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第二部
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午後の休日を満喫しようと笑いに包まれていた皆の雰囲気が今は暗い。因縁を付けられれば、誰でも嫌な思いはする。どうしようもないのは、喧嘩を深い理由もなく仕掛けてくることだ。
会話は滞り、全員が黙ったまま帰宅の徒に着いた。その途上で一人、また一人と人数が減り、最後に私と彩月だけになる。
自宅近くまで来ていた。すっかり落ち込んでしまった彼女と無言のまま別れるのかと懸念したとき、彩月はぽつんと今まで溜め込めていたものを吐き出すように言う。
「なんか、ごめんね」
「え?」
「あいつらに、ちょっと前に絡まれたことあってさ……」
「うん」
「町の不良だけどあんまり、言いたくないの」
「……」
「巻き込んで、ごめんね」
これ以上、もう話せない。そんな空気のまま私たちは別れる。帰宅した私は、鞄を机の上に置くとおもむろにベッドに横になった。
『あいつらに、ちょっと前に絡まれたことあってさ……』
彩月の言葉が脳に反芻した。
絡まれた? 一体何をされたのか?
彼女の、不良に冷やかされた時の反応、あれは少し常軌を逸している。恐らく勉が止めに入らなければ、流血騒動になっていたはずだ。
勉と彩月。あの二人に、不良たちと何らかの接点があるとみて間違いない。問題は、なぜグループから抜けたのか?
その答えのヒントは、あの彩月の尋常じゃない怒りあるだろう。ただ私は詮索するつもりはない。
今日の一件は忘れるべきだ。嫌な人との不運な遭遇なんて、よくあること。私は思考の外に弾き出し、本を読むことに集中する。
夕食は、近くの農家の人が持ってきた野菜を使ったものが多い。野菜と生ハムのサラダ。シチューと炊き立てのご飯。
各自、お皿に好きな量だけ取って食事をとり始める。基本家は至って静かな夕食だ。黙って食べていると、母が私に話しかけてくる。
「どう? そろそろ学校に慣れた?」
私の学生生活を案じる母の声に、なんと返事をすればいいから迷う。とりあえず、お隣の子と仲良くしている、とだけ言った。
「田村さんのお子さんね。えーと何ちゃん?」
彩月、とだけ答える。
「ああ、そうそう、そんな名前」
「こっちでの食材はどうしているの?」
私はさりげなく話をそらした。
「大通り沿いにスーパーが一件あるのよ。こぢんまりとしたスーパーだけど、まあきちんとしたところよ――パパも誘ってね」
母は手を口元に寄せ、ちらりと隣に座る父・雅人を横目にひそひそとつぶやく。
「そう、ならよかった」
「車がなくちゃスーパーまで歩いてったら遠いからな。ま、仕方ないねえ」
父が首を振る。
「引っ込み思案のパパにはいいことね」私は少し嫌味を口にしてみた。
「そうか?」
「ところで作家先生、新作の方はどう?」
「島に行きたいって言っていたの俺だから、舞台は島だ。そこは確定だ」
「あらじゃあ『そして誰もいなくなった』みたいなやつでも書くのかしら?」
「お前、本当に好きだなー。はいはい、アガサ・クリスティね」
「パパが読み聞かせしてくれたのよ。だから嫌でも頭に残っている」
「おかげで一人娘は手厳しいミステリー評論家になっちゃってさ。はっ、新作書くのがつらいよ」
父の苦笑交じりの娘愛は、今に始まったことではない。私は調子に乗って、らしからぬことを言ってみる。
「パパ、諦めたらそこでお終いよ」
柄にもないことを言ってみたが、さすがにウケなかった。
会話は滞り、全員が黙ったまま帰宅の徒に着いた。その途上で一人、また一人と人数が減り、最後に私と彩月だけになる。
自宅近くまで来ていた。すっかり落ち込んでしまった彼女と無言のまま別れるのかと懸念したとき、彩月はぽつんと今まで溜め込めていたものを吐き出すように言う。
「なんか、ごめんね」
「え?」
「あいつらに、ちょっと前に絡まれたことあってさ……」
「うん」
「町の不良だけどあんまり、言いたくないの」
「……」
「巻き込んで、ごめんね」
これ以上、もう話せない。そんな空気のまま私たちは別れる。帰宅した私は、鞄を机の上に置くとおもむろにベッドに横になった。
『あいつらに、ちょっと前に絡まれたことあってさ……』
彩月の言葉が脳に反芻した。
絡まれた? 一体何をされたのか?
彼女の、不良に冷やかされた時の反応、あれは少し常軌を逸している。恐らく勉が止めに入らなければ、流血騒動になっていたはずだ。
勉と彩月。あの二人に、不良たちと何らかの接点があるとみて間違いない。問題は、なぜグループから抜けたのか?
その答えのヒントは、あの彩月の尋常じゃない怒りあるだろう。ただ私は詮索するつもりはない。
今日の一件は忘れるべきだ。嫌な人との不運な遭遇なんて、よくあること。私は思考の外に弾き出し、本を読むことに集中する。
夕食は、近くの農家の人が持ってきた野菜を使ったものが多い。野菜と生ハムのサラダ。シチューと炊き立てのご飯。
各自、お皿に好きな量だけ取って食事をとり始める。基本家は至って静かな夕食だ。黙って食べていると、母が私に話しかけてくる。
「どう? そろそろ学校に慣れた?」
私の学生生活を案じる母の声に、なんと返事をすればいいから迷う。とりあえず、お隣の子と仲良くしている、とだけ言った。
「田村さんのお子さんね。えーと何ちゃん?」
彩月、とだけ答える。
「ああ、そうそう、そんな名前」
「こっちでの食材はどうしているの?」
私はさりげなく話をそらした。
「大通り沿いにスーパーが一件あるのよ。こぢんまりとしたスーパーだけど、まあきちんとしたところよ――パパも誘ってね」
母は手を口元に寄せ、ちらりと隣に座る父・雅人を横目にひそひそとつぶやく。
「そう、ならよかった」
「車がなくちゃスーパーまで歩いてったら遠いからな。ま、仕方ないねえ」
父が首を振る。
「引っ込み思案のパパにはいいことね」私は少し嫌味を口にしてみた。
「そうか?」
「ところで作家先生、新作の方はどう?」
「島に行きたいって言っていたの俺だから、舞台は島だ。そこは確定だ」
「あらじゃあ『そして誰もいなくなった』みたいなやつでも書くのかしら?」
「お前、本当に好きだなー。はいはい、アガサ・クリスティね」
「パパが読み聞かせしてくれたのよ。だから嫌でも頭に残っている」
「おかげで一人娘は手厳しいミステリー評論家になっちゃってさ。はっ、新作書くのがつらいよ」
父の苦笑交じりの娘愛は、今に始まったことではない。私は調子に乗って、らしからぬことを言ってみる。
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