七宝物語

戸笠耕一

文字の大きさ
上 下
15 / 156
第1章 世界の理

12

しおりを挟む
一方の東国である。地理的には北東に位置しており、本来なら気温は低く雪が降り積もるはずだ。しかし、かの王国は火の覆われた国である。ゆえに火都と言われ年中都は燃え盛り人々は額に汗して働かせていた。

 王の心境は退屈のせいで物思いにふけっていた。好みの女の膝を枕にし、自らの耳を掃除させていた。

 烈帝は政務をほぼ部下や、その左腕である友にして補佐役である聡士に任せきっていた。

 彼は基本政務などといった細やかなことには不向きであった。どちらかといえば、体を使う人である。愛用の戟を振りかざし、敵を貫く、力を誇示するのが彼のやりたいことだ。

 だが、今は動く時ではない。

「浮かない顔をなさって……」

 女はそう言って妖しく笑う。

「なんだ?」

 ぶっきらぼうな返事だった。

「なんでも……」

「なら聞くな」

 下らない事を聞くなと言ったつもりだった。元来王の気は短い。自身のお気に入りでもなければ、直ちに殺していたことだろう。彼は今まで多くの者を殺めた。一番多いのが戦場だ。ここで多くの敵兵を戟で貫き焼き殺してきた。次は処刑場だ。自分にたてついた者、役に立たない者、皆殺してきた。

 そして三番目多かったのが、自身の傍目たちだった。ときに気に入った女がいる。彼女らを寵愛してやる。しかし飽きがきた。取るに足らない者になれば、彼は迷わず殺した。

 もしくは他国に売り飛ばしていた。特に七ノ国の王は好色であり、よく女を与えていた。もちろんただではない。こちらも金とよい女を頂くというのが条件で。

 まあ、何事もその時の気分次第だった。

 だがあまりにも自分の民を弑逆しているといずれ人が消えてしまうので、感情は抑えるよう聡士に注意されていた。彼の言うことは、至極まっとうだったし、言うことに、これまで誤りは何一つなかった。

 ゆえに烈帝は待っていた。聡士がいう計とやらが成立するのを待っていた。彼は物事が力で解決すると信じていたので、自分が動けば事は解決すると思っていたが――単に俺が都に乗り込めばいいだけじゃないのか――そうすればいいじゃないか。

 計算づくによって、動いたところで何が楽しい。俺のたった一人の肉親を取り返すのに、何をためらっている。聖女に流れる血と俺の血は、同じだ。同じ親から受け継いだものなのに、なぜ離れ離れなのだ?

「はい、本日もこんなにきれいに取れました」

 傍目は、王の耳垢を見せてきた。笑っている。何がそんなにおかしいのか。わからない。

「ついでにその無精髭。削いであげますわよ」

「いや、いい」

 烈王は身なりに気を遣わず、全部妾に任しきっていた。現に下部を股引で隠している以外残りは裸体であった。寝所は温度が調整してあって、暑いわけではない。だが烈帝は確かな身なりを取らなかった。強者は外観を飾る必要がない、というのが彼の美学だった。

「おい」

「なんです?」

 彼は、女が持つペーパーを指さし、食えという。王は命ずるだけでいい。

「食え」そう。こんなふうに。

 傍目は瑠璃色の目を少々丸くした。だって今までにしたことがないから。烈帝は彼女の様子に、破顔する。今までむっつりとした不満の掃きだめとなっていた顔が笑みに満ち溢れた。彼の心には、いくらお前でもこんな恥辱はやれまいと思い切っていた。

 だが傍目は、王の稚拙な心をすぐに悟る。返す刀でムフというあどけない笑みで反応じて食った。黄色いかさついた王の垢を残さず、可憐な口に収まり飲みこまれていった。

「これでよろしいですか?」

 こいつ、と思った。顔色変えず俺の言うことを直ちに実行に移せる女。王は半ばあきれ、倦怠感がなくなるのを感じた。ますます女のことが好きになった。

 彼の気力はちょっぴり回復した。

「少しだけここで待っていろ」

「はい、かしこまりまして」

 傍目は両手でスカートの裾をつかみ持ち上げて、少しだけひざを曲げる。宮仕えの挨拶だった。

「可愛がってやるさ」

 女の頬に唇を当て、烈帝は寝所を飛び出す。彼は長い廊下を駆ける。館の出口を飛び出す。周りにいる従者を気にせず、吠えた。どうしようもない衝動に駆られる。

 王の理性は飛んだ。彼の手は鋭く尖り、肌は堅い鱗になる。顔は縦長に変形し、もはや人間の体を成していない。足は消え、長いしっぽになる。手は翼を帯びる。

 彼は転変した。龍だ。赤き龍。猛々しく、感情を炸裂させ波動する龍が天高く舞う。

 龍の雄叫びが火都に響き渡った。都を包む炎はいつもより激しくなびく。地は激しく揺れる。皆が隠していた恐怖を感じて、日頃鞭を打つことで自らの地位を保っていた憲兵も、過重な労働にさらされる奴隷たちも、速やかに己らが住処へと逃げていった。

