七宝物語

戸笠耕一

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第四部 楽園崩壊

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 春だった。桜が咲いた。風が吹くと桜の花は散り、周囲を桜色に染め上げる。咲子がその中心で多くの同世代の共感を集めていた。

「とてもお美しいこと。最後を飾るのにふさわしい御姿でしたこと」

「ええ。これでもうおしまい」

 咲子18歳。学生生活最後の夏のひと時は全て被写体に収められた。あとはもう己の課せられた使命を果たすだけである。モデルも舞台から降りてしまえばあっけないものだ。舞台は片付けられていく。

 みんな去っていく・・・

「さあ学園に戻りましょう」

 一緒にいた少女が優しく言ってくる。2人は同じ馬車に乗ることになっている。この2人は同級生だったが、主従関係にあった。

 撮影所を出ると大勢のメディアが押し掛けていた。フラッシュが焚かれる。近くに寄りすぎるカメラマンを護衛が間に入る。咲子はこの国のⅤⅠPなのだ。

「咲子様。御撮影はいかがでした?」

「咲子様。素敵なお姿。こちらをお向き下さいませ」

「咲子様。これが最後の写真集なのですか?」

 耳から入ってくる大勢の声と視線。もう慣れている。幼少の頃から、咲子は注目を受けていた。生まれたときからもそう。入園式、入学式、各国の大使との謁見。あらゆる場面で咲子は大勢の者たちから語りかけられる。誰もが咲子を最上位の尊敬語を付ける。

 なぜなら咲子は特別な存在だったから。

 馬車が待っている。大勢押し寄せているためか、徐々にしか前に進めない。煩わしい。それでも負の感情は出してはいけない。馬車を前に、咲子は振り返る。

 人々の声が止む。視線は一点に集中する。皆が求めている。咲子の言葉を。

「皆様。このようなお暑いところお集まり頂きありがとうございます。また見苦しいところを申し訳なく。咲子は、これより学園に戻ります。半年の修練を積み、また皆様とお会いできるのを楽しみにしております」

 よどむことなく咲子は大衆が求めていた言葉を述べた。少し間があった。

 最後に少しだけ微笑み、会釈をする。

 背後から呼びかけられるが、返事はしなくていい。多くを語る必要はない。あとは馬車の窓越しに笑顔を返すだけだ。

 馬車はゆっくりと前進していく。やがて速度を上げ、市内を進んでいく。街のあらゆるところから人々の視線と歓声が聞こえてきた。しばらくして市外へ出た。学園は人里離れたところにある。白亜の街並みは消え、あたりは牧草地帯に入る。

 あーあと咲子は声を出す。ようやく一息つける。

「最後まで素晴らしい御姿。夏帆、とても感銘を受けましたわ」

「ふふ、これぐらい慣れているわよ」

「さすがですわ。これからのご活躍を私心から」

「いいわよ。お世辞なんて。ねえ膝貸してよ」

 咲子はずっと横に付きっ切り少女の膝を借りる。少女の名は夏帆という。咲子の小間使いで、13の歳からのお付き合いである。仲が良く主従とはいえ、友達のような間柄だった。咲子にとって夏帆はなくてはならない存在だ。

「疲れたわ」

「ゆっくりお休みくださいませ」

 夏帆のしなやかな手がそっと咲子の頭を撫でる。外では品よく人々に振舞ってみせても夏帆の前では子どものように甘える。

「これ」

「はい? 何です?」

 咲子は何を思ったのかそっと懐から手紙を取り出す。

「お婆様の、いえ陛下からの手紙よ」

「はあ」

 夏帆はそっと閉じられた便箋を開き、中に目を通す。

「読んでみなさい」

 夏帆は命じるがまま封書を読み上げる。

『前略 愛する咲夜子様。しばらく会いませんが、いかがお過ごしでしょうか? あなた様も18歳になり、いよいよ卒業も近くに控えております。学業も武芸もしっかりと悔いの残らぬよう勤め上げてください。また近年、あなた様はとても人々の好奇に触れる機会が多くあるようです。とても素敵な写真集をいつも拝見しております。そろそろけじめをつけ、あなた様の未来のためこれまでのご経験をお活かし下さい 敬具 成子』

「とても素敵なお言葉。咲子様はこれをどうお思いです?」

「けじめをつけろと。私が輝いているのがだめだって言っているのよ」

「そんな。陛下のご自愛と思し召しくださいませ」

「嘘よ。お婆様は最初からモデルなんて反対だったのよ」

「ふふ、人から見られるお仕事は移り気が早いもの。咲子様は次の聖女となられる御方ですわ。そろそろ気を変える頃だと」

「いやよ。私はときめいていたいのに。どうして聖女なんて」

 聖女。それは天からやってきた使者だった。地を治める王たちは聖女を崇めることで統治権の信任を得ている。聖女は常にこの世の人と大地が安寧であることを祈る。聖都の中心にある宮廷で日夜、行に耽る。その行いは継承者が25歳になるまで欠かさず行う。

「これは宿命。咲子様はこの世の安寧を祈るお立場。陛下のお気待ちをお察しくださいませ」

「夏帆、あなたまでそんな」

「私が傍におります。ご安心くださいませ」

「どうしてなの? 私だけ何でこんなに早いの?」

 通常なら25歳までは公女は気兼ねなく生活が送れるはずだった。

「それは・・・咲子様もよくご存じのはずですわ」

 咲子は首を振る。事実として知っていることだが、理解は全くできない。咲子の母、寄子は10年前。酷い難産の果てに死んだ。27歳だった。突然の後継者の死に、寄子の母の成子は譲位をせず、しばらくの間聖女になった。それから10年がたった。成子も高齢となり行をこなすことが厳しくなった。

 結果として咲子への譲位は20歳をもって行われる。その前に、宮廷に入り奥義を会得する必要がある。咲子は置かれた状況を呪った。華がある若さを宮廷で過ごすのだ。見合った男と婚約し、後継者を作る。25年後まで聖女であり続ける。すべてが終わっている。

「もういいわよ、もう」

 咲子の目に涙があふれていた。そっと慰みにもならない外の景色を見る。辺りは開けた牧草地帯。遥かなたの市外も後方に映る。

「宮廷が見えるわ」
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