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第四部 楽園崩壊
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初めての談話は須世子とすることになった。場所は生徒会室であり、ここは普段から咲子がいつもいる場所である。部屋にはあらゆる学園を支援する財団からの贈り物で飾られている。兎の剥製。先の大戦で使用された短剣。格調高い檜で作られた机。座り心地抜群の黒革の椅子。生徒に宛がわれるとは思えないほどで部屋は生徒会の所有であったが、実質は生徒会長の咲子が独占していた。
咲子は自身の使命を果たすためには須世子を仲間に引き入れることが賢明だろうと思っていた。須世子の持つ人脈や 影響力は学内でも大きい。生徒会では経理を担当し、学内の予算は最終的には須世子の決定を踏まえて、学園側に提出される。
咲子は須世子とは幼いころからの友人であったが、言動や振る舞いには挑戦的な姿勢を感じていた。須世子は咲子をライバル視しており、崇めるような真似はしない。ただ物事を見極めることには才覚があり味方につけておけば大きいものがある。
王を目指すならば必要な存在。脅威になり得る存在をどう味方につけるかが王としての器量が問われるところだろう。
時間だ。16時に部屋に訪れるよう夏帆から伝えてある。
コンコンと扉を叩く音がした。
「入って」
須世子の丸い顔の輪郭は一見して優しそうに映る。ただ笑みを浮かべたときの口元から何か野心を秘めていることがよくわかる。何か機会を伺っているような視線。咲子は須世子と話をするときは自然と強い口調や姿勢で対応することが多かった。でも今日は腰を低くする必要がある。
「私に別途ご相談とは何かございましたの?」
「だって大事なことだもの。すぐに済むから心配しないで」
須世子はまあと言って差し出されたお茶に手を伸ばす。その一つ一つの所作に咲子は須世子もよき家柄に生まれた立場の者であると認識した。ともに四つの国と王に分断された中つ国を治める立場になれるだろう。
「それで? 一体どうなさったのです?」
やはり挑戦的だ。咲子は自分に対してライバル視を持つ者を生来好まない。時に力を持って押さえつけたくなるが、今日はその時ではない。
「前に話したかもしれないけど、将来のことよ。あの後ゆっくり考えて、結論が出たのよ」
「それは素晴らしいことですわ。咲子様の今後の素晴らしい将来像、ぜひともお聞かせ願いたいですわ」
「知りたいの? 私がどんな大望を描いているか、須世子様に想像できて?」
「剛毅なこと。一体どのような大望を心にお持ちなのか。ぜひお聞かせくださいませ」
「これは大胆だけど、失敗したらすべてを失いかねないことだわ。大いなる力を得るにはとても代償は付き物ですもの」
「大変なことですわ。今の御立場がなくなってしまうほどの? 私には想像もつきませんわ。ああ、私とても怖いですわ。咲子様がそんなご野心をお持ちとは。力とはそれほどまでに恐ろしいのですか?」
須世子は一見怖がっているようだが、内心世迷言を言っているのだと思っているのだろう。ならば見せてやろう。
「当たり前のことだわ。この世界を束ね、人々を統治していく力を私は求めているの。でも力を得たら永遠に美しさと若さを手に入れることができる。なら全ての地位を投げうってでもやって見せるわ」
須世子は眉間にしわを寄せる。咲子は何を言おうとしているのか、さっぱりとわからなかった。昔からの付き合いで、把握していたが空想癖があり物事を大きくしたがった。ただそれらがホラだと薄々気が付いていた。
でも咲子の口から出る言葉には自信がある。世界を統べる力を得る。その言葉だけ聞けば、気でも変になったのかと思わざるを得ない。
「なんとすごい力ですこと」
返す言葉が見つからない。半ば呆然とした須世子を見て、咲子は満足した。では本気度合を教えてやろう。
「ところで、あなた私の手首が気にならない?」
「はあ手首がどうかされましたの?」
ほら、と咲子は右腕をかざす。咲子はここ最近手に銀の装飾品を巻いている。
「とても素敵な飾り物ですわ。これが何か?」
「あなたは何をわけのわからないことと思っているかもしれないけど、私の決意の固さはここにあるのよ。普段は見せるものではないから、隠しているの」
「まあそうですか? 一体何があると?」