 都は喚声に包まれる。龍の叫びは、彼らの恐怖が満ちるほどより強く大きく変貌していった。しばしの間止むことなく続いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

引きこもり転生エルフ、仕方なく旅に出る

Greis
ファンタジー
旧題:引きこもり転生エルフ、強制的に旅に出される ・2021/10/29 第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞 こちらの賞をアルファポリス様から頂く事が出来ました。 実家暮らし、25歳のぽっちゃり会社員の俺は、日ごろの不摂生がたたり、読書中に死亡。転生先は、剣と魔法の世界の一種族、エルフだ。一分一秒も無駄にできない前世に比べると、だいぶのんびりしている今世の生活の方が、自分に合っていた。次第に、兄や姉、友人などが、見分のために外に出ていくのを見送る俺を、心配しだす両親や師匠たち。そしてついに、(強制的に)旅に出ることになりました。 ※のんびり進むので、戦闘に関しては、話数が進んでからになりますので、ご注意ください。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

策が咲く〜死刑囚の王女と騎士の生存戦略〜

鋸鎚のこ
ファンタジー
亡国の王女シロンは、死刑囚鉱山へと送り込まれるが、そこで出会ったのは隣国の英雄騎士デュフェルだった。二人は運命的な出会いを果たし、力を合わせて大胆な脱獄劇を成功させる。 だが、自由を手に入れたその先に待っていたのは、策略渦巻く戦場と王宮の陰謀。「生き抜くためなら手段を選ばない」智略の天才・シロンと、「一騎当千の強さで戦局を変える」勇猛な武将・デュフェル。異なる資質を持つ二人が協力し、国家の未来を左右する大逆転を仕掛ける。 これは、互いに背中を預けながら、戦乱の世を生き抜く王女と騎士の生存戦略譚である。 ※この作品はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。 ※本編完結・番外編を不定期投稿のため、完結とさせていただきます。

異世界着ぐるみ転生

こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生 どこにでもいる、普通のOLだった。 会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。 ある日気が付くと、森の中だった。 誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ! 自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。 幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り! 冒険者?そんな怖い事はしません! 目指せ、自給自足! *小説家になろう様でも掲載中です

ぽっちゃりおっさん異世界ひとり旅〜目指せSランク冒険者〜

ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
酒好きなぽっちゃりおっさん。 魔物が跋扈する異世界で転生する。 頭で思い浮かべた事を具現化する魔法《創造魔法》の加護を貰う。 《創造魔法》を駆使して異世界でSランク冒険者を目指す物語。 ※以前完結した作品を修正、加筆しております。 完結した内容を変更して、続編を連載する予定です。

【完結】おじいちゃんは元勇者

三園 七詩
ファンタジー
元勇者のおじいさんに拾われた子供の話… 親に捨てられ、周りからも見放され生きる事をあきらめた子供の前に国から追放された元勇者のおじいさんが現れる。 エイトを息子のように可愛がり…いつしか子供は強くなり過ぎてしまっていた…

異世界に来ちゃったよ!?

いがむり
ファンタジー
235番……それが彼女の名前。記憶喪失の17歳で沢山の子どもたちと共にファクトリーと呼ばれるところで楽しく暮らしていた。 しかし、現在森の中。 「とにきゃく、こころこぉ?」 から始まる異世界ストーリー 。 主人公は可愛いです! もふもふだってあります!! 語彙力は………………無いかもしれない…。 とにかく、異世界ファンタジー開幕です! ※不定期投稿です…本当に。 ※誤字・脱字があればお知らせ下さい (※印は鬱表現ありです)

転生したらついてましたァァァァァ!!!

夢追子
ファンタジー
「女子力なんてくそ喰らえ・・・・・。」 あざと女に恋人を奪われた沢崎直は、交通事故に遭い異世界へと転生を果たす。 だけど、ちょっと待って⁉何か、変なんですけど・・・・・。何かついてるんですけど⁉ 消息不明となっていた辺境伯の三男坊として転生した会社員(♀)二十五歳。モブ女。 イケメンになって人生イージーモードかと思いきや苦難の連続にあっぷあっぷの日々。 そんな中、訪れる運命の出会い。 あれ?女性に食指が動かないって、これって最終的にBL!? 予測不能な異世界転生逆転ファンタジーラブコメディ。 「とりあえずがんばってはみます」

処理中です...