17 / 156
第1章 世界の理
14
しおりを挟む
深夜。東征道を一気に駆ける黒い馬車がいた。馭者は馬を鞭で荒々しく叩き、速度を飛ばしていた。もう後がない、という印象が強い。
急げ、と中にいる男が言う。どうやら馬車には複数人乗っていた。ガタガタと揺れる車内は人が引き詰められている。男たちの表情は焦燥感に満ちていた。早く逃げねば、という想いが表情から簡単に読み取れた。
すると突然キイイッと車輪がきしむ音がした。急ブレーキをかけたとき、金属通しがこすれきしむ音だ。
なんだ、と男の一人がくぐもった声で言う。
やがて車内はざわついた。一人が窓の外を見ようとしたが、他の者に止められる。
「周りを囲まれています!」
馭者が叫ぶ。やがてギャッという悲鳴が聞こえてくる。そしてペチャという音。血の匂いが漂う。
「くそ」
「畜生」
男たちは口々に悪態を突き、馬車を降りる。もう覚悟はできていた。敵地に忍び込んでいたときから出来ていたことだ。
周囲は静寂に包まれていた。店は閉まり、まっとうな者は出歩かない。暗き影に身をやつし者が跋扈する。屋上、裏道、柱の裏に黒い影が揺らめく。全身を黒のマントで身を包み、口元を覆われた者ども。冷たき瞳が月光を照らし出される。
馬車の道筋の先にまた黒い影が立ちふさがる。影はフードを外す。素顔がさらされた、影は女だった。
「親衛隊と司法長官か」
男の一人はフンと鼻で笑う。
「あんたたちに、逮捕状が出ている。旅券をうまく偽装して長いこと棲みついていたみたいだけど、お終ね。さあ抵抗せずに司法府に来るなら、助けてあげる。じゃないと命はない」
夕美は冷たく言う。
「そう、かな?」
男は笑う。夕美は無表情のままである。沈黙が続いた。
先に動くのはどちらか?
夕美は目をつむる。自身は先に動かない。何度も経験している。焦ることはなかった。ただ仕事をこなすだけである。
「はあっ!」
男が焦れた。彼の喚声に敵勢は動き出す。
両手を突き合わせ、炎を巻き起こした。炎により周りをかく乱させ、あわよくば逃げるつもりだろうが、そうはいかない。買収された門兵は、すでに殺していたし、スパイは逃げられない。
火は帯となり夕美を襲う。敵勢は円陣を組み互いに火を吐いた。
「死ねえ!」
火焔の男たちは笑い、叫ぶ。
夕美は下手に近づかず、炎が衰えるのを待った。一瞬でもいいのだ。円陣に隙が出来ればいい。隙ができたら叩くだけでいい。
火の円はゆっくりと前を進む。やがて円陣の一角がポロリと崩れる。火の出が悪くなった。力が衰えたのだ。
やっぱり、と夕美は確信した。彼女はパッと駆け出す。スピードにおいて、右に出る者はいない。
サッと円陣の中に入り込んだ。
あとは切り裂く。
男はパッと夕美に突っ込んでいった。
「引っかかったな!」
男の顔が卑しく歪む。策が功を奏したと言いたげである。
彼の手を切ろうとした。しかし男は手に持っていた火の鞭を夕美に巻き付ける。
「吹っ飛べ!」
鞭には人体の熱に反応する爆竹がはめ込まれていた。火は夕美の体に反応しバンッと大きな音を立て周囲を吹っ飛ばす。
火は消え、辺りは煙に包まれた。今だと男たちは言った。爆炎に紛れて逃げようという魂胆である。
男たちは走り出そうとしたときである。
ヒュッと風が走る。男たちは風に気付くことはできなかった――男たちの体に一筋の切り傷が付いた。やがてバタバタと倒れ込み、もう二度と動くことはなかった。
「がっ……烈王万歳……」
唯一即死しなかった男が空しく自らの主の名を口ずさむ。飛び出た血がまき散らされ、ドッと倒れ彼もまた動かなくなる。
馬車の周りに死体が散乱していた。片が付いた。後は何事もなかったように道をきれいにするだけである。
「あとはお願いね」
死体の後始末は別動隊が行う。丁度到着したところだ。
また服が汚れた。血の匂いがプンプンと漂う。何色を着ても血しぶきが飛んで、服が汚れる。黒でいるのがよかった。実に影らしく、また自分に相応しいファッションに近かった。
