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第3章 諸王の会議
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謁見の間。聖女に拝謁するために存在する空間。左右を覆うステンドグラス。金の段の上には聖女がかける座がある。しかし彼女がいなければ、単なる大広間。
空白の間など呼び名は多々ある。そのわけは普段使われることがあまりないからだ。聖女は基本的に人と交わらない。宮廷にあって、日々人々の安寧を祈ることに毎日を過ごす。外に出るのは、式典が催される日などで、謁見の間はそういったときに使われた。
各国では絶対者である王も、単なる下僕に過ぎない。王もまた単なる人であることを思い知らされる。光を束ねる聖なる者が現れたとき、それに分かる。
茶色の木の椅子が六つ並べられていた。座して王たちは聖女が来るのを待ち、諸王の会議を始める前に、ある儀礼を行う。
「皆さま、お手元の宝をこちらへ」
すでに部屋にいた侍女が言う。
すっと差し出された手には白い手袋がはめられていた。
「おい、こいつは俺のもんだぜ? あんたじゃあ力にとり殺されて、どこにも運べないだろが?」
烈王が侍女に食ってかかる。彼女は反射的に一歩後ろに下がった。
「大丈夫。皆、聖なる保護を受けているから、宝に巣食う魂にとり殺されることはなくて」
西王が言ったのは、手袋にある。王の力の源である宝は強大だ。他の者が触ればたちどころに力の餌食となる。魂は吸われ、肉体は食い尽くされる。惨劇を防止するためには、聖なる保護を受けた装具を身につけていた。
腕輪、首飾りといった小さい宝は盆の上に、武具などの大型の宝は手で運ばれた。宝を回収された王たちは、ただの人になった。会議の上で、力の行使は厳禁で、その源である宝は没収される。けれど儀礼はまだ終わったわけではない。
ここは謁見の間。聖女と会合し、王たちは彼女の了承を得たうえで会議は開かれる。
彼女が来なければ、会議は開かれない。聖女の到来は遅く、かなり待たされる。しかし、聖女の到着は遅れてかった。あらかじめ拝謁をする者は、しばしの時を無駄に過ごす仕組みになっていた。聖なる存在は誰に対しても振り返ることない。いかなる受難も乗り越えられる者に対し姿を見せる。
とりわけ忍耐ない者に聖女が導きの光と共にやってこない。しかも王は重臣に比べ比べ長く待たされる。
王は傲慢でおごり高ぶるものとされた。ならば彼らの忍耐は並みの者より低い。彼らにとって最大の受難は、忍耐であった。己の力に頼りがちな彼らに与えるいい薬はない。
仕組みを知っていたから王たちは必死に待つ。
ただ焦れた王がいる。苛立ちが顔ににじむほど聖女は姿を現さない。王たちが謙虚に装うことができるまで、光の導き手は来ない。
「一体いつ来る?」
沈黙が破れる。静かな空間で波状した烈王の声がこだました。
周りの返答はなく、余計に烈王は苛立つ。彼はいらいらするとき、貧乏ゆすりをしたり爪を噛んだりと、周りから見て逸脱した行動をとり始める。場の空気を壊した。
姿を見かねた西王は立ち上がる。決然と、威厳を保った起立だった。
「これでは一向に会議は開かれません。あなたのせいです」
西王は沈着かつ明朗に言う。
「なにっ」
彼女の言葉に烈王はいきり立つ。
力をはく奪されながらも、王同士の張り合いは空気を緊迫させる。にらみ合いはわずかで、西王はスタスタと侍女たちの下へ向かい指示を出した。
「会議は中止と、陛下に奏上を」
機敏な彼女の行動に、烈王は負けた。出鼻をくじかれた。
「わかった、わかった!」
烈王はパンパンと手を叩く。
「俺が悪かった。黙って待つから」
西王は、冷ややかに彼を見る。そう、とだけ言って自席に戻る。
聖女到来まで、またしばしの時が経つ。
時が過ぎ、ひそひそと侍従たちが耳元で話をする。
