が生まれ育った場所。希和子の腹には新しい命が宿っている。もうじきだ。少し経てば――

「ううっ」

「陛下」

「あ、ああ」

 西王の小脇に抱えられ、希和子は尋常ではない痛みを感じていた。移動中どんどん腹痛が酷くなり、破水した。西王の片手を濡らし、ぽたぽたと地へ落ちる。

「わかる?――もう、もうじきなのに」彼女は自分の腹を押え、苦しみに耐えて言う。

「大丈夫ですわ。着けば、都の名医をかき集めます」

「ね、ねえ。この子だけは――」

「ええ」西王の瞳は憐憫に満ちている。

 主の帰還は、西王により成し遂げられた。主を喪失し意欲を喪失した従者たちは目を見張る。そして彼女の元気なお姿を見るべく位の高い者を筆頭に集まる。だが聖女の姿を目の当たりにしたとき、表情は大きく変わる。彼らの中にあった最悪の事態を表していた。

「陛下……」

「な、何というお姿」

 皆の顔がみるみるうちに青ざめていく。皆後悔をした。誰が元気でご無事なお姿で戻ってきてほしいなど思ってしまったのか……

「申し訳ないが、医務室へ運びます」
 
 聖女は直ちに医務室へと運ばれた。

 都中の名医という存在を呼び集められた。

「これは、火龍の禍だ!」
 
 医者たちは希和子の傷跡を見て仰天した。肩から胸元に走る龍の蹄にも似た傷。一層広がり彼女を苦しめていた。

「なんという……もうじき心の臓に達しようとしている」

「先生、お願いですわ」

「はい、分かっておりますが――しかし」

 医者は言葉に詰まる。

「陛下の中におられる御子。そちらを」

「殿下、よろしいですか?」

 枕もとで助産師の助けを借りながら出産に備える希和子を後に、医師と西王は部屋を出た。面持ちは暗く重い。

 沈鬱な表情をする彼から切り出すことが出来なかった。

「はい?」

「もはや――もはや選択肢は二つしかありませぬ」

「言ってごらんなさい」

「陛下の御命をお助けしたければ、御子の命は諦めてもらわねば」

「もう一方は?」

「残念ながら現在の陛下の気力は極わずか。恐らく最後のご出産で持つかどうか――恐らくは、厳しいかと」

 彼は押し黙り顔をうつむける。もはや助けてくれと言わんばかりの表情だ。

 決断は西王に託された。希和子か――新たな聖女か――二つに一つだった。

「王である私が陛下に代わって命じます――御子をお助けして」


 同時刻

 もう一人の負傷者である流星は、夕美に連れられ聖都に戻った。彼もまた大きな傷を背負い、直ちに医務室へ運ばれた。ただ彼の場合生きる気力は十分にあった。

 敵討ちという使命がある。まだやらねばならぬことある。使命を果たすまで死ぬわけにはいかない。

「全くしぶといわね」

「まだ何も成し遂げていません」

「あんたの言う敵討ちの重みが十分分かったでしょ? あなたが唱えていた使命とやらは並大抵ことではできない
と」

「諦めません。私は相手がいかに強大な力を持った王だといえ」

「そう――」

 夕美は彼をただの人だとは思わなかったし、したいようにやればいいと思っていた。

「なら好きにしなさい」

「ああっ」

 突然、隣の部屋で大きな叫び声がこだました。

「なに? まさか陛下に――」彼はガバッと布団を外し、起き上がろうとした。急激な反動で激痛が全身を走
る。

「だめよ。今は寝てなさい。あなたは骨が折れているからね。やりたいことは傷がいえてからね」

 夕美は手厳しく言うと隣の部屋に向かう。そこには子を産む者が通らなければならない試練に苛まれている聖女がいた。

 王である自分にはわからない感覚……

 子を宿すことは、どういうことなのか?

 夕美は静かに苦しむ彼女を見ていた。これが彼女の役割だというのか。

「へい――か」

 地を這い、主であり恋仲である聖女を支えようとする男がいた。

「寝てなさいって言ったでしょう!」

 負傷した身で何ができる。馬鹿だ、言うとおりに寝ていればいいのに、何を考えている?

「夕美、いいわ。隣からベッドを持ってきて、寝かせてあげて」

「ああっ!」

 新たな命の躍動と……

「私が、隣に!」

「流星!」

「ええここにおります!」

「わかりますか?――ここに」

「私たちの――」

「子が――」

 二人は手を合わせる。互いの心と心が結ばれた時だった。

 ホギャアと力強い声が聞こえた。声は宮殿内に大きく響き渡る。とても健やかで人々を勇気づけた。

 子がもし生まれたならば、直ちに都中に知らされる。事実宮殿の正門にあった鐘がゴーンと数回鳴らされた。

 暗澹とした日々を室内で過ごしていた民は、音に気付かされた。この鐘の音、回数は、聖女出産の知らせではなかったか。

 民がとった行動は至って普通だ。部屋を出て、宮殿に向かう。誰もがそうした。当たり前だろう。この祝いに王命など関係なかった。

 たちまちに宮殿は数多の民衆でいっぱいになった。

「すごい。この歓声」

「ええ」
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