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第2章 霧の中より現れし男
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火都は燃えている。大気は紅蓮に染まり、空の青海は死んでいる。ここは烈王の都。王の禍は火であり、即ち怒りである。
「失敗!?」
東の地が揺れるとき、悪しきことしかが起こらないのは誰もが知っている。烈王はいつも怒っていたが、本気で怒りに狂うときは、また一段とおぞましく手が付けられない。
「失敗も最悪。大失敗だ。成果はない」
怒りの矛先を一心に受けていたのが、烈王の良き相談相手である聡士であった。
「なぜだ?」
彼が聞きたいのはなぜ己の姉であり、聖女であり、次の王の会議で有利に話し合いを進める道具が、なぜ我が眼前にいないかだ。
聡士は、はあと少し大げさにため息をつく。烈王には彼の態度が癪に障った。
「お前、ふざけているのか。俺は本気だぞ?」
怒りの王は愛用の戟をガンと衝立から取り出し、聡士に向ける。手が汗ばみ、震えている。戟は穂先を震わせていた。
「しかし、まだチャンスはある」
こいつは何もしないくせに武器を手に他者を脅すことしかできないのかと聡士は辟易していた。
「聞けよ」
さすがの王も、同心一体の聡士を切り捨ててしまうわけにはいかない。俺たちは、協力し合わないといけない。
最強の座を手に入れるため、聖都の玉座。そこにいる女を倒し、権力の頂に立ちたかった。烈王の支配欲求は、こんな辺境の地の主で終わらない。王の誇りが許さなかった。
自分は、聖女の唯一の肉親。ならば、聖女は己と共にあるべきだ。
引き裂かれた……踏みにじられた……追いやられた。怒りの根源は、姉弟の過去にあった。過去は、絶対的な力を持ち合わせる王でも変えられない。ならば未来だ。現実、その先に待ち受ける輝かしい未来のために。
彼の未来は、玉座に座ること。諸王の王になること。名実ともに王を超える者として君臨し続けることだった。
だがようやく話が進展するのかと思いきや。何だというのか?
「いいかい。聖都は厳戒態勢だ。表面上は、平穏を保っているが、そんなことはない。鼠一匹だって入れないし、中にいるスパイも逃げられない」
「なんだ、なんだ……」
烈王は、聞いてあきれる。何が策だ。ふざけやがって。どうやって大事なものを手に入れるっていうのだ。策を聞けるのかと、思いきや単なる事実の羅列を聞かされた。聞きたくもない方を。
「で、だ」
「どうしたって!」
王はブチ切れる。衝立は戟で真二つになった。もったいぶるこいつの話し方が、実に気に入らない。
「こちらから小細工は通じない。ならチャンスは諸王の会議、しかない。そうとも、俺たちが動く。どうだ、簡単だろ?」
話を聞いて、怒りの帝王は呆れる。
「そうだな」
何をもったいぶって言うかと思いきや、俺が最初から考えていたことじゃないか。
「最初からそうしろよって顔だな」
「当たり前だ。欲しいものは、聖都にいる。なら軍を派兵するだけだ」
「違うな。軍は南。そもそも聖都に向けたら永久に会議は開かれない。敵勢とぶつかり合っても兵が消耗するだけだ」
「なぜ南?」
「南の王は死期が近い。もうじきだ。死後、そこを抑える。王なき後、豊都はがら空きだ。あそこは商業都市だ。地理的に開かれている、ということは守りがぜい弱だ」
「で、目的のものは?」
「俺たちだけで手に入れる。あと聖都にいるスパイ一人使う」
「あいつか。どうやる?」
まどろっこしい、肝心の聖女をどうやって手に入れるのか全く見えてこない。
だが聡士の言うことに、どこにも焦りがない。なぜそこまで落ち着いていられる?
