姉妹 浜辺の少女

戸笠耕一

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ストーリー

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 もと来た道を戻る。砂利道なので、歩くたびに靴が石と擦れ合う。こういう道を通るとせっかく手入れをした靴が汚れ擦り切れている。
 
 できれば、さっさと切り上げてのんびりしたいものだ。太陽は気づけば高く上り、これから沈んでいく。昼下がりの日差しが、林の合間から差し込む。

「で、今日はどうする?」

「何もやることは決まっているんだ。犯人検挙まで、護衛を続けるだけさ。今日はパーティだろ? 犯人が襲ってくるとしたら今日が一番高い。」

 全く、と私は思いながら、現在の状況に適応してきた。新出はやると決めたら、下らないことでもやる性格の持ち主だったから反対しても仕方ない。

 扉のチャイムを鳴らす。時間を経つ。扉が開錠される。美女が現われる。この家を訪れる者は、それを垣間見ることができる。

「まあ。来て頂いてお嬢様もお喜びますわ」

 何だって夏帆さんは、こういう口の利き方をできるのか教えてほしい。

 私たちは、爽やかな美女の微笑みに歓待され邸内に入る。

「誰か来た?」

「ええ」

 邸内のダイニングは左右ガラス張りで、透き通った緑の庭が左右に広がっている。差し込む光に照らされ、無邪気で、永遠の少女美果の顔が視界に入った。また彼女の隣に、髪の薄いラフな格好をした三十過ぎの男が、隣に座って話しかけていた。美果は少し怪訝な顔をしていた。

 今にも抱擁を交わしたくなるような男の欲を掻き立て、守ってやりたくなるような素敵なキャラクターとして有名な秋月美果。

 彼女を視界にとらえたとき、私はどこかに違和感を覚えた。昨日も美果に会ったが背丈も顔立ちも少し小さいような印象を受けた。まさか、薬で縮んだわけじゃない。でも、リトルだった。

 二人は、きょとんと目の前の少女を見つめていた。

「プ、夏帆さん。このおじ様たちは?」

 四十過ぎのおじさんのポカンとした顔は、少女にとって滑稽だった。

「お姉さんが雇った探偵のお二人です。新出傑さんと、小林卓さん」

 探偵という響きが珍しかったのか、彼女はヘエと言い、私たちをジロジロと観察した。

「突然お邪魔して申し訳ありません」

「どうも」

「新出さん。もう美果さんからお話はうかがっていると思いますが、妹の未来さんです」

「ええ、この度はお姉さまがとんだ災難に遭ったようで。私たちが、これ以上被害が出ぬよう万全を期すのでご安心ください」

「え? 本当に?」

 未来は思わず口を覆う。おおよそ信じられない様子だった。美果が嘘つきというのは、血を分けた妹も同じ評価のようだ。

「騙されていない? お姉ちゃん、男遊びがすごいからね。ご家族とかいないんですか?」

「ええ。僕も彼も独り身ですので」

「そう。お姉ちゃん可愛いのはわかるけど、飽き性だからさ。すぐ捨てられちゃうかも」

 妹も姉に似て、生意気な口を聞く。

「お気になさらず。私たちは、ただの探偵。いえ、日本一の探偵とその助手です。犯人の上げることが仕事ですから。私情は挟みません」

 嘘つけ、と私は言いたくなる。彼の自信たっぷりの一言に、今度は彼女がポカンとしていた。

「そう」

 ただいまー、と背後の廊下から声がした。紛れもなく美果の声だ。

「あっ! 来ていたの!」

 美果はパンと両手を叩いた。

「未来。あんた来ていたの。さあ紹介するわ。こちら私のキュートな天邪鬼だけど、天使な妹の未来。そしてこちらは、ご存知我らが日本一の名探偵新出傑大先生と、その助手の小林卓さん」

 やっぱり私は脇役だ。まるで横綱の左右にいる太刀持ちと露払いのようだ。事実そうなので、否定はしない。誇張な表現だ。何だ、我らが日本一って?