「知りたい?」
咲子はにやりと須世子に右腕の「666」の紋章を隠した装飾品を見せびらかす。次期聖女の立場にもある咲子が既成秩序を転覆させ、新王の即位を画策するカルト集団の一員だと知れば仰天するに違いない。
「何かとても大事なことが隠されているのですね。ふふ、何だかここで教えて頂いては味気ないですわ。少しお時間
を下さいませ。きっと当ててみせますわ」
「いいわよ。でも私が大いなる力を手に入れるには須世子様のお力が必要なの。次の談話の時には力になってくれるか返答も頂きたいわ」
「そうですわね。咲子様のお力とは何か、私にどのような利があるのかも含めて次回お話させてくださいませ」
2人はにっこりと笑顔を浮かべた。談話は終わった。
須世子が去ったあとに夏帆が静かに入ってきた。
「今終わったわよ」
「お疲れ様でした。いかがでしたか?」
「感触はいいわよ。まだ仲間になるかわからないけどね」
「そうですか。ただ須世子様は決して欠かすことのできないお方。時を置いて再度伺っておきましょう」
「もちろんよ。私が王になったら、それなりの地位を与えてあげるわ」
咲子は黒革の椅子に座り、足を組んだ。挑戦的で打算的な女だ。自分が王になったら、隙があれば王位を狙ってくるだろう。須世子はもろ刃の剣である。
「さ、今日はもう一人」
「ええ大切な方がもう御一方おりますわ」
咲子は柱時計をちらりと見た。
今度は多紀子の番だ。時刻は17時を回ろうとしている。咲子と須世子に並ぶ学内に影響を及ぼす存在である。多紀子は洗練された美しさを備え、弓道の腕前は卓越したものだ。ただ頑固すぎるほど真面目であり、交渉は難航するだろう。ただ一つきっかけはある。
再び扉が叩かれる。夏帆が扉を開けると入れ違いに多紀子が入ってきた。
「失礼いたします」
「忙しいところごめんなさい」
いえ、とだけ多紀子は言うと静かに黙った。しばし様子を見ることにした。多紀子はとても美しかった。細い整った眉尻。透き通った大きな瞳。細い紅色の唇。顔だけではない。すらりと伸びた細い足はモデルとして活躍できるほどで、世の中の人を魅了することができるだろう。また多紀子の質実な性格が、さらに外見をより美しくしている。
咲子は見られる立場であり、誰かに魅了されることは少なかった。ただ多紀子を見ていると自然と欲情が湧いてくる。こうしてみているだけでも満足ではある。多紀子ならば自分と並ぶ美しさを秘めている。
だから素直に褒めた。
「美しいわね」
え、と多紀子は戸惑った表情をする。
「あなたのことよ。多紀子様は子どものころからそうだったけど、お美しい御方」
「いえ」
「言われたことあるでしょうね?」
「私はそれほどの者ではございません」
「そんなことはありませんわ。あなたの真面目な物静かな御気性。あなたこそ聖女になるべき御方と最近思っておりますの」
多紀子は無言だった。
「何を突然とあきれていますわね。ふふ、前にお話ししましたが、将来のことをよく考えてみましたの。あなたは家を継ぐとおっしゃったわね」
「そうですわ」
「味気ないと思いませんの? 決められた路線をただただ歩む人生なんて、いかがかと思っているのよ。若さは今しかない。あなた、それでよろしくて?」
「ではいかがしろと?」
多紀子の切り返しは鋭い槍のようにまっすぐ突き刺さる。心に響くが、その反面相手を知っていれば対応はしやすい。
「おっしゃる通りよ。私ね、自身の望みに従って生きていこうと思うの。果たすべき大望が私にはできたのよ」
ご冗談をと多紀子は半ばあきれ果てたように言う。
「咲子様。私たちは18。子どものように夢物語を語り合うことはそろそろ控えなくてはなりません。現実的なことして私たちは宗家を継がなければなりませんわ。ましては、咲子様は」
咲子は手を出して牽制した。
「何の力もない聖女に何があるというの? 私は力がほしい。永遠の若さと美しさを持ち、人々の心を魅了し続ける。誰もが美しくあり続けるような世界を作るわ。あなたにも協力してほしい」
無理と承知で咲子は本音を話した。
「そのようなこと公の場ではお控えくださいませ。咲子様は公女」
「あなたは私に協力はしないとおっしゃるの? 幼いころより同じ屋根の下で学んだ私の意向に反するの?」
咲子は多紀子の家が代々聖族に仕える武家の出であることをいいことに威圧的に言う。主家に逆らうなど聞いたことがなかった。
