孤島に浮かぶ真実

戸笠耕一

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第一部

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 夜が明ける。あれほど空を覆っていた星々が朝日の訪れとともに消え去った。かわりにまばゆい太陽が現れる。

 窓から差し込む日差しに自然と目が冴える。

 眠かった。しっかりと睡眠が取れていないのが、体の気だるさでわかる。脳が睡眠でリセットされていない。

 実際昨日と今日の区別が付かず、時間が継続しているようで気味が悪い。

 ちょうど横で母がうーんと寝返りを打つ声がする。日差しが当たるのが嫌で反対側に姿勢を変えたのだろう。

 もともと朝が弱い人だ。そっとしておこう。

 私は今が何時なのか気になり自身のスマートフォンを探す。学校用の鞄の中に入れていたはずだ。

 午前六時三十二分。

 目が覚めたのは現役高校生としての習慣だ。高校生の朝は大体こんなものか、もう少し早い。

 寝覚めの悪さを多少払拭するため、一度甲板に出たことにした。もう船に乗って五回ほど甲板に向かっている。

 長い船旅だ。でも島に着くのは一一時頃だ。まだ四時間も何とも言えぬ不毛な思いをしなければならない。島に着いた後も不毛な目に合わなければいいのだが……

 結局南の遠島への移住計画は、母の切実な反対に一時否定されかけたが、娘である私が父に少し賛成の意を示しただけで徐々に形成が変わっていった。

 目を真ん丸にした母。瞬間的に床へ崩れ落ちそうだった。しかし母は踏み留まる。限界に近いのは確かだ。

 母は前にいる二人に目もくれず、リビングを出て行った。

 別に島だろうが、都心だろうが、住む場所はどこでもよかった。これまでだって何度も転々と引っ越してきた。私は根無し草だ。

 父の気まぐれさと、それを支える母の貢献が一家のあり方だった。だったら島暮らしも悪くないし、歓迎だ。片道二十六時間もかかる島。何てことない。ずっと色々なところに行きたい、旅を続けていたい。

 きっとこれが私の若さであり、体現させなければならなかった。

 あとは娘の翻意にショックを受けた母を慰め、説得するだけ。後日私は母に寄り添い、これまでの母としての労苦を褒め、背中をさすってあげるだけでよかった。

 朝日に目が慣れたころ、私は風の温さに気づいた。

 出航したときの貫くような寒気を伴った北風が、ふわっとした温もりを得た南風になっている。

 ずいぶんと南下してきた。まだ三月の寒さも残るころだというのに。不思議な感覚だ。島に着けば、もっと都心とは違う空気を味わうことが出来るだろう!

 日が高く昇りゆくなか、母と私は面影島に着いた。

 雑音交じりのアナウンスに二人は船を下りる支度をする。ほとんどの荷物は先に送ってしまったので、手元にあるのは些細な日用品ばかりで楽だった。

 船はゆっくりと港に接岸した。ようやく長い放浪が終わった。

 わずかばかり人々が桟橋を渡って波止場に降りていく。地べたがザラザラしているせいか、手で引いていたキャリーケースがガラガラと音を立てている。

「お疲れさま」

 白いポロシャツとチノパン、サングラス。三月だというのにずいぶんと薄着だ。ラフで着飾らないのが父らしい。

 父、星河雅人のお出迎えというわけだ。

「こんなに船に乗ったのは初めてだろう?」

 二人の労をねぎらう。

「そりゃもうひどいわ」

 母がたまりかねて言う。もう我慢に我慢を重ねて、ついにボンッと言った感じだ。

「まあまあ。とりあえず車は近くに付けてある。家に着いたら、少し休めよ」

 私たちは先に島に着いていた父と合流した。

 港にはいくつかの小さな漁船が打ち上げられていた。ここが『ようこそ面影島へ!!』の文字が白い立て看板。その端々はさびていて、ローカルな印象をうかがわせる。

 この小さな港を歩く途上で、他愛もない話をする。履いていたサンダルの樹脂がグシグシと音を立てる。

「島暮らしは? やっていけそうか?」

「ま、いいんじゃない」

 私はにやけ顔の父のさらっと受け流す。

「疲れたわー。全然眠れないし、あの布団もねえ……」

 母は首を軽く回す。ずいぶんグースーと寝ていたと思ったので笑ってしまう。

「そーお、結構寝てたわ」

「ええ? 本当?」

「いびきもかいてたわよ?」

「でも全然寝てた感じがしないのよね」

 同感だ。ひどい煎餅布団だ。思えば文句しか言っていない。でも丸一日も船に乗っていたのだからそうなるのは当然だ。

 私たちは港の近くにある駐車スペースに止めた車に乗り込んだ。 
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