姉妹 浜辺の少女

戸笠耕一

文字の大きさ
上 下
10 / 17
ストーリー

8

しおりを挟む
 私たち4人が、美果のお屋敷に着いたとき、白と黒の車を2台目にすることができた。車は実にユニークな色合だ。なにせ、車の上に赤いサイレンを乗せているのだから、それがパトカーだとは一目瞭然だろう。また警察だ。

「騒々しい1日ですこと。何で家の前に警察が来ているの?」

「分かりません。何でしょう?」

 陰気な女優の従兄のシルバーのセダンから降りると、刑事たちが私たちの存在に気づき、車のサイドガラスを叩いた。

「失礼ですが、免許証をご提示いただけますか?」

 堀内は、渋々と免許証を提示し、美果がこの白い館の主人であることを伝えた。知る人は知る名探偵も後部座席にいたことだから、制服警官はすんなりとセダンを通した。

 玄関は開いていた。広々とした解放感あふれるが、特に主だったものは置いていないあのリビングには、美男美女とむさ苦しい渋い中年の警官が話し込んでいた。実に奇妙な光景だ。交わることない者同士が関わることほど面白いことはない。

「それで? あなた方は近くの湖でボートを漕いでいたと?」

 ええ、と美果の彼氏の悠一がうんざりした顔で返事をしていた。

「ただいまー」

 何事が起きたのか知らない美果は、己が帰ったことを告げた。また彼らの視線が美果に注がれた。

「あの、すみませんが?」

 刑事は美果に話しかけた。

「秋月美果。この家の主人です。刑事さん? 何かございました?」

「ああ、これは大変に失礼いたしました。実はですね、あなたの自宅から拳銃が盗まれたという情報が、こちらの方々から連絡がありました」

「拳銃! 嘘! なんで?」

 拳銃とは初耳だ。この屋敷は、あたかも事件が起こってくれと言わんばかりだ。

「でも私の美術室はきちんと鍵をかけています。そんな、銃が盗まれたなんて」

「ええ、気の毒ですが事実です。どうぞこちらへ」

 私たちは、秋山と名乗る刑事の後に付いていった。美果の言う美術室は、ダイニングから廊下に出て、すぐ隣の部屋にあった。扉を開けて、中を見渡した。そこは豪華絢爛と呼ぶべき相応しいあらゆる類のお宝が顕然と存在していた。

 ガラスケース内の電球に照らされて妖しい色合いを放つ日本刀。戦国時代の鎧兜。西洋の風景は、レンブラントが書いたような絶妙な色彩を放っている。和洋折衷とはこのことだろう。秋月美果は実に女性にしては珍しい骨董品の愛好者だった。

 しかし、明らかに多くの品物を展示していた小さな美術館は、盗難の証があった。ガラスケースの一部は粉々に砕け散り、展示されて合ったはずのものが消えていた。

「ああ」

 美果は腰が抜けたのか、その場にへたりこんでしまう。

「死ぬんだわ。もう私の命はこれまで。犯人はとうとう最強の武器を手に入れたわ」

 弱弱しい口調だ。さっきまで自身を不死身だと言っていた者が言う言葉ではない。

「死ぬなんて軽々しく言うもんじゃない。お約束したはずですよ。私は、あなたを守るとね」

 でも、と美果は力なく言う。

「大丈夫。なにせ、日本一の名探偵と働き者の助手がいますから」

 名探偵と言う言葉を聞き、秋山はすぐに反応した。

「ほお、ではあなたが名探偵の?」

「まあ。もはや40近くのさえない男ですがね」

「あなたにしては細やかすぎる事件ですね。は、盗難事件だなんて。年始に解決なさったあの国際犯罪組織の壊滅に比べたら、ね」

「もう!」

 美果は小さな妖精の足をダンと蹴った。

「どうするのよ? 拳銃、盗まれたじゃないの!」

「ええ、ええ。ですから私が付いております」

「全く、夏帆が鍵を毎日閉めているはずなのに」

 あの子、あとでお仕置きだわと美果は不貞腐れた顔をしながら言い放つ。

「その時は運悪く空いていたのよ、プリンセス」

 背後で高飛車な声がした。美果王女のお友達、咲子。

「どういうこと? マイフレンド?」

 変わった呼び方だと、私は思った。普通は親しければ名前とかなのに。

「夏帆がこの部屋を掃除していた時、あなたをボーガンで射抜こうとした狂った男がこの部屋に入り、夏帆を襲い、銃を奪ったの。夏帆に聞いて見なさいな。可愛い小間使いを虐めちゃだめよ。今はしくしく泣き晴らしているんだから。で、そうだ話があるんだ。ちょっと顔をお貸しよ。プリンセス」