「代々家が厄介になっており大恩はございますわ。それは別にとして。軽はずみなご発言は看過せずにはいられません」
堅いと咲子は思った。
「さすがね。ますますあなたのことが好きになったわ。でもあなたのことが好きな方は、私以外にも居られるようね」
「当学園に幼少の頃より入って以来、私は異性、同性共に無用な感情を抱いたことはございません」
「隠さなくてもいいわ。隣室の須世子様でしょう? 先ほど話したけど、須世子様は私のお考えにご関心を持たれたわ。私と須世子様、あなたで世を大きく動かしたいとは思わない?」
「須世子様とは古きからの御友人。もし須世子様も興味をお持ちというなら、私が説得して考えを改めさせますわ」
「まあいいわ。あなたと須世子様が懇ろよくしているという情報は私の耳に入っているわ。部屋にも幾度となく行っているようですものねえ」
多紀子は静まり返った。
「そのような軽挙妄動では私の心は説得できません。お話は以上でしたらこれで」
「待ちなさい。須世子とどんな関係になっても私は構わないのよ。ただあなたを見て、たとえ同性であれ心を感じえないはずはないのよ。気が変わったら私の部屋に来ることよ」
「いえ、お互いにしっかりとなすべきことをなすべきですわ」
「いいわ。行きなさい」
多紀子は去った。須世子は多紀子と密かな関係を結んでいる。あの洗練された美しさを須世子は味わっている。自分を差し押さえだ。そんなことが許されていいのだろうか。
本心では須世子も多紀子も自分の配下に置き、言いなりにしたい。そのためには力がいる。咲子は拳を握り締めた。
「終わりましたの?」
気づくと夏帆が部屋に戻ってきていた。
「多紀子は分からず屋よ」
「まあうまくいかなかった様子ですか。多紀子様は意思の固い御方。咲子様の大望をすんなり受け付ける方とは」
「でも受け入れさせる。あの子は必要。私、誰かを美しいなんて思わなかった。多紀子がほしいわ」
「まあ大胆なこと。王になるならば、ご友人の御一人ぐらい味方に付けねば」
「一人? もっと多くよ。この学園の花は私が愛でてあげるのよ」
「なら多くの者と接し、信者を作りなさいませ」
「もちろんよ」
「多くの者を魅了し、部屋に誘い己の欲するままに。王ならばそれぐらい大胆にならねば」
「わかったわ」
咲子は夏帆の助言に従って動いた。多くの者が生徒会室に呼ばれ、話をした。言葉巧みに相手を褒めちぎり好意があると匂わせた。その後幾人かを寝室に呼び、欲望を果たした。しばらくして咲子には好女というあだ名がついた。
学園内に姦淫の香りが漂い始め、咲子の信者は増えていった。
咲子は自身の使命を果たすためには須世子を仲間に引き入れることが賢明だろうと思っていた。須世子の持つ人脈や 影響力は学内でも大きい。生徒会では経理を担当し、学内の予算は最終的には須世子の決定を踏まえて、学園側に提出される。
咲子は須世子とは幼いころからの友人であったが、言動や振る舞いには挑戦的な姿勢を感じていた。須世子は咲子をライバル視しており、崇めるような真似はしない。ただ物事を見極めることには才覚があり味方につけておけば大きいものがある。
王を目指すならば必要な存在。脅威になり得る存在をどう味方につけるかが王としての器量が問われるところだろう。
時間だ。16時に部屋に訪れるよう夏帆から伝えてある。
コンコンと扉を叩く音がした。
「入って」
須世子の丸い顔の輪郭は一見して優しそうに映る。ただ笑みを浮かべたときの口元から何か野心を秘めていることがよくわかる。何か機会を伺っているような視線。咲子は須世子と話をするときは自然と強い口調や姿勢で対応することが多かった。でも今日は腰を低くする必要がある。
「私に別途ご相談とは何かございましたの?」
「だって大事なことだもの。すぐに済むから心配しないで」
須世子はまあと言って差し出されたお茶に手を伸ばす。その一つ一つの所作に咲子は須世子もよき家柄に生まれた立場の者であると認識した。ともに四つの国と王に分断された中つ国を治める立場になれるだろう。
「それで? 一体どうなさったのです?」
やはり挑戦的だ。咲子は自分に対してライバル視を持つ者を生来好まない。時に力を持って押さえつけたくなるが、今日はその時ではない。
「前に話したかもしれないけど、将来のことよ。あの後ゆっくり考えて、結論が出たのよ」
「それは素晴らしいことですわ。咲子様の今後の素晴らしい将来像、ぜひともお聞かせ願いたいですわ」
