孤島に浮かぶ真実

戸笠耕一

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第三部

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 部屋に入って、まずは荷物の中身を出し、傘などの日常品をもとに置いてあった場所に戻す。

 船の長旅で疲れていた。それでベッドにあるイルカの抱き枕を手に持ち、癒してもらう。イルカ可愛い。

 あのバカを一回家に連れてきたが、あいつは何も関心を示さない。阿呆だろう。この子の良さを知らないとは。

 だけどその時の見据えたような、何かを見切った瞳は勉が漁師の息子であると分かる。漁がうまくはかどる時を直感的に見抜くように、あいつは人の内面を貫く。

 もっと凄まじいのは勉のお父さんだ。

 港沿岸とは少し離れて、漁村と言われるところがある。大体島を右に回って、ちょうど左に回ってたどり着く学校とは真反対の位置にある。

 漁師たちが住む独特の世界だ。彼らは、ずっと昔からこの島に住まう先住民といってよかった。

 彼らの商いは、もちろん漁で、島の生計の半分を占める大事なものだ。

 島での彼らの権限は強いため、役所や島の警察も、ある程度彼らの顔色をうかがうことが求められていた。

 家族で引っ越してきたとき、車のドライブで島を一周した。そのときの漁村は、さびれて閑散としていて人が寄りついていい場所ではなかった。
 
 勉は漁村に生まれた子だった。それを知り、当初は嘘だと思っていた。
 
 あいつは家庭のことを話さない。それで思い切ってあいつの家に行ってみた。好奇心が、私を動かした。
 
 今では、すごく後悔している。
 
 勉のお父さんは、私をいかがわしい者として眺め下した。結局一言も話さずにいた。
 
 その理由を、あいつは気難しそうに教えてくれた。
 
 『お前のお父さん、漁村の土地購入しようとしていただろ?』
 
 確かに言っていたかもね、と言ったけど何が悪いのかわかんない。
 
 地上げ屋かなんかに勘違いされたわけだ。多分そういうことじゃない? 
 
 いつだってパパはほしい土地を性急に手に入れちゃおうとする。
 
 パパが、面影島に移住してきた理由は、貯まった資産でのんびり過ごすだけじゃない。いくつか島の土地を購入し、商売を始めたかったらしい。
 
 その一つに漁村の土地があった。一見さびれて廃れてそうな場所を、活性化させ盛り上げていこうという計画だ。具体的な内容はいつも娘の私は知らないし、興味がない。
 
 役所から、漁村の皆様に知られ、イヤーな目で見られることに。そして私はパパの娘だから嫌われちゃった。
 
  うちは全く関係ない。
 
 だけどそれ以来、勉の家には訪れてない。おそらく踏み入れてはいけない世界に入ってしまった。超えてはいけない壁を越えていくもの。
 
 でも勉とは仲がいい。一番の思い出になるのは、浜辺を端から端までのんびり2人で歩いたこと。港付近から〝こぶ〟まで。数キロある距離を私と勉は、手をつないで歩く。
 
 一緒にいても別に何もしない。私たちは、きっと似ている。心を同じくした者同士だ。ちょっと抜けている性格も、適当なところも。
 
 ある日、勉はバーに私を誘う。そこで、あいつらにあった。島の不良たち。
 
 10人にも満たない彼らの中には、中卒上がりのやつもいた。高校にロクにいかず、適当に人生を持ち前の若さに頼って無軌道に生きている連中。私は最初、戸惑いを覚えた。
 
  メンバーの中心格、航は腕に刺青を入れていた。どこで入れたかわからない、それは自分たちとは違う連中なのだと勘で察知した。
 
 周りを引っ張る力に長けていた。彼の言葉は、日頃無口な勉より魅力的だ。でも面白いと思う反面、彼の言葉は軽い。私はじっと勉のそばにいて、離れない。
 
 事実、航は勉から私を引きはがそうとする。彼の顔つきの裏に邪なものがあるのは薄々わかっている。
 
 やがて思い出したくもない、それでも忘れることはできない、記憶がよみがえる。
 
 バーでいつもソフトドリンクしか飲んでいない。未成年だし、普通だ。なんだか眠くなってきた。ウトウトしているうちに強烈な睡魔に襲われて、何か変だと思ったとき、私は意識を失う。
 