「オッケー。じゃあそこね」

「それで、よろしいですか? 男は30代ぐらいの坊主頭の男で、水色のパーカーを着ていたんですね?」

 話が入り乱れていた。刑事の秋山は、怪訝そうな顔でトピックに話を戻そうとした。拳銃の盗難事件は、咲子、夏帆、悠一が目撃者のようだ。

「ええ、夏帆が言うには。私も彼が逃げる姿を見たけど。そうだったわ」

「分かりました。では、現場検証は以上になります。我々は引き揚げますので」

「刑事さん。所に戻った後、情報連携されるでしょうが、その男の名前は佐藤誠。三五歳。熱狂な秋月姉妹のファンで。美果さんのサイン会で、問題を起こし出禁を食らった経緯があります。一刻も早く逮捕をしてください」

「もちろん。警察の威信にかけて犯人は必ずや検挙致しますよ」

「さっき、被害届出したばっかり! ね、兄さん。私ったらまた警察に行くの?」

 従兄は、あーと面倒くさい素振りを示した。

「ご安心を。これは立派な盗難事件です。警察は問題が発生したら、必ず動きます。すでに事件は起きている。二度手間を踏むことはありません。すでに犯人も特定済み、時期に事件は解決です」

 新出の細やかな一言に秋山は気に入らなかったようだ。

「ま、名探偵なら組織に頼らずとも、事件を未然に防いでくれるでしょうね」

 フンと彼は冷ややかな視線を新出に送り付けその場を後にした。

「さ、プリンセス。教えて頂きたいことがあります」

「あら、なあに。探偵さん?」

「盗まれた銃の名前は?」

「ルパン愛用の銃よ。ワルサーP38」

「なるほど。ドイツ製の自動拳銃。時に撃鉄が不意に下りて暴発の恐れのあるじゃじゃ馬だ。君にそっくりだ。いい銃をお持ちだ」

「なによ? からかっているの」

「いえ。当然ですが、きちんと銃は届けておりますか?」

「当たり前じゃないの。そこまで抜けていないわ」

 新出はそう言って、可愛い恋人の頬をすっとなぞり、軽いキスを授けた。全く、彼は本当に女たらしだ!

 私たちは砕け散ったガラスケースの破片をきちんと掃除した。その後、リビングで小雀のように震えているメイドの夏帆に、そっと優しく質問を投げかけた。

 咲子は嘘つきだ。夏帆はきちんと襲撃者に襲われながらもちゃんと丁寧に質問に答えていた。なにが、しくしく泣き晴らしていた、だ。

「ええ。週に1度。お嬢様の美術館のお手入れを致しますの。あの、私がいけないんですわ。お嬢様の大事な代物を」

 夏帆はシュンとして下を向いた。可哀そうに。なぜ彼女のような真面目な子が被害に遭わなければならない。いつだって善人がひどい目にあっている。私は久しく義憤に駆られていた。

「災難でしたね。どうぞお気を確かに。私たちが相談に乗りますよ」

 私は新出が話すより早く夏帆の気を遣った。こういうタイプは人一番自責の念に駆られやすい。

「落ち込まないでよ。あんたは運が悪かったの。でも、私のメイドなら護身術ぐらいマスターしておきなさいよ。盗まれた拳銃は結構高いんだから。そうだ、後であの部屋で」

 ごめんなさい、と夏帆が深い海に沈んでしまったように重々しい言葉で謝罪した。あの部屋? 私は美果が最後に言った言葉に引っ掛かりを覚えたが、ここでは聞かなかった。

「親愛なる警察の協力もあり、犯人の目星は付きました。私たちは犯人検挙の時まで、あなたをお守りする所存です」

 でも、全く名探偵の出番など、無きに等しい。日本の警察の検挙率はトップクラスだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

四次元残響の檻(おり)

葉羽
ミステリー
音響学の権威である変わり者の学者、阿座河燐太郎(あざかわ りんたろう)博士が、古びた洋館を改装した音響研究所の地下実験室で謎の死を遂げた。密室状態の実験室から博士の身体は消失し、物証は一切残されていない。警察は超常現象として捜査を打ち切ろうとするが、事件の報を聞きつけた神藤葉羽は、そこに論理的なトリックが隠されていると確信する。葉羽は、幼馴染の望月彩由美と共に、奇妙な音響装置が残された地下実験室を訪れる。そこで葉羽は、博士が四次元空間と共鳴現象を利用した前代未聞の殺人トリックを仕掛けた可能性に気づく。しかし、謎を解き明かそうとする葉羽と彩由美の周囲で、不可解な現象が次々と発生し、二人は見えない恐怖に追い詰められていく。四次元残響が引き起こす恐怖と、天才高校生・葉羽の推理が交錯する中、事件は想像を絶する結末へと向かっていく。