「知りたいの? 私がどんな大望を描いているか、須世子様に想像できて?」
「剛毅なこと。一体どのような大望を心にお持ちなのか。ぜひお聞かせくださいませ」
「これは大胆だけど、失敗したらすべてを失いかねないことだわ。大いなる力を得るにはとても代償は付き物ですもの」
「大変なことですわ。今の御立場がなくなってしまうほどの? 私には想像もつきませんわ。ああ、私とても怖いですわ。咲子様がそんなご野心をお持ちとは。力とはそれほどまでに恐ろしいのですか?」
須世子は一見怖がっているようだが、内心世迷言を言っているのだと思っているのだろう。ならば見せてやろう。
「当たり前のことだわ。この世界を束ね、人々を統治していく力を私は求めているの。でも力を得たら永遠に美しさと若さを手に入れることができる。なら全ての地位を投げうってでもやって見せるわ」
須世子は眉間にしわを寄せる。咲子は何を言おうとしているのか、さっぱりとわからなかった。昔からの付き合いで、把握していたが空想癖があり物事を大きくしたがった。ただそれらがホラだと薄々気が付いていた。
でも咲子の口から出る言葉には自信がある。世界を統べる力を得る。その言葉だけ聞けば、気でも変になったのかと思わざるを得ない。
「なんとすごい力ですこと」
返す言葉が見つからない。半ば呆然とした須世子を見て、咲子は満足した。では本気度合を教えてやろう。
「ところで、あなた私の手首が気にならない?」
「はあ手首がどうかされましたの?」
ほら、と咲子は右腕をかざす。咲子はここ最近手に銀の装飾品を巻いている。
「とても素敵な飾り物ですわ。これが何か?」
「あなたは何をわけのわからないことと思っているかもしれないけど、私の決意の固さはここにあるのよ。普段は見せるものではないから、隠しているの」
「まあそうですか? 一体何があると?」
「知りたい?」
咲子はにやりと須世子に右腕の「666」の紋章を隠した装飾品を見せびらかす。次期聖女の立場にもある咲子が既成秩序を転覆させ、新王の即位を画策するカルト集団の一員だと知れば仰天するに違いない。
「何かとても大事なことが隠されているのですね。ふふ、何だかここで教えて頂いては味気ないですわ。少しお時間
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「そうですわね。咲子様のお力とは何か、私にどのような利があるのかも含めて次回お話させてくださいませ」
2人はにっこりと笑顔を浮かべた。談話は終わった。
須世子が去ったあとに夏帆が静かに入ってきた。
「今終わったわよ」
「お疲れ様でした。いかがでしたか?」
「感触はいいわよ。まだ仲間になるかわからないけどね」
「そうですか。ただ須世子様は決して欠かすことのできないお方。時を置いて再度伺っておきましょう」
「もちろんよ。私が王になったら、それなりの地位を与えてあげるわ」
咲子は黒革の椅子に座り、足を組んだ。挑戦的で打算的な女だ。自分が王になったら、隙があれば王位を狙ってくるだろう。須世子はもろ刃の剣である。
「さ、今日はもう一人」
「ええ大切な方がもう御一方おりますわ」
咲子は柱時計をちらりと見た。
今度は多紀子の番だ。時刻は17時を回ろうとしている。咲子と須世子に並ぶ学内に影響を及ぼす存在である。多紀子は洗練された美しさを備え、弓道の腕前は卓越したものだ。ただ頑固すぎるほど真面目であり、交渉は難航するだろう。ただ一つきっかけはある。
再び扉が叩かれる。夏帆が扉を開けると入れ違いに多紀子が入ってきた。
「失礼いたします」
「忙しいところごめんなさい」
いえ、とだけ多紀子は言うと静かに黙った。しばし様子を見ることにした。多紀子はとても美しかった。細い整った眉尻。透き通った大きな瞳。細い紅色の唇。顔だけではない。すらりと伸びた細い足はモデルとして活躍できるほどで、世の中の人を魅了することができるだろう。また多紀子の質実な性格が、さらに外見をより美しくしている。
咲子は見られる立場であり、誰かに魅了されることは少なかった。ただ多紀子を見ていると自然と欲情が湧いてくる。こうしてみているだけでも満足ではある。多紀子ならば自分と並ぶ美しさを秘めている。
だから素直に褒めた。
「美しいわね」
え、と多紀子は戸惑った表情をする。
「あなたのことよ。多紀子様は子どものころからそうだったけど、お美しい御方」
「いえ」