来たか、と心で思っても顔に出してはいけない。最大の試練は、機会がすぐそこにある瞬間にあった。侍従たちは、王たちの顔を見て平常であることを確認する。
よき頃合いと判断したときだけ扉は開かれた。ゆっくりと開かれ人が現れた。左右に下僕を付き従えた女性こそ聖女だった。
彼女が入ったとき、王たちは立ち上がり拝謁する。
聖女が座り、椅子に掛けるよう促した。
「お久しぶりですね。長らく皆様とお会いできずにおりました」
初めの言葉は、聖女から王たちへの挨拶から始まった。
やがて形式的な話は終わる。次に西王が話をする。
「今日はみな遠方より来る者もおります。これより領国の行く末について皆さんで語り合いたいと思っております」
話をまとめるのは、会議の座長となる西王の役割だ。
権威への敬意といい、話の仕方といい、テキパキとして毅然としている。
「ええ、ぜひ領国について心ゆくまでお話を――なさってもらいたいですわ」彼女の顔に慎ましい笑みがある。壇上からでは捉えにくいが、この際聖女の表情は引きつっていた。恐れるべきかの者が眼下にいたからであった。彼女は意図して彼より目をそらした。
「陛下のありがたきお言葉。では陛下には、議会を開くお言葉を頂戴したく存じ上げます」
「もちろんですわ」
「はい。皆の意ご考慮下さり光栄に存じます」
「会議の際は、互いに尊重し合い、実りある会議をなさってください」
「はい、おっしゃる通り」
そこで彼女は、ではと言った。
「争いごとがないことを誓うため、私から腕輪を皆様の元に残したいと思います。話し合いが民にとって清く正しいものであってほしいという願いを腕輪に込めます」
聖女はいつも腕に付けた聖なる腕輪を外し、壇を降りていく。
「では、こちらを」
西王は、手元にあった盆を前に出す。
「確かに」
盆の上に乗せなければならないのは、他の者に腕輪が受け付けない。聖女のみが腕に取り付けられ、素手で持つことが出来た。
会議は、聖なる腕輪の下で行われる。王の力はなく、一介の領主として民やその土地のことを案じて話をする。聖女の名のもとに。
空白の間など呼び名は多々ある。そのわけは普段使われることがあまりないからだ。聖女は基本的に人と交わらない。宮廷にあって、日々人々の安寧を祈ることに毎日を過ごす。外に出るのは、式典が催される日などで、謁見の間はそういったときに使われた。
各国では絶対者である王も、単なる下僕に過ぎない。王もまた単なる人であることを思い知らされる。光を束ねる聖なる者が現れたとき、それに分かる。
茶色の木の椅子が六つ並べられていた。座して王たちは聖女が来るのを待ち、諸王の会議を始める前に、ある儀礼を行う。
「皆さま、お手元の宝をこちらへ」
すでに部屋にいた侍女が言う。
すっと差し出された手には白い手袋がはめられていた。
「おい、こいつは俺のもんだぜ? あんたじゃあ力にとり殺されて、どこにも運べないだろが?」
烈王が侍女に食ってかかる。彼女は反射的に一歩後ろに下がった。
「大丈夫。皆、聖なる保護を受けているから、宝に巣食う魂にとり殺されることはなくて」
西王が言ったのは、手袋にある。王の力の源である宝は強大だ。他の者が触ればたちどころに力の餌食となる。魂は吸われ、肉体は食い尽くされる。惨劇を防止するためには、聖なる保護を受けた装具を身につけていた。
腕輪、首飾りといった小さい宝は盆の上に、武具などの大型の宝は手で運ばれた。宝を回収された王たちは、ただの人になった。会議の上で、力の行使は厳禁で、その源である宝は没収される。けれど儀礼はまだ終わったわけではない。
ここは謁見の間。聖女と会合し、王たちは彼女の了承を得たうえで会議は開かれる。
彼女が来なければ、会議は開かれない。聖女の到来は遅く、かなり待たされる。しかし、聖女の到着は遅れてかった。あらかじめ拝謁をする者は、しばしの時を無駄に過ごす仕組みになっていた。聖なる存在は誰に対しても振り返ることない。いかなる受難も乗り越えられる者に対し姿を見せる。
