七宝物語

戸笠耕一

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第三部 戦争裁判

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 顔合わせの時が来た。

 聖都ホテル二十階。エレベータを降りて、左に突き進んで、角の会議室に広さ二十畳ほどの部屋に、裁者が集まった。そこが彼らの話し合いの場である。会議室には五人。扉の外にガードマンが二人。二十階は彼ら以外に誰もいなかった。記者も入ることは出来ず、フロア自体が巨大な密室となっていた。

 そんな中、彼らの初顔合わせと裁判の見解について話が始まっている。

 すでに議論は紛糾している。政本が被告人二十五名と訴因について述べたとき、早速指摘が入る。

「訴因についても概ね検察側の立証に許諾する。量刑も死刑だ。これほど簡単な裁判はないよ、政本裁判長」

 さもあらんとばかりの表情をする伍の国の裁者である春川が強い口調で言う。

「いえ、そう簡単ではない」

「ほう、君は何が難しいというのだね?」

「被告人には『王』がいる。彼については王法に反したかどで訴えられています。この金庫の中に王法について書類が入っている。これも精査し――」

「ああ、烈王については我が国に連行し、即刻死刑とするよう申請中だ」

 その言葉、周りを騒然とさせる。

「何をおっしゃいます? 被告人を審議するために連合国の裁者が集まっているのに、なぜ伍の国で勝手にするのですか?」

 心外だと言ったのは、六の王だった。

「簡単なことだ。我が国が最も烈王により被害を受けている。当然、あの男の報いは我が国が与えるべきだ」

「被害は、大小問わずどこの国も受けております」

「そうです。一国が、勝手に判断を下すなど間違っている。あなたの口調では、ロクな裁判も開かずに死刑にするようにうかがえる」

 ガタン。

 椅子が倒れ、そこに仁王のように立ちはだかる春川がいた。顔は真っ赤に染まり、あまりの怒りに異様な空気を放つ。

「我が国の被害は甚大だ!」

「み、皆さん。落ち着いて」

 話が白熱してきた。流れを穏やかにさせるのも、裁判長の責務だ。

「どうやら感情的になっています。まだ審議も始まっていないのに落ち着きましょう」

 ところで。

「春川さん、あなたの国は烈王を連行して、誰が王の命を絶つのです?」

「決まっている。伍の王だ。王の過ちは王によってのみ償える」

「尚更、連行することに私は反対だ。伍の王は、烈王に恨みを持つ一人だ。到底客観性もできない。もともとは烈王に復讐するためにさ迷っていた男だ」

「そう、私刑はあり得ん。それに王は、人が裁くべきだ。王の王たる西王がそう望んでいる」

「西王は、戦争は聖女と王と人と法により裁かれるべきといった。王が王を裁いで何が悪いのだ?」

「それでは、聖女と人と法がないがしろにされている」

六の国、七の国の裁者がそろって反対する。だろう、政本も烈王を聖都から出すつもりはなかった。

「伍の国に起きたあらゆる略奪、拷問といった目に余る被害には同情する。しかし、言い国の王と、指導者を裁くた
めに我々は集まっています。一国の心情に配慮して、特別な措置は認められない」

「ま、いい。ここで言っても無駄だろう。だから連合国本部の長である西王その人に申請中だ」

「それについて一言」
ここで黙っていた益川が話し出す。

「申請は、時期に却下される方針でしょう。また被告人二十五名は、政本裁判長以下五名の裁者で合議し決めろと。行政は一切裁判に口は出さないそうです」

「益川判事ありがとう。これで、一つ方針が出ました。被告人については、検察・弁護の見解を聞き、五人の多数決により決めましょう」

 話し出して三十分。やはり王の処遇で対応が分かれる。被害のひどい伍国は絶対に死刑で、王による裁かれるべき。一方、被害なく済んだ国は、法に準拠した判例を出したがっている。

「本日は、ここまで。今日は紛糾しすぎています。まだ裁判も開廷していない。明日の午後また集まり審議しましょ
う」

 第一回烈王戦争裁判の討議は終わった。これは先の長い裁判の始まりに過ぎない。

 その後のこと。

「やはり割れましたね」

 益川は、政本に告げる。

「ええ」

「私は、伍の国側に付きます。烈王を自国に引き渡すのには、反対だが、彼は二十五名に死刑を宣告することを望んでいる。これには賛成します」

「多数派をあくまでも築きたいと?」

「ほかの二人は、死刑は烈王を除いて反対の立場だ。彼らは、人道を重んじている。配下の者は、烈王の恐怖に意見
を述べられないという見解で反対ですよ」

「詳しいですね」

「この世で一番情報を握っている部署にいる者ですから」

「なぜ私に情報を教えてくれるのですか?」

「裁判を遅らせないためですよ」

 益川の口から聞くのは、二度目だなと思った。

「これで二対二だ。態度を明らかにしていないのは、あなただけですよ?」

「私は五人の意見を平等に聞いたうえで判断しますよ。裁判長としてね」

 ええ、ええと彼は言い募る。

「結構なことですよ。正確ですから。ただ時に速さも求められていることをお忘れなく」
益川は、すんなりと言い切ると、頭を軽く下げてその場を去る。

 二対二。あとは一人がどうするか。すなわち自分がどうするかだ。

 政本は、部屋に戻るとすぐにシャワーを浴びる。判断に迷ったとき、彼は体を洗い流すことで、心のわだかまりも流そうと思った。北洲の司法府の副官室に、呼び出され辞令を承ったときから分かっていたが、この裁判は負担が大きい。特に裁者の長を務めるのは、重圧にさらされる。だが弱音は見せてはいけない。

 放射状に飛び出すお湯により、もうもうと湯気が立ち込める。薄っすらと先が見えない現状の中で、政本は白いタイルにぎゅっと指を立てた。お湯が滴り落ちる。物事が、上から下に流れる湯のようにすらすらと捗れば。裁判はいつだってそうだ。判断を下す者が、結局責任を取らなければいけない。

 まずは、明日の王の裁判の開廷宣言だ。すべてを見られる。すべてを……
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