「どうぞよろしくお願いいたします」

「ええ。お姉さまの虚言に付き合わされたさぞご大変でしょう。何だってボーガンですって、ププ」

「本当のことよ。私、死にかけていんだから」

 むくれた美果の顔を見て、小さな妹はにやけていた。どちらも幼い素顔がとても魅力的だった。でも笑顔を振りまく未来は、これから頂点に向かって登っていく太陽の光に照らされて、どんどん成長していく向日葵のようだ。なにせ十八の青春時代を生きる娘だ。

 一方の姉は、確かにかつては妹のようにさんさんと光り輝く太陽の祝福を受けていた。でも歳月は人を変える。むくれた少女だった顔には、どんなに可愛く見せても覆いきれない陰りを感じされた。きっと昼間は彼女の領域ではない。

「あら。マネージャー。あんたも来ていたの?」

 ああ、とマネージャーと言われた男は、おもむろに立ち上がる。

「元気そうだな」

「ええ、未来と一緒なんて。近くで撮影?」

「そうなんだよ」

「なによ。撮影があるなら教えなさいよ。こっちから行ってやったのに」

はは、と笑うマネージャーの表情は、どこか無理して作っているようで何だか気の毒なほど引きつっていた。

「ごめーん。こっちにしばらくいたいんだけど、明日移動だから」

「ふーん。あんたも一人前になったのね。お姉さまの指導のたまものでしょ?」

「ね」

 妹は、にやけながら姉に囁いた。笑顔の作り方は姉そっくりだ。いたずら好きな小悪魔の、外見だけの笑顔。ああいうのを男は好むらしいが、私にはよく分からない。

「も、ち、ろ、ん」

「早い。で?」

 二人はひそひそと話をつづけながら、時折こちらを見て笑う。

「はは、じゃあ彼はお払い箱なの。そう、じゃあ楽しみね」

「使えない男には用はないの。勝手に盛り上がってごめんなさい」

「いえ。仲睦まじくて何より。本日も警護は厳重に致しますよ」

「そう。ありがたいわ。そうだ、マネージャー。今日だけ未来泊めていい?」

 突飛な提案に、マネージャーの顔は凍り付いた。

「えー。それはちょっと。明日は早いし」

「嘘、別の場所での移動は午後って監督から聞いたわ」

「なら、いいじゃないの。さ、可愛い妹の服ぐらいあるわ。今日はパーティ。楽しくやりましょうよ。あんたも来るんでしょ?」

「あ、いや。僕はちょっとスタッフと打ち合わせがあるから。じゃあ明日十時にくるからさ」

「ええ。そう。じゃあ明日」

「あらもう行くの?」

 ああ、としどろもどろな口調で、マネージャーはその場を後にした。

「なによ、けち臭い男ね。使えないアシスタント上がりを、スターのマネージャーにしてあげたくせに」

「仕方ないじゃない。だってお姉ちゃんが、スースーしちゃうから。今売れっ子の私が合うとさ。」

「こら。こんなところで言わないの」

 美果は、こつんと妹の男の手のひらの入る頭を叩いた。

「そそっかしい男が一人通り過ぎって行ったわ。おチビちゃんも来ているじゃない」

 背後で、別の女の声がした。手に持った煙草から煙が一筋出ている。咲子は、上に黒のライダースを羽織、下に白いチノパンという着こなしをしていた。

「咲子。来ていたの。役者はそろっているみたい」

「あれ? 悠一は?」

「さ、あんな人知らない。脇役の脇役だし、いなくても一緒よ」

「あ、そ。あと名探偵もいることだし。十分じゃないの。どうも」

 咲子は、すっと細い目からしたたかな光をにじませた。

「じゃ、そろそろ着替えましょうよ」

「ふん。あんたまだあんなコスプレ大会やるつもりなの?」

「ええ。やるに決まっているわ」

「私は何を着ればよろしいのかしら?」

「あんたは、チャイナドレス。去年もよく似合っていたわ。夏帆子には。」

「ぷ、あの子にあんな服は気恥ずかしくて可哀そうよ」

「だからわざわざ買ったの。どんな反応をするか楽しみ。呼んでこないとね」

 美果は、いたずらっ子の笑みを浮かべていた。

