七宝物語

戸笠耕一

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第三部 戦争裁判

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 午後十四時。裁判所から戻り、お昼の休憩を取ったのち、審議は始まる。

「王による裁判の開廷により、今回我々にのみ特別法である王法が、開示されています。原本のコピーは禁止。メモは問題ないですが、くれぐれも無くさないよう。また原本は、午前九時から午後九時までこの会議室のみで内容を確認できます」

「一つ、聞きたい」

 政本の説明に、六の国裁者が口を挟む。

「王法の開示を請求したのは君かな?」

「ええ」

「何もわざわざ公開を求める必要はあったのかね? 烈王を有罪とするには、すでにほかの法で下せる。王のみにしか、明かさない法を願って見せてもらう必要はあるか? それにあの化け物じみた態度を見ただろう? あんな野獣即刻死刑にすべきだ」

「もちろん。烈王は、王位を頂く者。王が犯した罪について、全ての法に照らし合わせ審議する必要があると思います。あと残念ながら、行動が野獣であろうとも彼は鉄器とした人間であり王なのです」

 ふーむ、と全員がうなる。

「裁判など、形式的でいい。罪人二十五名は、死刑だ。間違いない。決まったことをだらだらと話す必要はない。とっととやろう」

「申し訳ないが、審議が始まっていないのに公式の場で量刑を決めるのは、よろしくない。控えてください」

 政本は、いきり立つ伍の国の裁者を注意する。彼はすねた顔を浮かべる。

「さて、西王の開廷宣言により王法が開示されます。本日は、王法の内容の把握と理解を進めていきたい。皆さんいかがでしょうか?」

 全員の顔を見る。ま、大体賛成だろう。念のために、多数決を取る。

「賛成の方は挙手を」

 彼の言葉に、皆が静かに手を上げる。全会一致。

「では、こちらの金庫に収まっている王法の開封をお願いします」

 鍵は、王の使いの者が持っている。彼らが決められた時間に金庫を開け閉めする。

 中から取り出された黄色いしみがついた古文書に『王に対する法律』と記されている。色しみは、はるか昔から存在している証。歴史を感じされられる。

「どんなものかと思いきや、憲法ほどではないな」

 ええ。

「では内容を」

「あ、お手元の白手袋を着用してご覧ください。汚されては困ると」

 黒服の王の使いが言い、一同これをはめる。

 まずは一ページ目。この法の制定者の名前が記されている。知っている名は、西王と先の五の国王だけである。最後に、王の御璽が押されている。

「知らん名だ」

「歴史ある法律である証でしょう」

 二ページ目。法律に必ずある前文だ。そこには王の心構え的なことが書いてあった。法の大家たちは、ゆっくりと歩調を合わせながら読み進めていく。中でも彼らが目を止めたのは、王法第九条だった。内容のこうだ。『王はいかなる理由があろうとも、他国の領地に侵略し、領民を侵してはならない。ただし、以下の項目は除く。一.同盟国が他国より侵略を受けており、その影響が自国の及ぶ場合。二.他国の王が不在時、その領地領民を保護する場合』。

 王法の争点は、これかと皆が思った。九条は、まさしく王が侵略戦争することが禁止されていることを認知していたか否かを問うている。

 全てのページを読み終わったとき、ふうというため息がもれ出る。

「一度ではわからん。最低限のことを紙などに移させてくれ」

「文章の内容を移すのは控えてください」

「何だ? それでは困る」

「決まり事ですので。概要や要約ならば可としています。ただし処分することを忘れないよう」

「仕方ありません。そうしましょう」

 まずは認識合わせだ。全員が王法においてどこを争点としているのか、まとめ上げなければいけない。

「皆さんにこの法律について見解を聞きたい、益川さんいかかがです」

「王法はざっと見ましたが、王の権力を抑制するもの。彼らの無尽蔵な力を制御するため、現したもの。今回の裁判は、王が主導となり領地領民を犯したことです。気になったのは九条。これに違反するか否か。私は違反だと思います」

「では、春川さん」

「れっきとした法律違反じゃないか? ええ? あの獣ほど他国の領民をけがした者はおらん」

「いえ、まだ罪人の認否はおろか個人弁論も聞いていません。まずは烈王に王法について認知してか否かを聞かなくては」とすかさず六の国の裁者立沢が割って入る。

「そうです。初見で、量刑を下さしてはならない」

 また割れたか。政本は、内心忌々しく思う。

「確かに、烈王は九条に反したことをしているようです。ただ、例外として二項ついている。これについて審議は不十分です。当時、先の五王は死に、南都を含めた五国は守りを欠いておりました」

「だからこそ烈王に、攻め入られ多大な被害を受けたのだ」

「他国の保護を目的としたかも?」

「あり得ん。それについては、第十条に記されている通り『九条二項が適応される場合、他国に駐留する軍勢は、一万と定める』と書いてある。私は、まざまざと敵の軍を目の当たりにしたが、ゆうに数万はいた。これはもうはっきりとした侵略だ!」

 うーんとうなり声が響く。

「まあここで決は出さず、検察・弁護人の主張を聞いて最終的に下しましょう」

「そう、悠長なことを言っていてよいのか?」

「何か不測でも?」

 春川は、早くも政本を下に見ていた。このような単純明快な裁判を、四十程度の男に裁けるのかと、不審に思っていた。

「まあいい。連中の話とやらを聞いて見ようじゃないか」

「ええ。もちろんです。審議を深く聞き入れ、判断するのか我々の役目です」

 ふん、と春川は鼻で笑う。お前を認めないという感覚が明らかに出ていた。

 裁者の役割は、検察の起訴状を読み上げることから始まる。部屋に戻った政本は、机に置かれた資料を見た。起訴状だ。目を通しておく必要があった。連合国最高委員会から送られてきたもので明日、起訴状の読み上げと罪状認否が行われる。

 さすがに戦争裁判とあって、資料は膨大だ。彼の経験上、これほど分厚い起訴状は、初めてだ。

 はあ、とため息が出た。単に資料を読み上げるだけだったら、実に楽だろうが、問題は裁者のまとまりのなさである。同時に、度重なる催促も彼を苦しめていた。

 だが、迷っていることなどおくびにも出してはいけない。

 彼は心の迷いを、片隅に起訴状を一ページずつ読み上げていった。パサパサという資料をめくる音が、夕刻から深夜までしていた。
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