 目が覚めたとき、渡が体の上に乗っかっていていた。驚いてはねのけようとしたが、彼の体は鉄みたいに重い。
 
 酒が入り赤くなった航の細く鋭い眉が、ぴくぴく動く。私を性的な対象として眺めおろしている。
 
 彼は笑って腕の刺青を見せつける。そうすれば、私が大人しくなると思っていた。現に逃げられない、と知った。
 
 みじめな、逆らうこともできず、私は渉たちの奴隷に成り下がる。あいつらは、私を性的な道具としか見ていなかった。
 
 廻されている中で、私は罵倒され叩かれた。彼らの中には、親が漁師で私のことを逆恨みしている輩もいた。
 
 引っぱたかれる痛みを、私は強制的に快楽だと感じさせられる。肌が揺れ、体をもてあそばれ、やがて心は引き裂かれる
 
 すべてが終わったとき、あいつらはグースーと気持ちよさげに寝ていた。
 
 厄介者になった私は、逃げるように肌身を隠しながら帰った。途中で誰かに見られる恐怖にさいなまれて……
 
 抱き枕の気持ちよさに寝入ってしまっていた。起きたのは夜の10時とか、やばい夜眠れなくなる。私は自身のいつも繰り返してしまう日常的な過ちを反省した。
 
 で、シャワーとか浴びるから、確実に目が覚めちゃうわけ。ああ夕飯も食べていない。
 
 シャワー浴びる、遅い夕飯を取る。一連の流れは決まっていて、もはや確定事項だ。
 
 私はいそいそと階下に降りていき、風呂場に行く。湯がわいていれば幸いだ。あ、入っている。でも温い。私は『追いだき』を押す。温まるまで少し待つことにする。
 
 ダイニングに行くと、パパがどっかりとソファに腰かけ、チャンネルを替えながら、テレビをつまないように見ている。
 
「なんだ? 寝ていたのか?」
 
 娘の存在に気づき、ぽってりと腹を出したパパが何気なく話しかけてきた。
 
「あの船じゃ寝ないわよ」
 
「ああ」
 
 ああ、じゃない。横でいびきかいて寝ていたくせにさ。
 
 それがうるさいせいもあるのだ。本人は全く気付いていないけど。まあいいや。
 
 それよりも麦茶でも飲もう。冷房をつけずに寝ちゃったので、のどが渇いていた。
 
 麦茶が喉をゴッゴッと音を立て、胃の中へ落ちていく。潤いを感じて、私もソファに座る。
 
「お前、なんか見たいならチャンネル替えていいぞ」
 
「そ、寝るの?」
 
 パパはああとかすかな声を言ってリビングを去った。
 
 一人きりになって、しばらく経って自動音声が流れてきた。
 
『お風呂が、沸きました』
 
 女の人の声。優しいだけで、何の特徴もない声。さあゆっくり体を洗ってお風呂に浸かろう。そうだ、今日はゆずのバスソルトを入れて。
 
 髪をブラッシングし、汚れをまず取る。今日はまあほどほどに。
 
 浴槽に入ってシャワーの蛇口をひねって温水になるのを待つ。ついでにバスソルトを入れておこう。
 
 透明なお湯に、じわりと黄色い粉が広がり溶け込んでいく。
 
 お手入れ。
 
 私のヘアは、明美みたいにロングではないので洗い流すのは女子の方では比較的簡単。
 
 ヘアとボディを洗い終えて、ゆずの香りに浸ることができる。
 
 ふんわりと香ばしいが、決してきつすぎない匂いが、全身をほのかに包み込む。

 この瞬間こそ、一番リラックスできる解放感に浸ることができる。仮に1日に何かいやな目が遭っても、このひととき、が私に与えられれば、気持ちは落ち着く。
 
 40分程度だろう。いつもそれぐらい浸かる。ようやくいいころだなと思ったとき私は浴室から出た。まだ休みは一週間ぐらいか。まだまだ十分な日数が残っている。自由な時間、それが私を待っていた。
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