孤島に浮かぶ真実

平野耕一郎

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第二部

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 淡々と午前中の授業に私は臨んでいた。コツコツと真面目に周りには目も向けず授業を聞き、ノートを取っていた。私は少し近視なため、授業中は眼鏡をかけている。

 その様子から、私の半径五十センチに、奇妙な空気が漂っていた。当たり前のことだったが、全員が私にちょっとだけ距離を取っているようだ。

 転校後の最初の一日なんて、こんなもんでいいと思っていた。

 昼になった。午前中の授業の真面目な態度を取り続けたまま、昼ご飯を取ろうと思っていた。今日は、本当に一人きりになりそうだった。

「ほらおいでよ」

 彩月が手招きをする。私は少し躊躇したが、彼女とその周りにいる人たちの元へ向かう。

 女子2人と男子2人のグループだった。女子はサッチーとメイ。あの凹凸コンビだ。男子は知らない。

 私は空いている席を借りて静かに腰かける。芽衣子がムフッと手に当て笑っている。名前の知らない男子は互いに目配せをしていた。

「食べよ――ほら男子挨拶しな」 

 丸坊主の、どう見ても野球部にいるような男子が首をコクンとうなづかせる。

「堀田です」とだけ言った。トロンとした糸目で、体格のいい人だった。

 もう一人はほっそりとした、でも目元がきりっとした凛々しい男子だ。

「佐津間秀平です」

 きっちり挨拶をした。真面目で、実直な印象が彼からうかがえる。

 私は彼に目を向けるが、すぐに同性に視線を移動させる。

「あ、芽衣子です」

 メイは両手を振って笑う。朝会っている。

「知っている」

 彩月が程よいタイミングで突っ込む。よくできたコンビ。彩月がなぜメイと一緒にいるのか、よくわかる光景だった。

 こうして私は二人組のグループに無事に加入した。それでも一先ずは食べることに専念し、このグループの雰囲気を味わうことにしていた。

「そういえば、あいつどうしたん?」

 盛り上がっていた空気の中で、目元がとろんとした顔つきの堀田が何気ない口調で彩月に話を振る。

「さあ知らないわよ」

 彩月の反応は今までの流れと打って変わり、そっけなくイライラとしたようだ。

「あ、来たぜ」

 四人がパッと同じ方向を向く。全員の視線が一点に集中していた。私もそれに合わせ、視線を集めている〝あいつ〟に目をやる。

 彼は入ってすぐに注目を集めていることに気づき、私たちのそばにやってきた。

「うっす」とだけ言った。

 ぼさぼさの頭をかいて、よれよれのワイシャツと少し穴が開いたズボンを履いている。

 無骨で、不愛想で、口下手な、でも彼には人懐っこい雰囲気があった。

 バタンと鞄を置き、ドンと椅子に座り、あーあと欠伸をした。

「よ、元気か?」

 彼は彩月に言ったようだったが、無視される。

「ヨリ、お前朝どうしたんだよ?」

「寝ていた」

 ヨリと呼ばれた彼はグルグルと首を気だるそうに回し、返事をした。それに男子二人は顔を合わせ苦笑した。

「―ってか、俺こっちのクラスでいいの?」

「クラス分けの紙、見てねーのかよ?」

「ああ忘れた」

 眠そうな顔した彼は教卓に行って、そこにおいてある名簿表を見て自分の名前があるか確認して戻ってきた。

「こっちだわ」

 そう言って彼は冷めた薄い笑みを浮かべた。

「ねえ」

 彩月の声は鈍重で、男子の他愛もないおしゃべりを沈黙される力があった。

「へ?」

「あんた、あいつらと縁切れたの?」

 一瞬、冷たい空気がこの場に流れる。

「ああ」

「本当?」

「もう会わない、しゃべらない。無視する」

「そう……」

 彩月は、真一文字に口を固く結び、目を虚ろにし、下を向いていた。こんな彼女は初めてだった。彼女らしい要素を示すものは、そこに何一つなかった。ただそこにいたのは、

 一人の暗い影を持った可哀想な少女だった。何よりヨリという男の子一人のために、彩月がこうまで変わってしまうのはなぜが疑念を抱いた。

 おかげで場の空気は停滞してしまった。こういうとき私は、決して詳しく詮索しない主義だった。もちろん疑問に思うことはある。だが追及しても仕方がない。結局は時間なのだ。時間がたてば、きっと事態は好転する。

「なあ」

 ヨリがまた温い返事をした。ちらっと私の方を見たので、

 きっと彼は色々と抜けているのだ。さっきから、「ああ」だの「なあ」だの感嘆詞しか吐いていない。

 何だか私は心がもやもやして非常に嫌な気分になっていた。きっと

 これは彩月の気分を害したヨリのせいだろう。とても彼と会話ができると思えない。

 のろりとした口調が、時にいい流れを作るのだろうが、残念なことに私はその恩恵を受けていない。

「彼、彼女は、今日から転校してきた人……星河さん、星河明美さん。それで明美、こいつは寄田、寄田勉」

 上ずった彩月の説明を私は受ける。

「チース」

 勉は、ニヤケながら若者らしい返事をした。

 この返事に、私は会釈とささやかな笑みだけに留めておいた。このもやもやは、どうも耐えがたかった。

 だが思わぬ珍事に心の不穏は消し飛んだ。

 ブーーン!

 けたたましい爆音が響き渡る。クラス中の生徒が一斉に窓の外に視線を移す。全員の顔に驚きと不快感があった。

 私は窓の外に目をやる。まず校庭があり、その先に道路がある。爆音の主は、バイクだった。よく迷惑者が自己顕示欲を示すために吹かすエンジン音。周囲からすればただの迷惑でしかない愚かで幼い行為だった。

 やがてこの場違いな騒音が遠くへ去った。クラスは一旦静かになって、ざわついた。

「ねえ? なんて言っていた?」

「さあ」

「新入生の皆さんおめでとうございます、だって」

「はあ?」

「マジ死ね」

「ホントだよね~」

 クラス中の声が苦々しかった。お互いの声が、お互いの口調にやりきれないものを感じ取っていた。それは、自分たちの時間を崩されたことへの明らかな嫌悪感から発しているものだった。

 私は彩月の顔をうかがって、すぐに後悔した。彩月にあるのは、クラスの生徒の不快感とは別種の、違う気持ちから来る何かだ。私はそれを言葉で表現できない。

 彼女は説明できない虚ろに苦しめられているのが、よくわかる。聞くべきでないこともよくわかっていた。
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