七宝物語

戸笠耕一

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第5章 火中の救出

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 紅蓮回廊は、幾重にもうなり山裾を上へ上へと続いている。火はすでに消えている。道は山の七合目までやってきて、途上で曲がり角にぶつかる。そこからはちょうど火の都が見える。

 流星の目には、燦々とオレンジの光が映し出される。すべてが炎だ。家々が炎により燃えている。本当に燃えている。一体どうやって燃え盛る家に住人は住んでいる。

 ボーっと火が包む国を上から見下ろしながら、反対側の山の麓にそびえ建つひと際大きな邸宅を見た。いや邸宅ではない。宮殿だった。火炉宮だ。炎の壁に包まれ、内部を赤茶色に塗りつぶされた建物が立ちすくむ。数多くの窓のどこかにいるのか。

 内部はここからは見えなかった。でも……

「あそこよ。かの王が住まう処。多分、囚われの姫がいるのは、あの中。宮殿の後ろにそびえるのが、滅びの山よ。あそこから吹き立つ火は、王の宝ですら焼き尽くせると言われている」

 夕美は淡々と説明し、視線の先にある宮殿と山をにらむ。表情に潜むのは、行きたくない場所へ赴くことから生じる嫌悪であった。

「まだ道のりは遠い」

「乗り越えなければならない試練がある。もう引き返せないわよ?」

 彼女は背後の道を振り返り、あごでしゃくる。背後の炎は消えていたはずだった。しかし眼下には、流星の体力を奪い取った紅蓮に満ちた火が復活している。

「火が」

「残念ね。進むしかない」

「何も引き返す気なぞ」

「強がりは結構」

 都を一望して、道は折り返し山の内部に入る。火が荒れ狂う嵐のように、獲物を追い立てる獣のように、山の中で躍動している。

 二人を次なる試練が待ち受ける。

 道は縦に一本しかなかった。しかも足場は脆く、道の脇に手すりは付いていない。長さは数十メートル。左右は深い奈落の底。そこにあるのはゆっくりとうごめく溶岩だ。堕ちたら一巻の終わりである。

「私は平気よ。問題は強がりだけど脆くて弱いあなたよ」

「何を」

 地がグンッと揺れ動く。まるで内部に入り込んだ者を追い出そうとしているようだ。

「この山は生きているのよ。魔物がとりついているの。侵入者を地の底へ叩き落すためにね」

 二人は道の前に立つ。先ほど地が躍動したため、道は赤い溶岩が降りかかりシュウシュウと音を立てている。

「まあさっさと渡ることね。下を見ないこと。一瞬で焼かれるわよ」

 夕美はパッと道を渡り切る。全てが一瞬のうちに終わる。

「御加護を……」

 彼は祈った。全ては貴い聖女と無用に奪われた無数の肉親、同胞のため。

 己に正義があれば、この道を踏み外そうはずがない。

 彼は自分を信じて足を前に出す。地べたは思ったより脆い。おかげで彼の移動は亀のように遅い。下を見て確認せずに行くことも難しい。前を向けば道は進むほどに細くなっている。下を気にしなければ……

 彼はそっと下を無意識のうちに臨む。そこには、恐怖があった。ポコポコとわき立つ溶岩、ゆっくりとうごめく。一連の流れは、表面的なもので裏に何かが隠されている。

 少しずつ、少しずつ、動いている……

 何かに魅入られたように彼は下を見続けた。深淵に潜む先には何があるというのだ?

 だが地はあるときピタッと動きを止めた。同時に彼もまた我に返る。

 ハッと彼は前を向いた。下を向いてはいけなかった。

 地は再びやうごめく。今度は先ほどとは比べ物にならないほど揺れていた。必死にバランスを取る。

 グオーンと大きないななきがして、天を溶岩が包み込み、流星に今まさに降りかかろうとした。やはり邪悪な意志があるのだ。焼かれて悶え死ぬに違いない。

 彼は剣を抜き、全ての光源である聖なる腕輪を高く掲げた。

 溶岩が迫る。彼はもう迷わず駆け抜ける。降りかかる溶岩を切り裂き、前のみを目指す。

 揺れる、揺れる。でもあと一歩、というとき彼の体はクラリと斜めに傾いていく。一度

 崩れた重心は、元には戻らない。

 ここまで来て……

 奈落へ吸い寄せられる一歩手前で、彼の手はピタッと握られ前に引っ張られる。

「全く世話が焼ける」

 彼女はいつだって落ち着き払っている。

「余程死にたいらしいわ」

 彼女は待たず先へ進んだ。

「いえ、仇を討ち生きてこの地より帰ります」

 いずれ命は尽きる。しかし自分の命は今ではない。分かっている。善がこんなところで朽ち、悪が栄えていいはずがない。

 握りしめたこぶしは、燃え盛る囲炉裏に手を突っ込んでも離さないほどに固い。
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