七宝物語

戸笠耕一

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第三部 戦争裁判

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 烈王戦争裁判は、聖都ホテルより徒歩五分の、中央最高裁判所で開かれる。多くの国の通常裁判は、三審制を取っている。しかし戦争裁判といって特別な裁判は一回だけ行われる。戦争裁判の開廷を宣言するのは、王の務めだった。

 彼らは、ホテルの玄関口に出たときから、好機の目にさらされている。人は記者や、警備人、野次馬などで殺到している。フラッシュが幾度となくたかれる。瞬時の光は、裁者をイラつかせる。それでも彼らは毅然としている。

 まずは王に拝謁する。それから所定の場所に向かう。

 形式的で、事務的な挨拶だ。上に立つ者の言葉を賜って、五人の裁者は第一大法廷に向かう。扱われている裁判の中で、大規模な裁判はここで審議されることになる。

 五人が法廷に姿を現した時、傍聴席はすでに満席だった。被告人たちも当然官吏に引き連れられて留置所からきている。法廷はざわついている。そう、政本が静かにさせないといけない。

 真っ黒な裁判官席に着くと、机に置いてあった小槌を手にした。場を指揮するのが、彼の役割だった。

 十二時が定時である。その時が来る。

 前を見る。皆も時間になったこと知っている。老若男女、多くの者の目が政本博也を見つめている。

 ダンダン――

 始まりの合図。

「これより烈王戦争裁判を開廷いたします。壱の国王殿下萌希様により、開廷のお言葉がございます。皆さまご起立ください」

 王は、三権のうち行政の長だから司法には口を出さない。しかし、今回のような特別な裁判には、彼女の開廷宣言が必要だった。罪人に王がいて、王法を犯した疑いをかけられているから、王が立ちあう必要も兼ねている。

 ゴーン、ゴーン。

 銅鑼の音は、位の高い者が登場することを示している。五人は背後を向いた。法廷は、裁者の席が本来一番上だった。しかし中央最高裁判所は、王が開廷をすることがあり、王の椅子が、裁者より上に置かれている。

 赤いビロードが開かれる。左の扉が開かれる。付き人とともに、礼服で身を包んだ西王の姿がある。後ろに金のお盆に乗せられた巻物がある。あれに式辞が書かれている。

 王の動きには、無駄がない。彼女はこの場で求められている気品や立ち振る舞いを、粛々と実行した。

「ただ今より、烈王戦争裁判を、ここに、開廷いたします。ここにいる被告人たちは互いに謀議し、他国の領土を不当に侵入し占領した罪を問われています。また民を多く凌辱、虐殺し、その所業は冷酷無残としか言いようがありません。参の国王は、王たちの戒めである王法を無視した罪、さらには、参の国王と死んだ四の国王は、聖女陛下の実の弟でありながら、陛下のご意向を無視し不当に自国に連れ去り、聖女の地位、そしてお命を奪い取り、弑した聖女に対する罪でも訴えられているのです」

 そうか、あれを裁くのか。厳めしい、三か月の拘留で、ひげや髪を伸ばし荒れ狂った浮浪者のような烈王の処分を決める。そばにいる係累たちとともに。死は免れない選択とはいえ、判断を誤ってはいけない。

 勝者の西王は、用意された文章を淡々と読み上げている。敗者の烈王は、黙々と話を聞くよう課せられている。この世の覇者を目指した男は、策を誤り戦に負けた。哀れなものだ。この場にいられる唯一の救いは、彼から王の威厳がなくなっていないことだ。それすらもなくなれば、彼はただの浮浪者になり下がる。

 政本は、静かに烈王を見つめていたが徐々に様子がおかしくなっていくことに気が付く。

 目は充血し、体が震えている。手足の自由を奪う枷がガタガタと震える。

「お、おい……」

 警護官が異変に気付くと、たちまちのうちに周りに波紋が広がる。ただ一人、西王を除いて。ついに正常と異常を分ける分岐点に到達する。

「うああ!」

 烈王は突然たちがあり、西王に飛びかからん勢いで前に進み出でる。一人がそれを阻んだが、到底抑えきれず数名の警護官が彼の手足を抑え込む。周りにいたすべての者が、彼のさまを見て脅えている。

 押さえつけられてもなお烈王は、むうう、と獣の唸り声をだす。ああ、これは地獄からの叫びなのだ! 彼により無残に殺された者たちの霊が、彼に取りついたかのようだ。

「被告人、参の国猛瑠。あなたの退廷を命じます」

 王の眼下で、政本は素早く彼の退廷を告げる。

 大柄な警護官が大きなごみを運び出すように、烈王を連れ出す。だが珍事の中でも、西王は静かに式辞を述べている。

 西王は、本人が意図せずともぶれることのない強烈な意志を示している。これには裁者たちは悩む。この様子から、誰もが西王が裁判を進めるだろうと民は感じる。やはり王は王が裁くのかと。

 力ある者が裁くという定説を変える。国民が裁いているのだとこれから証明しないといけない。

 王の開廷宣言は三十分に及んだ。すべてが終わったとき、彼女は粛然と去っていた。あとには、澄んだ空気に残された者たちの姿があった。
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