vtuber探偵、星空あかり~学校の七不思議編~

成神クロワ
ミステリー
私立双峰高校に通う高校2年生の俺、橘太助はいつも通りの毎日を送っていた。俺のクラスには不登校になった幼馴染がいる。彼女は1年の終わりごろから不登校になってしまった。噂ではいじめられているとか、非行に走って悪い仲間とつるんでいるなどと言われている・・・そう、言われているだけだ。 俺は知っていた・・・彼女が不登校になった理由を。 それは世界一のvtuberになるため!・・・である。 どういうこと?なんでそれで不登校に?そう思った皆は普通である。俺もそう思う。 彼女の名前は星空あかり・・・俺の家の向かいに住んでいて小さい頃はよく遊んでいた。昔からテレビゲームが好きで、アニメや漫画なんかも好きだったからか最近ではvtuberというものにハマっていた、そして去年の終わりごろに「私、有名vtuberになる!」といったきり、学校にすら来なくなっていた。 近所に住んでいるという理由で先生たちには不登校の理由を聞かれ・・・vtuberになりたいらしいっすと答えたらふざけるなと怒られた・・・理不尽すぎるだろ。 昔からあいつに関わると碌なことがない・・・そんなある日、あかりからチャットが来た・・・そのチャットを見てあかりの家へ行くと彼女はこう言ったのだ。誰も見てくれない・・・と・・・知らんがな。 泣きながら面倒くさいことこの上ないことを言ってくるあかりに適当に思いついたvtuberで探偵でもやってみたら新しいんじゃね?という言葉にあかりはノリにのってしまった・・・そして俺のことを勝手に助手にしやがった。vtuber探偵として学校の事件を解決するため俺にノートパソコンを持たせ推理を配信させるあかり・・・いや、学校に来いよ・・・。そんな身勝手な幼馴染に振り回されおれの平穏な学生生活は壊れていくのであった。

復讐の旋律

北川 悠
ミステリー
 昨年、特別賞を頂きました【嗜食】は現在、非公開とさせていただいておりますが、改稿を加え、近いうち再搭載させていただきますので、よろしくお願いします。  復讐の旋律 あらすじ    田代香苗の目の前で、彼女の元恋人で無職のチンピラ、入谷健吾が無残に殺されるという事件が起きる。犯人からの通報によって田代は保護され、警察病院に入院した。  県警本部の北川警部が率いるチームが、その事件を担当するが、圧力がかかって捜査本部は解散。そんな時、川島という医師が、田代香苗の元同級生である三枝京子を連れて、面会にやってくる。  事件に進展がないまま、時が過ぎていくが、ある暴力団組長からホワイト興産という、謎の団体の噂を聞く。犯人は誰なのか? ホワイト興産とははたして何者なのか?  まあ、なんというか古典的な復讐ミステリーです…… よかったら読んでみてください。  

No.15【短編×謎解き】余命5分

鉄生 裕
ミステリー
【短編×謎解き】 名探偵であるあなたのもとに、”連続爆弾魔ボマー”からの挑戦状が! 目の前にいるのは、身体に爆弾を括りつけられた四人の男 残り時間はあと5分 名探偵であるあんたは実際に謎を解き、 見事に四人の中から正解だと思う人物を当てることが出来るだろうか? ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 作中で、【※お手持ちのタイマーの開始ボタンを押してください】という文言が出てきます。 もしよければ、実際にスマホのタイマーを5分にセットして、 名探偵になりきって5分以内に謎を解き明かしてみてください。 また、”連続爆弾魔ボマー”の謎々は超難問ですので、くれぐれもご注意ください

顔の見えない探偵・霜降

秋雨千尋(あきさめ ちひろ)
ミステリー
【第2回ホラー・ミステリー小説大賞】エントリー作品。 先天性の脳障害で、顔を見る事が出来ない霜降探偵(鎖骨フェチ)。美しい助手に支えられながら、様々な事件の見えない顔に挑む。

ペルソナ・ハイスクール

回転饅頭。
ミステリー
私立加々谷橋高校 市内有数の進学校であるその学校は、かつてイジメによる自殺者が出ていた。 組織的なイジメを行う加害者グループ 真相を探る被害者保護者達 真相を揉み消そうとする教師グループ 進学校に潜む闇を巡る三つ巴の戦いが始まる。

影蝕の虚塔 - かげむしばみのきょとう -

葉羽
ミステリー
孤島に建つ天文台廃墟「虚塔」で相次ぐ怪死事件。被害者たちは皆一様に、存在しない「何か」に怯え、精神を蝕まれて死に至ったという。天才高校生・神藤葉羽は、幼馴染の望月彩由美と共に島を訪れ、事件の謎に挑む。だが、彼らを待ち受けていたのは、常識を覆す恐るべき真実だった。歪んだ視界、錯綜する時間、そして影のように忍び寄る「異形」の恐怖。葉羽は、科学と論理を武器に、目に見えない迷宮からの脱出を試みる。果たして彼は、虚塔に潜む戦慄の謎を解き明かし、彩由美を守り抜くことができるのか? 真実の扉が開かれた時、予測不能のホラーが読者を襲う。

向日葵の秘密

スー爺
ミステリー
不倫相手の子を身籠った佐山孝恵は、不倫相手にそのことを伝えた途端に捨てられた。子どもは堕ろすしかないと、母親節子に相談したが、節子はお腹の子に罪はないから、絶対生むべきだと言う。 節子の言う通り孝恵は生むことにしたが、そこで大きな波乱が待っていた。 生まれてきた女の子は向日葵と名付けられ成長していくのだが、彼女の人生には、不倫の末、生まれた子どもという出生の秘密がつきまとう。

処理中です...