 私たちは若い乙女たちの後ろに付き従う。さすがに着替えの最中まで同行することはできないので、扉の前で待つことになった。

「お待ちなさい。お二人さん」

 ぱたんと扉は閉じる。廊下は薄暗く、日に照らされないため、じめじめとしており少々肌寒い感じがした。

 扉の向こうから、キャキャと若さ溢れる少女の声がする。

「本当に。こんなことしていいのか?」

「なんだ? なにか不満なのか?」

「とてもじゃないが、事件は起きそうにない。少々危険なストーカー男がうろついているだけだ。警察に任せてもいいと思うが? 何か分かったことはあるのか?」

「実におかしな話だ。佐藤は、美果の行動や住まいを熟知しすぎている。あの時間彼女が浜辺を通ることや、美果の家に飾ってある拳銃の存在まで知っている。さきほど、刑事に教えてもらったが、彼はただの変質者で、特段優れた技術を持つやつだ。変だ」

「誰かが佐藤に秋月美果の個人情報をリークしているってことか? どうして?」

「そう。恐らく変質者の歪んだ犯行に見せかけた真犯人の罠。狙いは、秋月美果の遺産かもしれない。昨日弁護士の従兄に遺言書の話をしてたろう」

「ああ、あれか」

 美果は、将来のことを考えて財産について形に残そうとしていた。でも従兄に送った遺言は届いておらず直筆ときた。

「犯人が奪い取った可能性があるな。内容を改ざんして、どこかに持っているかも」

「そうなら、佐藤は犯人じゃない。じゃあ誰だ?」

「美果の関係者ならだれでもあり得る。遺産目当てなのか、怨恨か」

 新出の指摘は、至極当然だった。なるほど、単にストーカーの犯行と断定してしまうのは、怪しい。

「おい、ならこの部屋の中で、仲良くしている彼女たちも怪しいってことだ。美果をプリンセスと呼称する同級生の咲子は実は何か恨みを抱いているかも。まだ来ていない悠一だった怪しい。彼氏といっているが、実は関係は冷え切っているかもしれない。ならば、従兄も怪しい。遺言書は届いているのに、嘘を言っている可能性も否定できないぞ」

「メイドの子も忘れるなよ。あの子は、美果に何かひどい仕打ちを受けているかもね。君も見ただろう。右にまかれた包帯を」

「わかっているさ。でも信じがたい」

「お待たせ!」

 扉がバーンと勢いよく開かれた。美果は、最近はやりもののアイドル服を着用していた。臙脂に黒い縦しまのスカート。彼女はくるりと回り、男の私たちを魅了した。

「どーお? 似合うでしょ?」

「ご姉妹お揃いですね。よくに合っていますよ」

 美果の背後にいた未来も同じ衣装だ。少し気恥しい様子で、もじもじしている姿がまた可愛かった。

「あーあ、なんでこんな格好しなきゃいけないのかしら?」

 咲子は、赤いチャイナ服を着こなしていた。華奢な細長い腕がすっと蛍光灯の光に照らされ、妖しく彩る。スタイルの良さ、誰かをもてなすという点において、咲子は欠かせないかもしれない。

「どう? そこのおじ様たち?」

「ええ、とても素敵な格好で」

「あんた何しているの?」

 一番奥にいた夏帆が上着を手放さず、着替えた衣装を見せないようにしていた。

「わ、私。こんな格好では。とてもお客様のご接待など」

「何言っているのよ? やるのよ。ほら、全員着替えたんだから」

「これもつけないといけないのでしょうか?」

 手に持っていたのは、黒い付け耳だった。形からしてうさぎだろうか? 私は、彼女がどんな格好を、小悪魔な主人の指図でさせられているか予想が付いていた。

「当たり前じゃない。男はみんな、あんたの付け耳を見て興奮するのよ」

 美果は、恥ずかしがる夏帆から上着を取り上げてしまった。可哀そうに。私は、目を合わせないようにしてあげた。彼女のそんな姿を見るのは忍びなかった。

 こうして花火大会に合わせた美果の屋敷で開かれるパーティの準備は着々と進んでいた。
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