七宝物語

戸笠耕一

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第四部 楽園崩壊

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 急に意識が失った。何があったのかわからない。ここはどこだ? 視界が鮮明になっていく。知っている場所だ。祭壇。一度は焼き印を押されたとき、二度目は体中に刺青を入れたとき。またここに。
「お目覚めですか?」
 声がした。夏帆ではない。馬車の中で意識を喪失した時に背後から聞こえた第三者の声だった。
「須世子?」
「よかった。お目覚めでしたか?」
「あなたはどうして?」
「私だけではありませんわ。みんな、おりますわ」
 咲子は体を起こそうとしたが、見ると縛られていることがわかる。ただ遠目に礼拝堂の端で小さくなっている集団がいる。
「あの子たち?」
「皆、咲子様を信じ付き従った救われた者たちです」
「救われた? あなた、学園は?」
「崩壊しました。多くの者がどうなったかは定かではございません」
 そんな、と咲子は己の業を呪った。何も落ち度のない同級生たち。
「どうしてなの? こんなこともう・・・」
「今さら悔やんでも仕方ありません。咲子様のお言葉を信じなかった者たちが悪いのです」
「違うわよ! あんな馬鹿げたこと! 王になんてなれるはずがないわ!」
 咲子は叫ぶ。こんなことを須世子に言っていても仕方がない。
「お気持ちわかりますが、ご決心されたことを今さら変えることはできませんわ。この世で最も高貴あるお方の有終の美をお飾りくださいませ」
「な、有終の美って?」
「あら何をおとぼけに? ほほ、余裕がおありでしたのね。須世子、安心いたしました」
「馬鹿なこと言わないちょうだい! どうして私が死ぬのよ。あなた、さっさとこの縄を外しなさいよ!」
「外してしまっては、祭壇に進呈したせっかくの生贄が逃げてしまうではございませんか?」
 須世子はとんでもないことを言い出した。
「どういう意味よ?」
 咲子はにらみつけた。須世子が心のどこかで反骨精神を抱いていることは知っている。家柄上仕方がないことだ。ただ遥昔のいさかいは済んだはずだ。国津宮家を含めた古き名家は聖族に帰依し世の太平を作っていく契約を交わした。
「あなた、誰に向かって・・・」
「あんたに決まっているでしょうが」
 須世子は咲子の頬を掴んだ。指から憎しみの情が痛みと共に入れ込んだ。
「ようやく、このときが・・・ああ、先祖代々の恨みが晴らされる! あんたの! あんたの一族に奪われた土地! 財産! 名誉! 国津宮はあんたの死をもって復活する!」
 須世子は隠すことなく宿敵を嘲りさげすんだ。その瞳には激しい怒りがある。
「そんな。あなた、私のこと・・・」
「これほど愉快な時はないわ。憎い、憎くてたまらなかった! この気持ちがわかるかしら? 先祖はあんたの一族に服従を迫られた。数千年という歴史の屈辱の上に、ようやく勝利が得られる。味わうといいわ。死に脅えながら、ゆっくり死ぬところをね!」
「やめて! お願いだわ!」
 せせら笑う須世子に一抹の同情を求めた。
「もう遅いわ。すべて決まったこと。あんた自身が招いたことよ。なんでもしてもらえる公女のくせに、不死の命とか、王になるとか笑わせないでよ」
 いやああ!
咲子は叫んだ。
自分が生贄?
騙されていた?
体に多くの墨を入れたのは王になるため。しかしすべては欺瞞だったのだ。
祭壇に掲げられ、悪魔の糧となるのだ・・・
「大丈夫。一人じゃないわ。死ぬ間際まで横で見届けてあげるわ。惨めに死に絶えるさまをね」
 周囲にいたとんがり帽子たちが騒ぐ咲子の口を押さえつける。須世子は勝ち誇ったようにその場から離れた。儀式まで時間はある。宿敵が死に絶えるまで、ゆっくりと見物しよう。笑いが止まらなかった。
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