七宝物語

戸笠耕一

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第四部 楽園崩壊

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 学園開校以来、最大の不祥事となった。ここには各地からあらゆる上位階層の出である才媛たちが集まっていた。数多くの者たちが暗がりに紛れ、学園を抜け出し霧深き森の奥で黒魔術に傾倒した事実は過去に例がない。綱紀粛正をモットーに生徒に貞操を身に付けされてきた学園側の被害は計り知れなかった。
極めつけ首謀者が次期聖女という決して公にはできない事実。学園の生徒の半数が加担し、教師たちも一部が手を貸していた。

 膨大な数の参加者をどう処分するか、学園側では単独で処理ができる範疇を超えていた。

「私はどうなるの?」

 咲子は頭を抱えた。何をしてきたか分かっている。それらが全て露見した時、どうなるか理解できていない咲子ではない。

 咲子は宮廷に呼び出される。祖母である聖女から何と言われるだろう? その後は異端審問にかけられる。政府に禁止された黒魔術に手を染めることは死に値する。厳しい取り調べが何日にもわたり続く。咲子は聖族だから死刑に処されることはないが、一生を離れの屋敷にでもおかれひそひそと暮らすに違いない。

 当然、公女の地位は恐らくはく奪され、庶民の地位に落とされる。

 ガラガラとすべてが崩れる音がしていた。

 咲子の問いに答える者はいない。夏帆も別室に謹慎を余儀なくされているはず。あの子は、従者の身である。死は免れない。国家転覆を企む組織666に誘ったのは、紛れもなく夏帆なのだ。刑場に引っ立てられ、群衆の中でギロチンにかけられる光景が不意に浮かぶ。何というむごいことだ。咲子は自身の小間使いの末路を憐れんだ。

 憐れみとは別も感情もあった。すべてはあの子が焚きつけたせいではないか?

 あの子が・・・そう、あの子だ! 夏帆が死を克服する方法などという甘言で、人を誘惑してきた。自分は生への苦しみや老いを避けたかった。単調な毎日に退屈していた。不死になり、永遠の若さと手に入れる。王になり世界を治めるという思想はなかった。元をたどれば。あの悪しきことなどするはずのない夏帆の微笑みが全てを狂わせた。

 何とかうまくして夏帆に全てを擦り付けられないか?

 咲子の頭に悪魔の囁きが聞こえる。それで丸く収まるならば結構ではないか。うまく若気の至りということにすれば、世間は納得しないだろうか?

 いや・・・

 咲子は否定した。無理だ。すでに咲子は666に加担している。体に彫られた刺青は何だ? 自ら望んだものだ。より美しく高みに上ろうと思ったものだ。人に擦り付けようなどと不可能だ。

 死にはしないが、咲子の生活もこれまでとは一変したものになる。官吏の徹底した監視下の中で、ぼろを着ながら、質素な食事をとる。肉付きのいい体はげっそりと衰え、骨と皮になる。体には無数の刺青が入っている。何もかもが元に戻れない。

「いや! そんなの!」

 咲子は誰もいない部屋で叫んだ。空しい咆哮。

「どうしてよう! どうしてなのよう!」

 母のようになりたくなかっただけだ。苦しみもがき儚く散っていくことを避けたいと純粋に思った。王になるとか、死にたくないとか、そんな大それたことを考えたつもりはない。それがどうしてこうまでおかしな方向に行ってしまったのだろうか・・・

 すべては後の祭りだ。咲子は自ら己の持っているすべてを放棄したのだ。地位も名誉も最大の武器である美貌も。

 ただ今は裁きが下る時を待つしかなかった。

 夜になった。静かだった。外の見張りの兵が夕食を部屋に置いたきり。

 ただコツコツと誰かが部屋に近づいてくる。扉は外から鍵がかけられている。やがてガチャと音がして扉が開いた。誰だ、こんな夜更けに出立するというのだろう。

「あなた?」

「遅くなりましたわ。さあ行きましょう」

「どうして? 何があったの?」

「お急ぎくださいませ。あまりお時間がございません」

 夏帆は懇切丁寧な口ぶりで催促してきた。

「そんな、用意が。待てないの?」

「必要なものはあとで取ってこさせます」

 寝間着のままだというのに。やはり自分が仕出かしたことは早急にケリを付けたいということか。学園での楽しかった生活は終わりなのだ。
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