「言われたことあるでしょうね?」
「私はそれほどの者ではございません」
「そんなことはありませんわ。あなたの真面目な物静かな御気性。あなたこそ聖女になるべき御方と最近思っておりますの」
多紀子は無言だった。
「何を突然とあきれていますわね。ふふ、前にお話ししましたが、将来のことをよく考えてみましたの。あなたは家を継ぐとおっしゃったわね」
「そうですわ」
「味気ないと思いませんの? 決められた路線をただただ歩む人生なんて、いかがかと思っているのよ。若さは今しかない。あなた、それでよろしくて?」
「ではいかがしろと?」
多紀子の切り返しは鋭い槍のようにまっすぐ突き刺さる。心に響くが、その反面相手を知っていれば対応はしやすい。
「おっしゃる通りよ。私ね、自身の望みに従って生きていこうと思うの。果たすべき大望が私にはできたのよ」
ご冗談をと多紀子は半ばあきれ果てたように言う。
「咲子様。私たちは18。子どものように夢物語を語り合うことはそろそろ控えなくてはなりません。現実的なことして私たちは宗家を継がなければなりませんわ。ましては、咲子様は」
咲子は手を出して牽制した。
「何の力もない聖女に何があるというの? 私は力がほしい。永遠の若さと美しさを持ち、人々の心を魅了し続ける。誰もが美しくあり続けるような世界を作るわ。あなたにも協力してほしい」
無理と承知で咲子は本音を話した。
「そのようなこと公の場ではお控えくださいませ。咲子様は公女」
「あなたは私に協力はしないとおっしゃるの? 幼いころより同じ屋根の下で学んだ私の意向に反するの?」
咲子は多紀子の家が代々聖族に仕える武家の出であることをいいことに威圧的に言う。主家に逆らうなど聞いたことがなかった。
「代々家が厄介になっており大恩はございますわ。それは別にとして。軽はずみなご発言は看過せずにはいられません」
堅いと咲子は思った。
「さすがね。ますますあなたのことが好きになったわ。でもあなたのことが好きな方は、私以外にも居られるようね」
「当学園に幼少の頃より入って以来、私は異性、同性共に無用な感情を抱いたことはございません」
「隠さなくてもいいわ。隣室の須世子様でしょう? 先ほど話したけど、須世子様は私のお考えにご関心を持たれたわ。私と須世子様、あなたで世を大きく動かしたいとは思わない?」
「須世子様とは古きからの御友人。もし須世子様も興味をお持ちというなら、私が説得して考えを改めさせますわ」
「まあいいわ。あなたと須世子様が懇ろよくしているという情報は私の耳に入っているわ。部屋にも幾度となく行っているようですものねえ」
多紀子は静まり返った。
「そのような軽挙妄動では私の心は説得できません。お話は以上でしたらこれで」
「待ちなさい。須世子とどんな関係になっても私は構わないのよ。ただあなたを見て、たとえ同性であれ心を感じえないはずはないのよ。気が変わったら私の部屋に来ることよ」
「いえ、お互いにしっかりとなすべきことをなすべきですわ」
「いいわ。行きなさい」
多紀子は去った。須世子は多紀子と密かな関係を結んでいる。あの洗練された美しさを須世子は味わっている。自分を差し押さえだ。そんなことが許されていいのだろうか。
本心では須世子も多紀子も自分の配下に置き、言いなりにしたい。そのためには力がいる。咲子は拳を握り締めた。
「終わりましたの?」
気づくと夏帆が部屋に戻ってきていた。
「多紀子は分からず屋よ」
「まあうまくいかなかった様子ですか。多紀子様は意思の固い御方。咲子様の大望をすんなり受け付ける方とは」
「でも受け入れさせる。あの子は必要。私、誰かを美しいなんて思わなかった。多紀子がほしいわ」
「まあ大胆なこと。王になるならば、ご友人の御一人ぐらい味方に付けねば」
「一人? もっと多くよ。この学園の花は私が愛でてあげるのよ」
「なら多くの者と接し、信者を作りなさいませ」
「もちろんよ」
「多くの者を魅了し、部屋に誘い己の欲するままに。王ならばそれぐらい大胆にならねば」
「わかったわ」
咲子は夏帆の助言に従って動いた。多くの者が生徒会室に呼ばれ、話をした。言葉巧みに相手を褒めちぎり好意があると匂わせた。その後幾人かを寝室に呼び、欲望を果たした。しばらくして咲子には好女というあだ名がついた。
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