とりわけ忍耐ない者に聖女が導きの光と共にやってこない。しかも王は重臣に比べ比べ長く待たされる。
王は傲慢でおごり高ぶるものとされた。ならば彼らの忍耐は並みの者より低い。彼らにとって最大の受難は、忍耐であった。己の力に頼りがちな彼らに与えるいい薬はない。
仕組みを知っていたから王たちは必死に待つ。
ただ焦れた王がいる。苛立ちが顔ににじむほど聖女は姿を現さない。王たちが謙虚に装うことができるまで、光の導き手は来ない。
「一体いつ来る?」
沈黙が破れる。静かな空間で波状した烈王の声がこだました。
周りの返答はなく、余計に烈王は苛立つ。彼はいらいらするとき、貧乏ゆすりをしたり爪を噛んだりと、周りから見て逸脱した行動をとり始める。場の空気を壊した。
姿を見かねた西王は立ち上がる。決然と、威厳を保った起立だった。
「これでは一向に会議は開かれません。あなたのせいです」
西王は沈着かつ明朗に言う。
「なにっ」
彼女の言葉に烈王はいきり立つ。
力をはく奪されながらも、王同士の張り合いは空気を緊迫させる。にらみ合いはわずかで、西王はスタスタと侍女たちの下へ向かい指示を出した。
「会議は中止と、陛下に奏上を」
機敏な彼女の行動に、烈王は負けた。出鼻をくじかれた。
「わかった、わかった!」
烈王はパンパンと手を叩く。
「俺が悪かった。黙って待つから」
西王は、冷ややかに彼を見る。そう、とだけ言って自席に戻る。
聖女到来まで、またしばしの時が経つ。
時が過ぎ、ひそひそと侍従たちが耳元で話をする。
来たか、と心で思っても顔に出してはいけない。最大の試練は、機会がすぐそこにある瞬間にあった。侍従たちは、王たちの顔を見て平常であることを確認する。
よき頃合いと判断したときだけ扉は開かれた。ゆっくりと開かれ人が現れた。左右に下僕を付き従えた女性こそ聖女だった。
彼女が入ったとき、王たちは立ち上がり拝謁する。
聖女が座り、椅子に掛けるよう促した。
「お久しぶりですね。長らく皆様とお会いできずにおりました」
初めの言葉は、聖女から王たちへの挨拶から始まった。
やがて形式的な話は終わる。次に西王が話をする。
「今日はみな遠方より来る者もおります。これより領国の行く末について皆さんで語り合いたいと思っております」
話をまとめるのは、会議の座長となる西王の役割だ。
権威への敬意といい、話の仕方といい、テキパキとして毅然としている。
「ええ、ぜひ領国について心ゆくまでお話を――なさってもらいたいですわ」彼女の顔に慎ましい笑みがある。壇上からでは捉えにくいが、この際聖女の表情は引きつっていた。恐れるべきかの者が眼下にいたからであった。彼女は意図して彼より目をそらした。
「陛下のありがたきお言葉。では陛下には、議会を開くお言葉を頂戴したく存じ上げます」
「もちろんですわ」
「はい。皆の意ご考慮下さり光栄に存じます」
「会議の際は、互いに尊重し合い、実りある会議をなさってください」
「はい、おっしゃる通り」
そこで彼女は、ではと言った。
「争いごとがないことを誓うため、私から腕輪を皆様の元に残したいと思います。話し合いが民にとって清く正しいものであってほしいという願いを腕輪に込めます」
聖女はいつも腕に付けた聖なる腕輪を外し、壇を降りていく。
「では、こちらを」
西王は、手元にあった盆を前に出す。
「確かに」
盆の上に乗せなければならないのは、他の者に腕輪が受け付けない。聖女のみが腕に取り付けられ、素手で持つことが出来た。
会議は、聖なる腕輪の下で行われる。王の力はなく、一介の領主として民やその土地のことを案じて話をする。聖女の名のもとに。
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