七宝物語

戸笠耕一

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第1章 世界の理

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 西王は、謁見の間を出るや否やすたすたと歩調を速める。王である彼女にとって時間は悠長に待ってくれない。今日も王として成すべき責務がある。
 
 謁見の間を去るときは、いささか気に迷いが生じた。聖女ともう少し会話をしたかった。

 希和子はすっかり大人になった。身も心も一年間でずいぶん成長していた。まず自分から積極的に外界へ興味を示すようになっていた。愛でてやまない姫が立派に成長して、真の聖女になっていることに、西王は、心底うれしかっ
た。

 聖女の成すことが人民の希望として君臨する存在。ならば諸王は聖女を支えなければいけない。

 力を持たない聖女の存在を護持し、秩序を保つには、人を束ねるには、必要な力があった。王を王足らしめるものがいる。

「腕輪を」

 欲しいものがあればそれをという。誰かに物を下賜したければこれをという。王は命ずればいい。

「はっ」

 従者の一人が手に持っていた白い箱を開け、ひざを折った。中に腕輪が隠されていた。単なる変哲もない金の腕輪。

 トクンと胸が波打った。手にはめられた腕輪から力がみなぎる。浸透する力を感じながら、彼女は王について考えてみた。

 西王、西国の覇者にして諸王の王と言わしめた人物は女性だ。外見は飛び切り綺麗ないでたちをしている。しかし
彼女の所持する腕輪には「聖なる腕輪」に次ぐ輝きと威厳に満ちていた。

 世界には七人の王がいる。誰もが力を持っている。実に絶大なものを。王たちの力を発揮するには、宝物が必要だ。

 七人の王と七つの宝。太古の昔よりあった力の結集である。力あるものの宝とも言われ、かつての偉大な存在により作られた。

宝には、霊魂が潜んでいる。邪なものだ。王になりたければ、契約をしなければならない。過酷で生死をかけた試練
である。

 宝は相手を選ぶ。これが試練だ。挑戦者の心を見る。気に入られればよい。そうでなければ魂と肉体、双方を食い尽くされる。王の座に君臨する七人は過酷な試練に打ち勝った者たちだった。

彼らはほぼ永遠に近い命を得ている。権力も得ている。ただ、その一生は絶えず霊に見張られた監視された囚人と同
一だ。

力はやがて王の心身をすべて捉え、虜にし、自らの中に取り込む。

呪われた宝であり、聖女が持つ腕輪とは対極に位置する存在だ。あくなき力の渇望を求める傾向にある王と、心清く
正しく力とは無縁に生きる聖女は本来なら相対する立場にいる。

 だが王は常に聖女に忠誠を誓う。なぜだろう?

 力におぼれた者は、是が非でも更なる力を際限なく求める。邪なものに囚われた力が争いを続けていたら、世界から人はいなくなる。

 王を抑制すべき気高き者が必要だ。誰もが崇め、拝める従うべき存在がいる。聖女こそがなれる。

 聖女に、力はない。命は常人並みで限りある生を過ごすことしかできない。ただの人間と言っていい。

 しかし彼女の心は潔白であり、曇りがない。聖女は慈悲の心で出来ている。人を愛し、慰むことが出来る。そして力が引き起こす争いや渇望を忌む。これらが力無きものが持てる力。力にすがるものはやがておぼれる。ならば力無きものが頂点に立ち、これを神聖化ないし象徴としてあがめれば、争いはやむ。

 ただ、やはり争い無き世の実現は難しい。現に争いの火種は世界を覆っている。聖なる都にも種は眠っている。

 聖女希和子の願いは最もだし、かなえてやりたい。願いを快く思わない、力に憧れ信奉する勢力が拡大しつつあった。

 参の王。名を猛留という。聖女希和子の実弟にして、萌希に次ぐ版図と力を握っている東国の王だった。彼は炎の使え手だ。彼がいるところは常に灼熱の業火が降り注いでいたし、怨嗟の声がたゆむことはなかった。
 
 目を閉じ、耳を澄ます。王の耳ははるか遠くの些細なせせらぎの音まで捉えられる。はるかかなた東の地で、炎がゴオオとなびく音がした。けたたましい轟音の間から、酷使されている人の嘆き聞こえる。汗にまみれ淫靡な声も聞こえてきた。

 参の王がいきり立っている。戦いだ、戦いだと叫んでいる。自慢の宝である戟を振り回して……

 ついこないだまで西王は戦線で総指揮をとっていた。敵国の侵略を食い止め、ついに敵の前衛を壊滅に追い込んだ
が、足りなかった。もっと徹底的に叩かなくては。悠久の平和を希和子にささげるためだ。犠牲は払わないといけな
かった。

 衝突は避けられない。議会ではっきりと言い、広く人民に知らしめる。

 希和二十三年、荒れ狂う戦乱の風が東からなびいていた。
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