七宝物語

戸笠耕一

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第三部 戦争裁判

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 宮殿の西側。行政府の三十階の会議室。長いテーブルには西王を頂点とし、閣僚、軍人二十名が腰を掛けている。皆経歴は様々なれども、高位高官にあるものらしく、威厳のある面持ちであった。ここに、連合国最高委員会が開かれた。主な議題は、戦後の処理について。話の軸は、戦争犯罪人に関してだ。

「戦いは終結しました。しかし、私たちにはやるべきことが残っています」

「はい、殿下。まずは本戦争の容疑を受けている者が連行されております。これらを取り調べ、起訴不起訴をまず判断いたします」

「ええ」

「それと並行で裁者を選ぶ必要がある」

「裁判という前に裁者が決まっていなければ話にならない」

「これについては各国より一人ずつ代表として選出してはいかがでしょう? すでにこの提案は、七の国からなされ
ております」

「いいでしょう。とにかく裁くのは司法の役割ですから、行政は司法が出した人からより優れた者を選んだら、手を引きましょう」

「では、西王殿下。夕美殿下を呼び出さなくては。彼女が司法の長なのですから」

「彼女につきましては。明日宣旨を出しますが。四の国の統治をお願いする予定です。司法の長は、大体誰にするか
決めていますし、これについては後日話し合いを」

「何ですと?」

 二十名がざわついた。

「彼女も王なのですから。統治すべき土地と民が必要でしょう。彼女には戦時中はよく支えてもらいましたが、烈王
という脅威がなくなって、王は国に一人いれば十分です。ま、そのことはこれまでにしましょう」

 一国に、二人の王が三権のうち二つの頂点に立つという一の国の仕組みは、烈王戦争の終結とともに終わりを告げ
た。あっけない終わりだった。詳細は、西王が議題に挙げることを拒み、この話は打ち切られた。

「各国から一人裁判官を選ぶのはいいでしょう。問題は、我が国から誰を裁判官として推認するか」

「恐れながら、殿下。裁者については、司法府の副長官として、長官が遠征時、内々で裁判官の候補を選んでお
きました」

 西王から見て、左に二つ目の席に座っている男が話し出す。

「素晴らしい。それで、候補の者に関して、経歴書を提出して頂けますでしょうか?」

「もちろんです」

 彼の言葉に反応し、後ろに起立していた使いの者が手にした資料を全員に配りだす。

 計五枚の紙には、写真と本名と経歴が記されていた。

「どれも司法府を代表する立派な経歴の持ち主でございます。ぜひ、皆様に御裁可頂きたく」

 ぺらぺらと紙をめくる音だけがした。

「ああ、こいつはだめだ」

 いかにも軍人という身なりの男が、一人の人物に対し異議を申し立てた。

「この、高橋悟という男だ。こいつは三年前、六の王より頂いた品物を強盗団が襲った件について、捕らえた賊を死
刑としなかった男だ。軍の威信にかけ、全員の死刑を求めたのに、罪人は飢えに苦しんでいたとか屁理屈をこいて、
全員を有期刑にした男だ」

「それで、何故だめなのです?」

「分からんのか? 本件については、全員が有罪でかつ、最高刑に処す必要があるのだ。無用な屁理屈にかけて温情
を与える男を軍部は選任できない」

「なるほど、確か三年前の件は疑問を提起する事件でした」

「ですが、かつての一般の犯罪と本件を同列に語るのは宜しくないのでは?」

 何を、と軍部の長がいきり立つ。

「殿下、私が思いますに。高橋は、三年前の件を除き、問題はないように思われます。他の四名については、まず佐
藤ですが彼は三十二と若すぎます。戦争裁判を担うには、見識を持ったものが選任されるべきです」

 話に割ってきたのは、眼鏡をかけた法務の長だった。

「では、四枚目の松本はいかが? 年齢はよろしくって?」

「いえ、彼は逆に高齢です。来年、退官を控えている男がなぜ候補として挙がっているのかはなはだ疑問です」

「何、問題ないと思うがね? 裁判など一年もかかるのかね? 即死刑になるような大犯罪者たちじゃないか?」

「果たしてそうでしょうか? 烈王は王位を頂く者であり、亡き陛下の弟にあらせられます。裁判もまた熟慮を重ね
る必要があると思います」

「各国の民や王は、烈王以下すべての罪人に死相当の罪が与えられることを願っているはずだぞ?」外務の長が反駁
する。

「それはもちろん。しかし、感情的にならず裁くことが賢明なのです。たとえ、悪の化身だろうと」

 法務の長の理路整然した主張に納得する者は多い。年齢、経験、経歴といった様々な要素において二十人が一致す
る人物は現れず、議論は平行線をたどった。やがて非難の矛先は、候補を選んだ司法の副官にも向かう。

「おい、この選任はもう一度やり直した方がいいのではないか?」

「そうだ、経歴に穴がある者が多すぎる」

 本来なら、十五ある行政部の長と王が集まる会議に呼ばれないはずの副官が来て、彼は上役ににらまれた蛙のよう
に委縮していた。

「それはなりません」

「殿下……」

「裁判は、当然司法が主導で行います。彼らが最善とする候補を、我々は行政の助言をする立場で申し上げておりま
す。再提出は、行政の司法への干渉となります」

「おっしゃる通り。本国の憲法に、三権は他の権利に干渉してはならぬと書いてあります。我々は、司法が選んだも
のから助言の立場に置いてから選ぶ必要があります」

「ええ、私から言わせれば候補は二人に絞られると思いますわ」

「英邁なる殿下には叶いませぬ。一体どなたが適任なのでしょうか?」

「政本、橋田」

 彼女の言葉を、二十人は繰り返し、互いに顔を見合わせた。

「恐れながら殿下。政本は大した経歴もなく、地方官ですし、法家の生まれでも何でもない男です」

「彼については、私が推すのは、あなたが申し上げたことが理由です。要は、名もなき者というわけです。民という
のは、そういうもの。一つ一つは名前などない世界を組み立てる部品に過ぎません。だからこそ彼を私は押します」

「そ、それはいかなる理由でしょうか……」

「本戦争において、もっとも傷ついたのは民なのです。彼らに裁く権利を与える必要があります。ならば、民に最も
近しい者が押されるべきでは? 民に近いということは、彼らを統合する存在である陛下の代理ともなります。裁者
は、聖女と王と人と法に則した人でなくては」

 王の言葉は、確かだった。西王は、もう一人の人物について理由を述べるが、明らかに最善と考えているのは最初
に言った政本であった。

「ほかの三人について、推認を差し控えたいのは、ここに集まる者の見解をまとめたまでです。私の意見は、以上と
なります。そろそろ決を下しましょう」

 やはり議論は、西王によって閉められた。こうして、二時間にわたる討議で、裁判官が選出され、詔書がまとめら
れた。二千人の職員がいる司法府に報告された。
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