「何でお前は、そう平然と落ち着いていられる?」
相方の感情の起伏のなさ、というより欠落している。そこに、人としておぞましい何かを見せられていた。
「俺たちは、一心同体さ。お前が感情なら、俺は理性だ。お前は怒りの王だ。なら感情の赴くままに動けばいい。だが、ときに計算も必要なのさ。ああ、確かに今回のことは失敗だ。だから謝るよ。だけど俺たちはタッグだ。互いの持ち分を信用し合う、これが肝心なことだ。なあ、落ち着けよ。今は、気を静め次の計略を練る準備をしよう」
聡士の表情は、相変わらず恐ろしいほど冷静だ。狂っているのではないか。だが言っていることは大まじめのようだ。
「分かったよ……」
猛留はもう降参だった。怒っても、こいつには通じない。だめだ、仕方がない。とにかく意見を聞こう。諦め顔の彼は、そっと微笑する。ようやく、静まったかという相手をなだめるに成功したときの表情だった。
こいつが言う理性がもたらす計略とやらを聞いてやろう。俺の怒りという感情が炸裂できる素晴らしい舞台が構築される策ならいくらでも聞いてやる。
怒りは、今はひとまず封印しておこう。素晴らしく瞬間のために。
「失敗!?」
東の地が揺れるとき、悪しきことしかが起こらないのは誰もが知っている。烈王はいつも怒っていたが、本気で怒りに狂うときは、また一段とおぞましく手が付けられない。
「失敗も最悪。大失敗だ。成果はない」
怒りの矛先を一心に受けていたのが、烈王の良き相談相手である聡士であった。
「なぜだ?」
彼が聞きたいのはなぜ己の姉であり、聖女であり、次の王の会議で有利に話し合いを進める道具が、なぜ我が眼前にいないかだ。
聡士は、はあと少し大げさにため息をつく。烈王には彼の態度が癪に障った。
「お前、ふざけているのか。俺は本気だぞ?」
怒りの王は愛用の戟をガンと衝立から取り出し、聡士に向ける。手が汗ばみ、震えている。戟は穂先を震わせていた。
「しかし、まだチャンスはある」
こいつは何もしないくせに武器を手に他者を脅すことしかできないのかと聡士は辟易していた。
「聞けよ」
さすがの王も、同心一体の聡士を切り捨ててしまうわけにはいかない。俺たちは、協力し合わないといけない。
最強の座を手に入れるため、聖都の玉座。そこにいる女を倒し、権力の頂に立ちたかった。烈王の支配欲求は、こんな辺境の地の主で終わらない。王の誇りが許さなかった。
自分は、聖女の唯一の肉親。ならば、聖女は己と共にあるべきだ。
引き裂かれた……踏みにじられた……追いやられた。怒りの根源は、姉弟の過去にあった。過去は、絶対的な力を持ち合わせる王でも変えられない。ならば未来だ。現実、その先に待ち受ける輝かしい未来のために。
彼の未来は、玉座に座ること。諸王の王になること。名実ともに王を超える者として君臨し続けることだった。
だがようやく話が進展するのかと思いきや。何だというのか?
「いいかい。聖都は厳戒態勢だ。表面上は、平穏を保っているが、そんなことはない。鼠一匹だって入れないし、中にいるスパイも逃げられない」
「なんだ、なんだ……」
烈王は、聞いてあきれる。何が策だ。ふざけやがって。どうやって大事なものを手に入れるっていうのだ。策を聞けるのかと、思いきや単なる事実の羅列を聞かされた。聞きたくもない方を。
「で、だ」
「どうしたって!」
王はブチ切れる。衝立は戟で真二つになった。もったいぶるこいつの話し方が、実に気に入らない。
「こちらから小細工は通じない。ならチャンスは諸王の会議、しかない。そうとも、俺たちが動く。どうだ、簡単だろ?」
話を聞いて、怒りの帝王は呆れる。
「そうだな」
何をもったいぶって言うかと思いきや、俺が最初から考えていたことじゃないか。
「最初からそうしろよって顔だな」
「当たり前だ。欲しいものは、聖都にいる。なら軍を派兵するだけだ」
「違うな。軍は南。そもそも聖都に向けたら永久に会議は開かれない。敵勢とぶつかり合っても兵が消耗するだけだ」
「なぜ南?」
「南の王は死期が近い。もうじきだ。死後、そこを抑える。王なき後、豊都はがら空きだ。あそこは商業都市だ。地理的に開かれている、ということは守りがぜい弱だ」
「で、目的のものは?」
「俺たちだけで手に入れる。あと聖都にいるスパイ一人使う」
「あいつか。どうやる?」
まどろっこしい、肝心の聖女をどうやって手に入れるのか全く見えてこない。
だが聡士の言うことに、どこにも焦りがない。なぜそこまで落ち着いていられる?
「何でお前は、そう平然と落ち着いていられる?」
相方の感情の起伏のなさ、というより欠落している。そこに、人としておぞましい何かを見せられていた。
「俺たちは、一心同体さ。お前が感情なら、俺は理性だ。お前は怒りの王だ。なら感情の赴くままに動けばいい。だが、ときに計算も必要なのさ。ああ、確かに今回のことは失敗だ。だから謝るよ。だけど俺たちはタッグだ。互いの持ち分を信用し合う、これが肝心なことだ。なあ、落ち着けよ。今は、気を静め次の計略を練る準備をしよう」
聡士の表情は、相変わらず恐ろしいほど冷静だ。狂っているのではないか。だが言っていることは大まじめのようだ。
「分かったよ……」
猛留はもう降参だった。怒っても、こいつには通じない。だめだ、仕方がない。とにかく意見を聞こう。諦め顔の彼は、そっと微笑する。ようやく、静まったかという相手をなだめるに成功したときの表情だった。
こいつが言う理性がもたらす計略とやらを聞いてやろう。俺の怒りという感情が炸裂できる素晴らしい舞台が構築される策ならいくらでも聞いてやる。
怒りは、今はひとまず封印しておこう。素晴らしく瞬間のために。
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