急げ、と中にいる男が言う。どうやら馬車には複数人乗っていた。ガタガタと揺れる車内は人が引き詰められている。男たちの表情は焦燥感に満ちていた。早く逃げねば、という想いが表情から簡単に読み取れた。
すると突然キイイッと車輪がきしむ音がした。急ブレーキをかけたとき、金属通しがこすれきしむ音だ。
なんだ、と男の一人がくぐもった声で言う。
やがて車内はざわついた。一人が窓の外を見ようとしたが、他の者に止められる。
「周りを囲まれています!」
馭者が叫ぶ。やがてギャッという悲鳴が聞こえてくる。そしてペチャという音。血の匂いが漂う。
「くそ」
「畜生」
男たちは口々に悪態を突き、馬車を降りる。もう覚悟はできていた。敵地に忍び込んでいたときから出来ていたことだ。
周囲は静寂に包まれていた。店は閉まり、まっとうな者は出歩かない。暗き影に身をやつし者が跋扈する。屋上、裏道、柱の裏に黒い影が揺らめく。全身を黒のマントで身を包み、口元を覆われた者ども。冷たき瞳が月光を照らし出される。
馬車の道筋の先にまた黒い影が立ちふさがる。影はフードを外す。素顔がさらされた、影は女だった。
「親衛隊と司法長官か」
男の一人はフンと鼻で笑う。
「あんたたちに、逮捕状が出ている。旅券をうまく偽装して長いこと棲みついていたみたいだけど、お終ね。さあ抵抗せずに司法府に来るなら、助けてあげる。じゃないと命はない」
夕美は冷たく言う。
「そう、かな?」
男は笑う。夕美は無表情のままである。沈黙が続いた。
先に動くのはどちらか?
夕美は目をつむる。自身は先に動かない。何度も経験している。焦ることはなかった。ただ仕事をこなすだけである。
「はあっ!」
男が焦れた。彼の喚声に敵勢は動き出す。
両手を突き合わせ、炎を巻き起こした。炎により周りをかく乱させ、あわよくば逃げるつもりだろうが、そうはいかない。買収された門兵は、すでに殺していたし、スパイは逃げられない。
火は帯となり夕美を襲う。敵勢は円陣を組み互いに火を吐いた。
「死ねえ!」
火焔の男たちは笑い、叫ぶ。
夕美は下手に近づかず、炎が衰えるのを待った。一瞬でもいいのだ。円陣に隙が出来ればいい。隙ができたら叩くだけでいい。
火の円はゆっくりと前を進む。やがて円陣の一角がポロリと崩れる。火の出が悪くなった。力が衰えたのだ。
やっぱり、と夕美は確信した。彼女はパッと駆け出す。スピードにおいて、右に出る者はいない。
サッと円陣の中に入り込んだ。
あとは切り裂く。
男はパッと夕美に突っ込んでいった。
「引っかかったな!」
男の顔が卑しく歪む。策が功を奏したと言いたげである。
彼の手を切ろうとした。しかし男は手に持っていた火の鞭を夕美に巻き付ける。
「吹っ飛べ!」
鞭には人体の熱に反応する爆竹がはめ込まれていた。火は夕美の体に反応しバンッと大きな音を立て周囲を吹っ飛ばす。
火は消え、辺りは煙に包まれた。今だと男たちは言った。爆炎に紛れて逃げようという魂胆である。
男たちは走り出そうとしたときである。
ヒュッと風が走る。男たちは風に気付くことはできなかった――男たちの体に一筋の切り傷が付いた。やがてバタバタと倒れ込み、もう二度と動くことはなかった。
「がっ……烈王万歳……」
唯一即死しなかった男が空しく自らの主の名を口ずさむ。飛び出た血がまき散らされ、ドッと倒れ彼もまた動かなくなる。
馬車の周りに死体が散乱していた。片が付いた。後は何事もなかったように道をきれいにするだけである。
「あとはお願いね」
死体の後始末は別動隊が行う。丁度到着したところだ。
また服が汚れた。血の匂いがプンプンと漂う。何色を着ても血しぶきが飛んで、服が汚れる。黒でいるのがよかった。実に影らしく、また自分に相応しいファッションに近かった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
11
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる