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第五部 美しき王
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ある時、ある国、ある場所で奇妙な風変りの異邦人が来たことを多くの人々は知った。ピンク色の麻衣に身を包み、髪をなびかせた若き娘たちは手に水瓶を持っていた。街の広場で娘たちは小噺を始めた。娘たちの飾り気のない素顔と、神秘的な美しさに惹かれた人々は集まり始めた。
最初は物乞いかと思いきやそうではない。娘たちは水を配ったたけだ。
「私共の国は東の果てにございます。そこは水豊かな国で、主たるわが君も若返りの水にて美しさを留めているのです。人々は美王と呼ばれておりますわ」
若返りの水。人々は目を丸くした。ある者は水のもたらす効用を気にかけ、またある者は訝しく異国の娘を見ている者がいた。
「皆様の貴重なお時間を頂き恐縮でございますわ。ここで一つ我が国の作法をご覧いただきましょう」
娘たちは準備に取り掛かった。一人は桶の中に腰を据えた。目を閉じ、何かを待っていた。他の娘たちは何のためらうこともなく水を浴びせた。
人々はこの奇妙な行為は何だと問うた。
「水行でございます。我らは王の初子であります。初子とは純心で邪気のないもの。そうあるべく我らは日々この若返りの水にて体を洗い清めているのです」
娘たちはほんの一時間ばかり広場に集まり水配りと水浴びをしていずこへと去っていった。また翌日に同じことを繰り返していた。これがあらゆる場所で行われていた。人々は東にはそのような国があるのだと心にとめる程度だったが、ある日人々が驚くようなことが起きる。
東方の王の親善である。美王と呼ばれ、さぞ美しいともてはやされた王が6ヶ国に対し訪問を始めたのだ。美王はわずかな手勢と共に降り立ち、諸国の人々に露わになった。美王は大帝の妃であったが、大帝の東征以来、その素顔は明らかになっていない。素顔が晒されたとき美王の評判はすこぶるよかった。
「あれが大帝の妃とは。なんという淑やかな」
「お美しい。東にはあのように美しい王がいるとは。亡き上王様の再来だ」
人心はゆっくりと美王の虜になっていた。しかし美王は各国の平和と安寧を込めて、事前として水を配ることしかできない我が身のお許しあれという謙虚な姿勢を持っていた。
王が他国を遊説するなど例がないことだった。王は領土と民を護持する者であり、他国には不干渉という姿勢が通例であった。
「戦乱亡きあと、7ヶ国は一つになり、大きな輪の元に集うべきと存じますわ」
美王はそう言って大地に7ヶ国の紋章を描き、これを円で覆った図を描いて去っていった。平和と安寧。時代は変わったのだという意思を表したのは美王だった。
妃の所業に大陸の主である大帝は何を面倒なことをと思っていたが、妃をあえて表に出し人心を把握させることは、大帝の威信を確実にするという近習の申し出に納得した。
「ならばよい」
なるほど妃は我が物である。ただ妃であると同時に王であったので、宮殿に据え置きにするわけにもいかぬ。我が目となり、足となり全土を見守らせるには適任だった。妃の素顔に野蛮人どもは戦意をなくすことだろう。
誰一人として美王の真意を察するものなどあろうはずがなかった。ましてはこれが静かな国盗りの始まりであると疑うものは皆無に等しい。
ただ唯一の例外は西の地にいる聖女ぐらいであった。
かねてより美王を疑っていた。聖女は身にまとう聖なる腕輪の危機を感じ取り、脅威は東より起こると感知していた。
また東の果てより敵が立ち上がる。ただし今度の敵は武威によらず友愛を解いてくる。聖女はこの世でただ一人孤独であった。聖族にも美王を尊崇する者がいた。とはいえ、すでに聖女は東方と通商を開始していたため、多くの東方人と接触を持つ機会があり、どうすることもできなかった。
聖女はかつての妹の横顔を思い出した。東方に走った実の妹が不意によぎった。
最初は物乞いかと思いきやそうではない。娘たちは水を配ったたけだ。
「私共の国は東の果てにございます。そこは水豊かな国で、主たるわが君も若返りの水にて美しさを留めているのです。人々は美王と呼ばれておりますわ」
若返りの水。人々は目を丸くした。ある者は水のもたらす効用を気にかけ、またある者は訝しく異国の娘を見ている者がいた。
「皆様の貴重なお時間を頂き恐縮でございますわ。ここで一つ我が国の作法をご覧いただきましょう」
娘たちは準備に取り掛かった。一人は桶の中に腰を据えた。目を閉じ、何かを待っていた。他の娘たちは何のためらうこともなく水を浴びせた。
人々はこの奇妙な行為は何だと問うた。
「水行でございます。我らは王の初子であります。初子とは純心で邪気のないもの。そうあるべく我らは日々この若返りの水にて体を洗い清めているのです」
娘たちはほんの一時間ばかり広場に集まり水配りと水浴びをしていずこへと去っていった。また翌日に同じことを繰り返していた。これがあらゆる場所で行われていた。人々は東にはそのような国があるのだと心にとめる程度だったが、ある日人々が驚くようなことが起きる。
東方の王の親善である。美王と呼ばれ、さぞ美しいともてはやされた王が6ヶ国に対し訪問を始めたのだ。美王はわずかな手勢と共に降り立ち、諸国の人々に露わになった。美王は大帝の妃であったが、大帝の東征以来、その素顔は明らかになっていない。素顔が晒されたとき美王の評判はすこぶるよかった。
「あれが大帝の妃とは。なんという淑やかな」
「お美しい。東にはあのように美しい王がいるとは。亡き上王様の再来だ」
人心はゆっくりと美王の虜になっていた。しかし美王は各国の平和と安寧を込めて、事前として水を配ることしかできない我が身のお許しあれという謙虚な姿勢を持っていた。
王が他国を遊説するなど例がないことだった。王は領土と民を護持する者であり、他国には不干渉という姿勢が通例であった。
「戦乱亡きあと、7ヶ国は一つになり、大きな輪の元に集うべきと存じますわ」
美王はそう言って大地に7ヶ国の紋章を描き、これを円で覆った図を描いて去っていった。平和と安寧。時代は変わったのだという意思を表したのは美王だった。
妃の所業に大陸の主である大帝は何を面倒なことをと思っていたが、妃をあえて表に出し人心を把握させることは、大帝の威信を確実にするという近習の申し出に納得した。
「ならばよい」
なるほど妃は我が物である。ただ妃であると同時に王であったので、宮殿に据え置きにするわけにもいかぬ。我が目となり、足となり全土を見守らせるには適任だった。妃の素顔に野蛮人どもは戦意をなくすことだろう。
誰一人として美王の真意を察するものなどあろうはずがなかった。ましてはこれが静かな国盗りの始まりであると疑うものは皆無に等しい。
ただ唯一の例外は西の地にいる聖女ぐらいであった。
かねてより美王を疑っていた。聖女は身にまとう聖なる腕輪の危機を感じ取り、脅威は東より起こると感知していた。
また東の果てより敵が立ち上がる。ただし今度の敵は武威によらず友愛を解いてくる。聖女はこの世でただ一人孤独であった。聖族にも美王を尊崇する者がいた。とはいえ、すでに聖女は東方と通商を開始していたため、多くの東方人と接触を持つ機会があり、どうすることもできなかった。
聖女はかつての妹の横顔を思い出した。東方に走った実の妹が不意によぎった。
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