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第2章 霧の中より現れし男
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希和子は走った。とにかく走った。足が壊れてしまう。でも構わない。逃げなければ……
ひんやりとした大気の中でかいた汗はすぐに乾いてしまう。霧に四方を囲まれ、どこを見渡しても視界は不明瞭だ。本当に、何かがおかしい。こんなところ知らない。どこだ、ここは?
体を使うことも少ない希和子だったが、さらにどこだかわからない場所をグルグルと走らされているようだ。精神面でも気力は削られていく。足は、動かなくなった。よろよろと前のめりにおぼつかない足取りを数歩進
め、ぱたりと地べたに手をつく。
もうだめだ、走れない……
荒い息遣いを抑えようとした。どこかで見張られている気がする。少しでも気配を悟られないよう息を殺す必要が
ある。
希和子は近くに木によりかかる。立っているのもしんどい。
無様だ。何で自分がこんな風に、みじめに逃げなければならない。何か悪いことでもしたのか。ほつれた髪、額を
垂れる汗で崩れた化粧、何もかもが乱れている。こんな姿を国民が見たらどう思うだろう?
「陛下?」
「あ……」
「陛下、陛下!」
声は、救済主から語り掛けられたものだった。
「お気を確かに!」
祥子は馬から降り急いで倒れた主を起こす。
「もうどうなっているの? 皆、倒れていたわ。死んでいるのかしら? ねえ、何か変よ!」
「変ですわ。異様ですわ」
「もう何が何やら……」
希和子は目に涙を浮かべ、祥子の胸元で嗚咽する。
「ええ、御一人で。陛下の御心痛お察し致します。ええ、よく頑張られました」
ワーッと泣き出したのは、これまで宮廷内で押し付けていた深奥に潜んでいるつらさ、苦しみを出していたから、
本当は気持ちを知ってほしかった。まるでこれまで抑えてきたものが出てくるようだ。
「私、どうしたらいいの?」
「すべて、私にお任せください」
祥子はすっかり気力を失っている主を元気づけ、馬に乗せる。希和子はぐっと祥子の背中を握りしめる。不安でい
っぱいな子どもが母にすがるようだ。
二人を乗せた馬はゆったりと進む。その先は、見覚えがある。希和子が逃げてきた場所だ。兵が倒れている。襲われたのだろうか。いや違うようだ。倒れている兵に傷はない。よく見ると眠らされているのか。
「ああ、やっと来たね」
聡士は、長いこと待たされたかのような口ぶりで語り掛ける。
「ずいぶんと走っていたみたいね。大変だったでしょう」
表面は温かい。でも内実を伴わない優しさに希和子はゾクッとするものを感じる。
「久しぶりの対面だったのになあ、残念だなあ。おびえちゃっているなんて」
「あなたは一体何ですか?」
「何でもいいじゃないか。大人しくしていればいい。君たちに味方はいないからね」
聡士は朗らかに言うと手を開き、二人に辺りを見渡すよう勧める。そこには地べたに無造作に寝そべった兵隊たち。赤色の服に包まれ、顔を仮面で覆った集団が道の脇を固めていた。
「さあ馬から降りて、こちらに来てもらおうか」
聡士の手が伸びていた。彼の無機質な感情を伴わない微笑みが霧に隠れて不気味なまでに光っていた。
ひんやりとした大気の中でかいた汗はすぐに乾いてしまう。霧に四方を囲まれ、どこを見渡しても視界は不明瞭だ。本当に、何かがおかしい。こんなところ知らない。どこだ、ここは?
体を使うことも少ない希和子だったが、さらにどこだかわからない場所をグルグルと走らされているようだ。精神面でも気力は削られていく。足は、動かなくなった。よろよろと前のめりにおぼつかない足取りを数歩進
め、ぱたりと地べたに手をつく。
もうだめだ、走れない……
荒い息遣いを抑えようとした。どこかで見張られている気がする。少しでも気配を悟られないよう息を殺す必要が
ある。
希和子は近くに木によりかかる。立っているのもしんどい。
無様だ。何で自分がこんな風に、みじめに逃げなければならない。何か悪いことでもしたのか。ほつれた髪、額を
垂れる汗で崩れた化粧、何もかもが乱れている。こんな姿を国民が見たらどう思うだろう?
「陛下?」
「あ……」
「陛下、陛下!」
声は、救済主から語り掛けられたものだった。
「お気を確かに!」
祥子は馬から降り急いで倒れた主を起こす。
「もうどうなっているの? 皆、倒れていたわ。死んでいるのかしら? ねえ、何か変よ!」
「変ですわ。異様ですわ」
「もう何が何やら……」
希和子は目に涙を浮かべ、祥子の胸元で嗚咽する。
「ええ、御一人で。陛下の御心痛お察し致します。ええ、よく頑張られました」
ワーッと泣き出したのは、これまで宮廷内で押し付けていた深奥に潜んでいるつらさ、苦しみを出していたから、
本当は気持ちを知ってほしかった。まるでこれまで抑えてきたものが出てくるようだ。
「私、どうしたらいいの?」
「すべて、私にお任せください」
祥子はすっかり気力を失っている主を元気づけ、馬に乗せる。希和子はぐっと祥子の背中を握りしめる。不安でい
っぱいな子どもが母にすがるようだ。
二人を乗せた馬はゆったりと進む。その先は、見覚えがある。希和子が逃げてきた場所だ。兵が倒れている。襲われたのだろうか。いや違うようだ。倒れている兵に傷はない。よく見ると眠らされているのか。
「ああ、やっと来たね」
聡士は、長いこと待たされたかのような口ぶりで語り掛ける。
「ずいぶんと走っていたみたいね。大変だったでしょう」
表面は温かい。でも内実を伴わない優しさに希和子はゾクッとするものを感じる。
「久しぶりの対面だったのになあ、残念だなあ。おびえちゃっているなんて」
「あなたは一体何ですか?」
「何でもいいじゃないか。大人しくしていればいい。君たちに味方はいないからね」
聡士は朗らかに言うと手を開き、二人に辺りを見渡すよう勧める。そこには地べたに無造作に寝そべった兵隊たち。赤色の服に包まれ、顔を仮面で覆った集団が道の脇を固めていた。
「さあ馬から降りて、こちらに来てもらおうか」
聡士の手が伸びていた。彼の無機質な感情を伴わない微笑みが霧に隠れて不気味なまでに光っていた。
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